半熟で悪いかよッ! 2
 

 文化祭2日目の午後。

 今度は美誉と二人で、相談室の方の当番になった。

 美誉の名札には「ミステリ・本格担当」。

 ミステリ以外の相談には乗れない2時間ということだ。

 ローテーション以外、何も考えてないな、石田のヤツ。

「石田くんてばさあ、ヒドイんだよ」

 その、現文芸部部長の悪口を、美誉は口を尖らせて訴える。

「原稿出さなかったんだから、せめて看板役くらいしてくださいって、今朝から早乙女くんと二人で

延々と会誌のブースにいさせられたの」

「なるほど」

 美誉と早乙女をブースにおいておくことによって、二人への興味で文芸部会誌も売れるんじゃないか

という、販売戦略なわけだな。

「納得しないでよ、三浦」

 美誉は頬をふくらます。

「でも、原稿出せなかったのは、確かじゃねえか。お前らが穴あけた4ページ、俺と石田が

どんな苦労して埋めたか」

「そ…それは悪いと思ってるよ」

 美誉は首をすくめた。



 

 今年の文芸部会誌の原稿締め切りは、9月末日だった。

 つまり、早乙女が飛び降りた約半月後。

 美誉と早乙女の原稿は、ついに出されなかった。

 まあ、色々あったわけだし、授業の遅れを取り戻すのも大変だろうし、体調だって悪かっただろうし、

何かと騒がれて腰を据えて文章を書く環境ではなかったかもしれない。

 しかし、しかしだな、夏休みから準備しておけば、何か書けたんじゃないか?

 だいたい、美誉は毎年原稿提出が一番乗りってくらい、準備が早かったはずなのに。

「ふうん、今年は森島有人の書評は無しか」

 出せません、と締め切り直前に謝りにきた美誉に、俺は鼻を鳴らしてそう言ってやった。

 森島有人とは美誉のペンネーム。男名前なのだ。お好きな人にはすぐわかる、新本格ミステリ作家の

名前を組み合わせてあるだけの陳腐なネーミング……とは、本人には言えないが。

「ご……ごめんなさい」

 その頃、まだ美誉の額には痛々しくでっかい絆創膏が貼ってあり、頭を下げると前髪が動き、

それが見えた。

「なにで書くつもりだったんだよ?」

「えっとねえ……ウィンズロウのニール・ケアリーシリーズ……のつもりだったんだけど」

「ああ、あの似非ハードボイルドか」

「早乙女くんと同じようなこと言うなあ」

 美誉は肩をすくめて笑った。

 その笑顔を見て、俺は気がついた。

 こいつ、いつのまにか、こんなに女っぽくなって。

 そんでもって。

……綺麗になってやがる。

 もう、男名前のペンネームは似合わないかもしれない。



 

……更に激しく遡る。

2年に上がった時のことだ。

 春休み明けの美誉の姿を見て、俺は自分の目を疑った。

 春休み前には背中に垂れていた長い黒髪が、おっ立つほどのベリーショートになっていたのだ。

 かっわいいー、ヒヨコみたいー

 だの、

 背高いから似合うねー、かっこいいー

だの、女子にはおおむねね受けが良かったみたいだが、俺には、

 何かあったんじゃねえか?

としか思えなかった。

 それに、俺は絶対長い方がいいと思ったし。

 と、言ってもその頃、俺と美誉は今ほど仲良くもなくて、つきあってた彼女がいたし。文芸部の

同学年の子とつきあってたのだが……その夏に振られたが。

 振られた理由というのは……

…………。

 彼女の台詞をそのまま引用する。

「尚尋(俺だ)、本当は美誉のことが好きなんでしょ?そのくらいアタシにだって判るわよ!

いっつも目が美誉のことばっかり追ってるもんっ。バカにしないで!!」

 その台詞を聞いて初めて、俺は自分が美誉に惚れていることを自覚したのだった。

 正に、がっびょーん、という感じで。

 確かに、美誉のことは気になっていたが、特に2年になってからは。

 しかし、惚れているとは自分でも思っていなかった。

 新年度以降の変わりっぷりが不思議でならなくて、俺には無理しているようにしか見えなくて、何が

あったんだろうと、それが疑問でならなくて、気になっていただけ。

 だと思っていたんだが、自分では。

 ちなみに、その彼女は俺を振ると同時に、文芸部も辞めていった……



 

