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 高橋は慌ててチキンとワインをテーブルに置くと

「お、俺さ、かーちゃんに運転してきてもらってさ、ついでに米も持ってきたから、母屋に運んでくる

からさ、どーぞ、ごゆっくりっ」

と、後ずさるようにリビングから出ようとした。

「高橋、米、1袋じゃないんだろ?」

 晃はさりげなくアクセサリ・ケースをポケットに戻しつつ、高橋に訊いた。

「うん、2袋だけど……」

 高橋はリビングに顔だけ残しながら答えた。

 蓮華のところにも回すので、早乙女家では、高橋家から米を買う際は大概2袋まとめて配達してもらう。

「雪だから、2袋担ぐと危ないだろ。俺も運ぶよ。で、美誉さん」

 振り向くと、美誉子は晃から2mも離れたリビング奥の壁に、真っ赤になって張り付いていた。

 普段からツンデレ傾向にある美誉子だが、オムツの中身まで見せ合った幼なじみの高橋に、晃と

いちゃいちゃしている場面を見られるのは、ことのほか恥ずかしいらしい。

「悪いけど、掃除機の続き、かけといてくれる?」

 美誉子は赤い顔のまま、こくこくと頷いた。

「コート着てくるから、ちょっと待って」

 晃は寝室のロフトに駆け上がった。

 降りてきた晃はダウンジャケットを羽織り、そしてジーンズのポケットは空になっていた。

アクセサリ・ケースは寝室に置いてきたらしい。

 美誉子は高橋の方に背中を向けて、ぎこちなく掃除機のホースなどを弄っていた。

 その美誉子に、晃は素早く、

「続きはパーティの後でね」

 と囁き、高橋を追って外に出た。

 降りが激しくなってきた雪の中を、駐車場に向けて歩きながら、高橋が

「タイミング悪くてごめんな。プレゼント渡そうとしてたんだろ?」

 と申し訳なさそうに晃に言った。

「いや悪くないよ、いいよ、あとでゆっくり渡すから。要説明だから、慌てて渡したくないんだ」

「要説明って……」高橋があんぐりと口を開けて「あ、じゃ、いよいよアレか? え、えんげーじりんぐ

とかいうヤツだったり?」

「そんなんじゃないけどさ」

 あはは、と晃はくったくなく笑った。

  

