blue topaz

 

 テーブルをいっぱいにしていた料理はほぼ無くなり、宴は収束に向かいつつあった。

 キッチンでは美誉子と桜がケーキを切り分け、テーブルの隅では晃が紅茶を淹れていた。

 今年も受験生の担任をしているため、年末でも多忙で過労気味らしい菅野だけは、遅れてきたにも

かかわらず一番最初に撃沈し、上座で舟を漕いでいるが、それ以外の面子はまだまだ盛り上がっていた。

 アルコールの力を借りたか、長年に渡る武藤に対するトラウマを克服したらしい高橋はちゃっかりと、

武藤の職場の女性たちと、地元青年会の独身組で、新年早々合コンをする約束を取り付けていた。

「そん時はさあ、カラオケでもいこーよ、ムトー、カラオケ。市立病院のお姉様方もカラオケは

お好きでしょ?」

 高橋は顔を真っ赤にしているが、ゴキゲンで僅かに残ったワインを啜りながら嬉しそうに武藤に提案した。

「うん、好きな人多いねー。やっぱ大声で歌うと、ストレス発散になるしさー」

 そう答えた武藤は一見素面のようだが、よく見ると目が少々据わっている。

「ムトーはどんなの歌うの?」

 武藤は、高橋の問いに丸い頬をにんまりとゆるめながら、

「あたしは最近浜崎あゆみにチャレンジ中」

「げっ」

「げっ、て何なのさ!そういう高橋は、何歌うの?」

「俺は」高橋は妙に胸を張り「福山雅治が十八番かな」

「武藤、高橋が福山歌い始めたら、気をつけた方がいいよ」美誉子がキッチンから顔を出して口を挟んだ。

「もー、高橋の『桜坂』何百回聴かされたことか」

 斜めに顔を覗かせた拍子に、美誉子のネックレスが揺れ、キラリと光った。

「何百回ってこたあねえだろ、大体お前と何百回もカラオケ行ってないだろうに」

 高橋が頬を膨らませて言い返す。

 そこに、砂時計をひっくり返しながら晃が、

「いやあ、俺も一晩で『桜坂』5回聴かされた覚えがあるなあ」

「そ……それは、ホラ、あれだよ、その時期は一生懸命練習してたわけで」

「練習はひとりで行けよな……あ、でも、カラオケボックスでひとりで福山エンドレスって、

すげーロンリーな感じでサミシー」

 栗城がゲラゲラ笑いながらツッコんだ。

 と、やはり大笑いしていた武藤が突然真顔に返り。

「ねえ、その晃くんのネックレスさあ……」腰を浮かせて晃の胸元に顔を近づけ。「もしかして、美誉のと

お揃い?」

 その指摘を聞くなり、美誉子は両手で胸元を押さえキッチンに顔を引っ込めたが、晃は全くひるむこと

なく、ネックレスをひとさし指にひっかけて。

「そうだよ。ピアスもお揃いなんだ。見ます?」

「わざわざ見せなくていいからっ!」

 パーテーションの陰から、美誉子の半ば怒ったような、半ば悲鳴のような声がした。

 