「まあ、迷惑かけた分、客引きくらいしてやるんだな」

「客引きって……キャバレーじゃないんだから」

「キャバレーって、レトロな響きだな。お前、ピンサロくらい言えよ……いやでも、そうだな、

むしろストリップ劇場って感じかな」

「ストリップって……早乙女くんと私は、何なのよ?」

「はいはい、踊り子さんに触らないでください、観るだけですよ、みたいな」

「何なの、その例え」

「それで、売り上げはどうなんだよ?」

 俺は言い出しっぺとして、基本的に部室の企画に貼りつきっぱなしだから、今日はまだ会誌販売の

ブースに行ってないし、売り上げも聞いていなかった。

 美誉は苦笑して。

「全然売れてないから、客引きやらされたんじゃないかと思うんだけど?」



 

 1年の頃の美誉の印象はというと、読書の幅が広く、人が勧める本も素直に読むし、原稿はきっちり

出すし、かけもちの割には優良文芸部員で、文芸部でも吹奏楽部でも会計を任されるほどの

しっかりもので、テンションは安定してるし、下ネタギャグにも怒らないし、比較的つきあいやすい

女子と言えた。

 作品の批評でも、部の運営についても、スルドイところを突いてはくるが、それでも先輩を立てる

ことも、部活の人間関係にも気をつかって妥協することも知っていた。

 それが、2年になって髪を切ってきたら、イキナリ変わったのだ。

 ちょっとしたことで、やたらと熱くなってつっかかってくるようになったし、人が勧めた本も完膚無き

までにこきおろすし(読むだけマシと言えるかもしれないが)、創作の批評会では先輩でも構わずに

ケチョンケチョンにやっつける。頭のいいのは前からだったが、それが鼻につくようになってきた。

 例えば。

 去年の創作批評会のことだ。

 批評会は春だけ、年1回行われる、文芸部の数少ない行事のひとつ。

 批評対象になる作品を出すのは自由で、美誉みたいな書評メインのヤツはもちろん出さずに評価する

ばかりなんだけど、部内のことであるから、先輩後輩問わず、率直な意見を述べていいということに

なっている。

 が、そうだとしても、あの時の美誉は強烈だった。

 たたき台になっていたのは、男子の先輩が書いてきたSF長編だった。

 温暖化で水没した近未来の世界が舞台で、そこで人類が水上生活を送っているというストーリー。まあ、

水没した地球って設定は、昔っからある古典的SFのテーマであり、確かに目新しいものではないのだ

けれど……

「SFが限られたテーマの中でどれだけ工夫して書くかってものだということは、自分も理解してますよ。

それでも先輩のこれは、あまりにも既存の名作の焼き直しに見えます」

 この美誉の台詞に、言われ放題だった作者の先輩はいささかキレて。何しろ、原稿用紙200枚余にも

なる力作であったから。

「どこがだよ? 俺だって工夫したつもりだよ。具体的に言ってみろ」

「言っていいんですか?」

 美誉はにやり、と笑った。

「お、おう……批評会なんだからな」

 先輩は気圧されたように、椅子の背もたれにふんぞりかえって。

「じゃあ、言います。先輩、椎名誠の『水域』、読んでますね?」

 あっ。

 俺も読んでいる。

 そう言われてみれば……似ている。

 言われた先輩も、似ている自覚は今の今までなかったのだろう、ぽかんと口を開けて。

 そして、悔しそうに唇を噛んで黙り込んだ。

 先輩に限ったことではない。俺たち素人モノカキは、どうしても自分の好きな作品に似せて書いてしまう

ことがある。その作品が好きだからこそ、何度も読んで、自分の体に染みこんでしまって、それがつい、

筆先に出てしまう。

 先輩だって、わざとパクったわけではないのだろう。『水域』に感銘を受けたからこそ、その

アイディアが頭から離れず、無意識に自作に流用してしまった。

 俺には、それは、とても良く解る……だって、誰しもやらかしそうなことだ。

 美誉にだって、わからないはずはない。

「……そこまで言わなくてもいいだろに」

 美誉の隣に座っていた俺は思わずそう呟いた。

 美誉は俺の方を一瞥もせず、涼しい顔で、すでに次のたたき台作品のコピーを用意し始めていた。

 実に、カワイクナイ……これなら常習ヒステリーの女子の方が、まだ可愛げがあるというものだ。

才気というバリアが、がっちり張り巡らされて、触れると感電しそうなくらい。

 そして、俺の見るところ、そのバリアは主に男子用らしく……

 女子には、先輩後輩問わず、態度が軟化するのだ。べたべたしていると言ってもいい。その容姿と

相まって、女子と仲良くしている姿は、まるで宝塚かオナベバー(もちろん行ったことないけど)って

ところ。実際、女子のファンが大勢ついた。

 男子にとっては、すっかりカワイクナイ女、になってしまったのだ。

 クラスや吹奏楽部ではどうなのか、はたまた家ではどうなのか、それはわからなかったけれど、

文芸部における美誉の変化は、俺をいらだたせた。

 何より、その頃の美誉は、俺には無理しているように見えて仕方なかったのだ。どう見ても、

不自然なふるまいにしか思えなかった。

 その理由が、全然見えてこないってのも、悔しかったし。

 それから気に入らなかったのは、いつの間にか美誉は自分のことを「自分」と言うようになっていた

こと。一年の頃は普通に「あたし」を使っていたのに。

 イライラは、美誉に惚れていると自覚したあたりから、一層つのり。

「自分」が更に「僕」に変化して行った頃、俺はとうとうキレた。




 