 晃と高橋は母屋に、米とオマケの大根や白菜を運んだついでに、今夜のパーティ−で使う食器類を

母屋から離れに運んだ。

「えーと、ひーふーみー……7枚? 7枚もある」

 ダイニングのテーブルに皿を並べていた高橋が、枚数を数えて怪訝そうな声を上げた。

「晃と美誉だろ、菅野夫妻だろ、俺だろ……あと誰が来るんだ?」

 晃はグラスを拭きながら、

「栗城から昨日、帰省したから遊んでくれってメールが来たから、急遽誘ったんだよ」

「へえ、帰ってるんだ。クリスマスだってえのに」

 栗城光司は3人と高校の同級生で、晃とは浪人時代の予備校も一緒だった。

「今年は東京にいたって仕方ないんだろ、きっと。生活してるだけでも、お金はかかるんだし」

 と、晃はちょっと気の毒そうに言った。

 栗城は1浪して東京の私大に行き、昨年度4年生の時に公務員試験を受けたが落ちてしまった。今年は

大学を留年してまで、満を持して再度試験を受けたのだが、また不合格。さすがに来年度は大学を卒業し、

地元に戻ってアルバイトをしながら、再々挑戦することになったらしい。

「そーだろーなー、東京に残ってたって、大学の友達はみんな卒業して社会人だろうから、そうそう

遊んでももらえないだろうし、孤独がつのるだけだよなあ」

 高橋も同情したようにそう言ってから、ちょっとだけ唇をゆがめて嗤い。

「ってーことは、栗城も今は彼女いないってことだな」

 そう言う高橋も、中途で編入したN大農学部を卒業し、本格的に家業に携わるようになって1年半余りが

経つが、最近は出会いらしき出会いもなく、クリスマスパーティーに早めに来て準備を手伝っているほど

フリーも極まっている。

「んで、あとひとりは誰なんだ? 女の子か?」

「うん、美誉さんの中学時代の友達で、ナースの人」

「えっ」

 晃の答えに、高橋がたじろいだ。

「県外の看護短大に行って、そのまま大学病院で年季奉公してたんだけど、年季が明けたからこの春から

市民病院に戻ってきた人なんだってさ」

 晃の説明に、高橋は酸欠の金魚のように口をぱくぱくさせるが、言葉が出てこない。

 その高橋に構わず、晃は説明を続けた。

「成人式でちらっと会ってるらしいんだけど、俺、良く覚えてないんだよなあ。4年も前だしねえ。

高橋は中学同じだったから、知ってるんじゃないの?」

「それって……武藤、ってヤツ?」

 高橋がやっと小さな声で訊いた。

「そうそう、その武藤さん」

「うっ」

 高橋が本気でびびった声で唸った。

「お、俺、武藤、苦手なんだけど……」

「そうなの?」

 晃はグラスを磨く手をとめて、

「どうして?さっぱりしたいい人みたいじゃない。美誉さんの話を聞いてる分には」

「そ、それはそうなんだけどさ」

「そもそも、俺たちと菅野夫妻だけじゃ高橋があぶれて可愛そうだから、女の子呼ぼうって気ィ利かせて

誘ったんだぜ。栗城なんて、独身ナースが来るよってメールしてやったら、俄然テンションが上がったのに」

「そりゃあ栗城は武藤を知らんから……白衣の天使という属性に幻惑されてるんだろ」

「属性に幻惑って」晃はげらげら笑ってから。「そんなに武藤さんに怯える理由はなんなんだよ?」

 高橋は大げさに自分の肩を両手で抱いて身震いをし、

「だって武藤、怖かったんだよぉ、中学の時。男勝りのしっかり者でさ、学級委員とかもやってたし。

例えればさ、掃除サボって騒いでたりすると、ホウキ振り回しながら学校中でも追い回すようなタイプ

なんだよ」

「それって高橋が掃除サボってたのが悪いんじゃん」

「まあそりゃそうだけど……ああ、そうかあ、美誉と武藤、仲良かったもんなあ」

 晃は溜息を吐く高橋に、にやりと笑って訊いた。

「美誉さんとどっちが怖かった?」

「うーん」

 高橋は数秒天井を向いて考え込み。

「怖さのタイプが違うな。美誉は、無表情のままモップの柄を、サボってるヤツの足下にいきなり

突き出すタイプだろ」

「ぶっはーっ」

 晃は思いっきり吹き出した。

 と、

「誰がモップ突き出すタイプだって?」

 キッチンでパスタをゆでている美誉子が、険悪な顔をパーテーションの陰からのぞかせ、高橋は首を

すくめた。

 