 明日は日曜であるが、桜と武藤は仕事があるし、晃も大学に行かなければならないので、日付が変わる前に

パーティーはお開きになった。菅野夫妻と栗城はタクシーに相乗りし、高橋と武藤は吹雪の中歩いて帰った。

 美誉子は残って片づけを手伝った。

 と言っても、桜と武藤がちゃっちゃと皿などは洗っていってくれたので、食器を母屋に返し、ゴミの

始末をし、軽く掃除した程度。

「ありがとう、すっかり片づいたよ」

 晃が腰に手を当てて言った。

 そして微妙にもじもじしている美誉子に微笑みかけ。

「上に来て」

 ふたりは晃の寝室のロフトに上がった。

 晃が灯りを点けると、机の上に件のアクセサリ・ケースがちょこんと乗っているのが美誉子の目に

飛び込んできた。

 晃はそのケースを手に取り、美誉子に差し出した。

「今度こそ、開けてみて」

 美誉子がケースを受け取り、怖々と蓋を開けると、中には青い小さな石のついた銀色の指輪が入っていた。

「……ブルー・トパーズ?」

 美誉子が小さな声で訊いた。

 晃は笑顔で頷いた。

 美誉子は寝室の間接照明に、ケースに入れたまま指輪をかざした。

 深い青色の透明度の高い石は、光を透かしつつ、乱反射して輝く。

「綺麗……吸い込まれそう」

「そのトパーズさ」

 晃は美誉子の手からケースをそっと取り。

「実は、母の……実の母の遺品なんだ」

「えっ?」

 晃の実母が亡くなってから6年が経つが、本格的に母親の遺品整理を始めたのは一昨年のことだ。母の

寝室自体はとっくに片づけて、客室として使えるようにしてあったが、残された衣類や化粧品や装身具や

……それから大量の本を整理し、不要な品を廃棄できるようになるまでに4年かかった。

「結構、細かい光り物がいっぱい出てきてさ。好きだったんだなあ、大きな石のいかにも高級品ってヤツは

全然無いんだけど、小さいのは色んな種類が何十って出てきて」

 晃の笑顔が美誉子の胸をしめつける。

「どれが何ていう石だかさっぱり解らなかったんだけど、夏に蓮華姉が帰省した時に、トパーズを探して

もらったんだ」

 トパーズは美誉子の誕生石。

 晃はケースから指輪を取り出しながら、

「でも、さすがにサイズが合わなくて」

「……私、指太いから」

「そんなことないだろうけど、母親が極端に細かったんだよ……直せばいいかとも思ったんだけどさ、

元々の台はゴールドで相当傷だらけだったから、いっそ台を取り替えたんだ。美誉さんにはシルバーのが

似合うと思ったし」

「そこまでしてくれたの……」

 晃は笑って、

「そこまでってほど手間かけてないよ。日にちもなかったから、店に在庫してた台だし、そんなに上等な

品じゃないよ。それに元の台が18金だったから、その引き取り分を値引きしてもらったし、お金もそんなに

かかってないからね。お金かけると、また美誉さんに怒られちゃうからな」

「怒らないけどさ……」

 美誉子はもじもじとうつむいて、

「でも、私なんかが、もらっていいの?」

 胃のあたりでぎゅっと両手を握り合わせた。

「お母さんの形見なんだもの、お祖母様とかお義母さんとかお姉さんが持っているべきものじゃないの?」

「その3人が言うんだよ。晃のお嫁さんが受け継ぐべきものだって」

 晃の言葉を聞いて、美誉子の頬が明らかに紅潮した。

「それに、それぞれ1個ずつは取ってもらったんだ。お祖母さんはオパールの指輪、義母は真珠の

ネックレス、蓮華姉は生前に、結婚祝いにピンク・サファイアのネックレスを貰ってたしね」

 晃は、美誉子の左手を取った。

「だから、これは美誉さんのものだ」

 美誉子には晃の手が、いつになく冷たく感じられた。

 もしかして、彼も少しだけ緊張しているのかもしれない、そう思った。

 晃はしばらく美誉子の左手を握りしめ、じっとその白く長い指を見つめ。

 しかし。

「……やっぱり、こっちにしとこう」

 そう言うと、突然左手を離し、右手を取った。

「美誉さんの左手の薬指に填める指輪は、俺が自分の稼ぎで石から全部買う。それこそ桜ちゃんのに

負けないくらい、でっかいダイヤモンドのヤツを」

 驚いて見上げる美誉子に、晃はたたみかけるように。

「だってさ、母親が自分で買ったものならまだしも、もし、ヤツに買ってもらったものだったりしたら

……そんなものを、約束の印にするのはイヤだから」

 この場合、晃が口走った”ヤツ”という代名詞が意味するのは、晃の実父のことだということは、

美誉子もすぐに理解できた。

「それでも……左がいい?」

 美誉子はちょっと戸惑ったように唇をすぼめ、その後すぐに微笑んだ。

「ううん、解った。今は右がいい」

 しかし、そう言ってから少し首を傾げ。

「でも、右手に入るかな。私、右の方が少し指太いんだよね。節くれだってるし」

「え、そうなの?」

 晃は心配そうに美誉子の右手を取り、そっと薬指に指輪を通した。

 指輪は、関節で少しひっかかりはしたが、無事に指の根本に収まった。

「良かった」

 晃はほっとしたように言った。

 左手で支えるようにした美誉子の右手を、ふたりは覗き込むようにして見つめた。

「すごい……キレイ」

「うん、良く似合うね」

 細いシルバーの台に、4つの小さな立て爪でクラシカルな円形のカットの青い石が留めつけてあるだけの

シンプルなリングは、もう何年も前からそこにあったかのように、美誉子の指に馴染んだ。

 美誉子は真面目な顔で晃を見上げ、

「ありがとう……晃さん……なんていうか……えっと、言葉がみつからないけど……感動的に嬉しいです」

「なんだそれ」

 そう言って笑いながらも、晃は美誉子を抱き寄せた。

「気に入ってくれた?」

「うん、すっごい気に入った。宝物にする」

「宝物だからって、しまい込んでないで、時々は填めてね」

「仕事にはつけていけないけどね、残念ながら」

「そうだよねえ。ピアスのが良かったかな?」

「ううん……」

 美誉子は晃の肩に寄りかかりながら、

「やっぱり指輪って、ちょっと特別だから……嬉しい」

「そっか……」

 晃は自分の肩に置かれていた、美誉子の左手を取り、何もつけていない薬指をすうっと親指でなぞった。

「こっちは……もう少し待っててね。でっかいダイヤの指輪が買えるようになるまで」

「ダイヤじゃなくっていいって、言ってるじゃない」

 美誉子はくすぐったそうに笑った。

「だって、トパーズもシトリンも、あんまり高くないじゃない」

「値段じゃないでしょ、気持ちさえこもってれば……」

 美誉子の唇に、言葉を塞ぐように晃の唇が降ってきた。

 甘い、とふたりとも思った。

 桜お手製のシフォンケーキの、生クリームの味。

 その甘さを充分に味わってから、晃が囁いた。

「……泊まってく?」

「晃さん、明日朝から大学行かなきゃなんでしょ?」

 そう言いながらも、美誉子はうっとりと晃の肩に頭をもたせかける。

「そうだけど、雪も酷くなってるし、今から帰るのつらいよ」

 美誉子は額で晃の肩をコツン、と小突いて。

「どうせ帰すつもりないんでしょ、帰るって言っても」

「当たり」

 晃は鼻先で美誉子の肩に垂れた髪をかき分け、首筋のあたりに現れた細いチェーンを唇で挟み、

軽く引っ張った。

「ネックレスもピアスも、今夜は相方と一緒にいたいって言ってるよ」

                                            FIN.


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※拍手お礼として2006/12から一年近く(蹴)web拍手の方にupしていた連作SSです。
※今読み返すと、随分本編の伏線が隠されてるなあ、なんてマニアック、などと我ながら(蹴蹴)
 
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