「出さなかったから言うんじゃないけど、会誌の、今年の作品、三浦の、いいよ。私、気に入った」

 お。

 去年の今頃の美誉の口からは、こんなほめ言葉は絶対きけなかっただろうな……

「そ、そぉか、そらどうも」

「カッコいいよ。本当にアメリカ産ハードボイルドの一断片みたい」

「ほめてんのか? それ」

 俺は、既に自分に創作の才能がないことを悟っている。場面は浮かぶのだ。これは名作だ、という

一場面が。しかし、それにつながるプロットとかストーリーが構築できない……

 とほほ。

 でも、いいのだ。俺が文芸部に所属しているのは、編集の仕事がしたいからなのだから。

 自分が編集萌え〜だということは、中学の卒業文集の編集長をやったときに発見した。

 できたらプロの編集者になりたいと思っている。いや、絶対なってみせる。そのために、できたら

読みたくない、石田の意味不明の不条理小説や、下級生の女子(約3名)が書いてくる、鳥肌が

立つくらいラブ甘なボーイズ・ラブ小説も熟読し、誤字脱字から、文脈のねじれまで、指摘して

やっているのだから。

「三浦のねえ、特に、女性キャラが今年はいいと思ったよ」

 美誉は頬杖をついて。

「ロマンス入ってたよ」

 少しうっとりした目をした。

 今年俺が書いたのは、古き良きアメリカンなハードボイルド小説……のラストシーンのみ。

 気の強いヒロインが、ラストシーンで、大仕事を終えボロボロになって帰ってくる主人公

……もちろん一匹狼の探偵……を、彼の部屋の前で迎えるシーンだ。

 二人の関係は、もちろん友達以上恋人未満。

 軽く説明すると、

 よろよろしながらボロビルの階段を上ってきた探偵を見て、ヒロインは、涙は見せないが、

あきらかにほっとした顔をして、

 ひどい様子だね。簡単な手当くらいならしてあげるよ。

 ああ、すまんが、背中の傷は自分じゃ届かないからな。頼むよ。

 探偵の殺風景な部屋に入ると、ヒロインは肩にかけていた大きなショールの中から、

小さな鍋を出す。

 すっかり冷めちまったけどさ、ポークビーンズだよ。手当が済んだら、温めてあげるよ。

 そして探偵の決め台詞。

 ついでに、俺もあっためてくれるかい?

―――なかなかのもんじゃないか?

 ちなみに、ヒロインのイメージモデルが美誉であることは……ないしょ。



 

 ある日、ついにキレた俺は。

「僕ってのは、やめろよ!オタクっぽくてキモイんだよ!!」

「なんだよ、突然」

 その頃の美誉は、口調全体が男っぽかった。

「似合ってねえ、ってんだよ。無理見え見え」

「いいじゃん、僕の勝手だろ?」

「い、いいじゃないの、三浦くん」

 俺の前の部長だった、沙由理先輩が慌てて間に入った。

 去年の文化祭後の部会だったか。

 美誉は会計だったので、その場にいたということは、おそらく会計報告でもしていたのだろうと思う。

 石田も1年の編集委員だったので、居合わせてしまって、おろおろしていたような気がする。

「普通にあ・た・しって言えよ!1年の時はそう言ってたろ?」

「いいじゃん、言いたいんだから」

「そ、そうよ、女の子が僕って、可愛いじゃない」

「ですよね、沙由理先輩。ペンネームにも合ってるしぃ」

 美誉は俺に向かって、思いっきり舌を出した。

「無理がなきゃ、俺もいわねえよ。見るからに無理してるように見えるから、言ってんだろ!?」

「無理なんかしてない。大体、なんで三浦にそんなこと言われなきゃいけないの?ほっとけよ」

「ほっとけねえんだよ!!」

「だから、なんで!!」

「お前が好きだからに決まってるだろ! この鈍感女!!」



 