 集合時間には、仕事で遅くなる菅野以外のメンバーはきっちり揃ったので、パーティーは予定通り

始まった。ツリーもプレゼント交換も無い、単なる忘年会チックなパーティーではあるが、桜の手作り

ケーキと、武藤咲枝が気を利かせて持参したキャンドルが、それなりにクリスマスの雰囲気を高めていた。

「うわあ、やっぱ、婚約指輪はダイヤだよねえー、ステキー」

 桜も人見知りをしないタイプだし、武藤もいたってざっくばらんな性格なので、乾杯の次の瞬間には、

初対面のふたりはすぐにうち解けていた。

 桜は今年の6月に菅野と結婚しているが、現在、縮で有名なO市の染織家の元で修行中のため、普段は

結婚指輪さえしていない。しかし、今夜は一応パーティーということで、婚約指輪であるダイヤの

立爪リングを左手の薬指にはめている。

 その指輪を目ざとく見つけた武藤は、隣に座る桜の手を取ってうっとりとダイヤを眺めている。

 武藤は夕方まで仕事だったそうで、ヘアスタイルはいかにもナースらしいきっちりしたひっつめ髪の

まま。美人ではないが愛嬌のある狸顔に、ひっつめ髪が妙にマッチして、独身にもかかわらず、すでに

肝っ玉母さん風の貫禄が備わっている。

「あたしは4月生まれだから、単に誕生石なんスよ」

 桜が照れながらも嬉しそうに答える。桜は新婚とはいえ一応既婚者であるが、相変わらずのおかっぱ頭で

女子高生……いや、女子中学生にも見える。

「いやいや、誕生石じゃなくっても、婚約指輪はダイヤがいいよー。あたしなんか8月生まれだから

ペリトッドだよ。安いったらないもん」

 武藤は桜の手を離しつつも、力説した。

「女の子って、ダイヤモンド好きだよねえ」

 武藤の真向かいに座っている栗城が会話に参加する。しばらく会わない間に随分太ったな、と会うなり

高橋に言われ、現在のところテンションはイマイチ低め。

「そうだよなあ。何でそんなにダイヤがいいんだ?他の宝石だってそれぞれキレイじゃん」

 高橋がパスタを飲み下してから訊いた。

 武藤が人差し指を立てて、

「そりゃあまず、ダイヤモンドってのは、地球上で最も堅い石であるってあたり、永遠の愛の印に

相応しいでしょ」

「それにさ、ほら、色が無いってのがいいんじゃないの」続けて桜が、キャンドルの灯りをダイヤに

反射させつつ「アナタ色に染まりますってヤツ?」

「きゃーっ、それいいっ」

 桜と武藤は手を取り合って、きゃあきゃあ喜んだ。

 高橋と栗城は顔を見合わせて苦笑した。

「何の話題でそんなに盛り上がってるの?」

 キッチンから温めたチキンを持って、晃がダイニングにやってきた。キッチンでは電子レンジと水道を

使っていたため、リビングでの会話は良く聞こえなかったらしい。

「婚約指輪は、誕生石じゃなくてもダイヤがいいんだそうですよ、お嬢様方は」

 栗城が晃を見上げて言った。

「へえ、そういうもんなんだあ」

 チキンをテーブルの真ん中に置いて、晃は男性が並ぶ側の、一番キッチン寄りの席に着いた。

「晃も金貯めとけよ、ダイヤ代……って、あ、そっか、もう用意し……」

 早速チキンに手を伸ばしながら、そう言いかけた高橋を晃がぎっとにらみ付け、高橋は慌てて口を閉じた。

「え、なになに?」しかし桜が耳ざとく聞きつけ、身を乗り出した。「あっ、もしかして、いよいよ?」

目がらんらんと輝いている。

「違う違う」

 晃は笑って手を振ったが、そこへちょうどサラダボウルを持って美誉子がキッチンから出てきて

しまったので、

「美誉、とうとう晃くんに婚約指輪もらったの?」

 桜らしく単刀直入に訊いた。

「えっ?」

 美誉子は明らかに動揺してボウルを落としそうになってしまい、ゴトンと音をさせてテーブルに置いた。

「も、もらってないよ、どうしてそういう話になってるわけ?」

「なーんだあ」

 桜は乗り出していた姿勢を元に戻した。

「指輪の話題になってたんだよー、桜さんの指輪見せてもらってたの」

 武藤が説明した。

「そ、そうなんだ……」

 美誉子は頬を微妙に赤らめながら、晃の向かいに座った。

「曽根さんも、やっぱ婚約指輪はダイヤ派?この機会に早乙女に言っておいたらいいんじゃないの?

ダイヤのが欲しいわあっ、てさ」

 栗城が更にからかうように、ニヤニヤしながらツッコんだ。

「わ……私は」

 美誉子はワイングラスを口に運びながらちらりと晃を見上げ。

「別に……ダイヤじゃなくても……何でもいい」

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