 ああ、思い出すと自己嫌悪で胃が石になる。

「ねえ、ポークビーンズってどういう料理?ハードボイルドに良く出てくるよねえ。缶詰とかも

あるみたいだけど、アメリカじゃ一般的なの?」

 俺の苦い回想など知るよしもなく、現在の美誉はのんきな疑問を投げかけ、首を傾げる。

 あの頃とは別人のような、自然な仕草。

 頬を覆うほどに伸びた髪が、さらりと流れ……ナチュラルに分けている長めの前髪の間に、

額の右側からこめかみにかけて、すっと一筋、赤黒い傷跡が見えた。

 早乙女を救った時の傷跡だ。

 私が勝手に変なところに倒れてケガしたわけだし。自分じゃ、鏡でしか見えないしぃ。

 と、本人はほとんどってか、全く気にしていないようだが、俺は目に入るたびに、どきっ、と

してしまう。

 その傷跡は、俺にはまだまだ生々しい。

 早乙女も、傷跡を目にするたびに、一瞬、苦しそうな表情を見せる。

「ポークとビーンズなんだから、豆と豚肉の煮込みだろ」

「そりゃ、読んで名前のごとしだけど……チリビーンズとは違うわけ?」

「辛くないんじゃねえのか?」

「辛かったら、ケガ人に食べさせるとヤバイだろうしねえ」

……そこまで考えて書いてねえよ。



 

「……聞かなかったことにするね」

 俺の衝動的な告白に対し、美誉はものすごく悲しそうな、まるで愛犬を亡くしたかのような表情をして、

立ち上がった。

 手早く、机に広げていた筆記用具をまとめると、

「会計報告は以上ですし、そろそろ吹奏楽部の方に行かなきゃですので」と、沙由理先輩に頭を下げ、

静かに部室を出て行った。

 俺の方は一瞥もせず。

「な……なんなんだよっ」

 俺は呆然と美誉を見送ってから、誰にともなくそう言ってしまった。

「三浦くん、あれじゃあ、告白とは思えないわよ」

 沙由理先輩が溜息を吐いた。

「ど、同感です。あれじゃあ、罵倒なのか告白なのかわかりません」

 石田まで、脅えながら先輩に同調する。

「あんなこと言うつもりじゃなかったんだよ。俺が言いたかったのはさぁ……」俺は頭を抱えて。

「今年入ってからの美誉、おかしいと思いませんか? 先輩。変わったでしょう?」

「うーん」沙由理先輩は腕組みして。「確かに、1年のときとはちょっと変わったかな?」

「ちょっと、ですかあ?」

 やっぱ、女子にはわかんないのか?

「あ、あの、どのように変わったと、三浦先輩は思うのでしょうか?」石田が小さく手を挙げながら。

「ボクは去年までの曽根先輩を知りませんので……」

「そうさなあ…」俺はしばし考えて。「石田、正直言って、美誉って怖い先輩だろ?」

「え……あ……う」俺と沙由理先輩の顔を交互に見てから。「は…はい」消え入りそうな声で。

 石田も会誌に載せた短編を、美誉にコテンパンにやられたクチだった。

「去年だったら、怖くなかったと思う」

「えっ、そうなんですか?」石田は小さな点目を大きく見開いた。

「うーん、なるほど……そう言われてみれば」沙由理先輩は唸って。「文芸部をしゃっきりさせるために、

頑張ってくれてるんじゃないかしら」

「そりゃあ、それもあるでしょうけど……でも」しゃっきり通り越して、部の人間関係にヒビを

入れかねないのではないだろうか。

「と、とにかくですね」石田がまだびびりながら。「さっきの告白は……やり直した方がよろしいのでは

ないかと……センエツながら」



 

 早乙女は、何書くつもりだったんだよ?」

 美誉と違って、早乙女には会誌の原稿を強く督促しなかった。

 だって、夏中病気の母親の看病をし、ついには亡くしてしまったヤツに……更に、発作的に自殺を図って

しまったようなヤツに、督促なんかできるかよ。

「大江健三郎だね」

「ああ、評論探しに県立図書館まで行ったって言ってたな」

 美誉は頷いて。

「早乙女くん、すごく熱心に読んでたけど、でもねえ、きっと原稿書く余裕はなかったよねえ」

 俺も頷いて。

 で、ふと気づいた。

「なあ……お前、二人でいるとき、早乙女のこと何て呼んでるの?」

 美誉は首を傾げて。なんでそんなこと?ってな風に。

「別に、かわんないよ。早乙女くんって」

「えー、じゃ、早乙女はお前のこと……」

「曽根さんって呼ぶに決まってんじゃん」

「変」

「変って、変じゃないでしょ、別に。どこが変よ」

「つきあってるんなら、名前で呼び合うとか、あるだろ。もしくは、コウくーん、ミヨちゃーん、とか」

「やだぁ、そんなの恥ずかしい」美誉はほんのり頬を赤らめた。

 本気で恥ずかしがってんのか?

「それに、俺は呼び捨てで、早乙女はくん、か?」

「あー、だってさぁ」

 美誉は幸せそうに微笑んだ。

「だって、恩人だもん、早乙女くん。呼び捨てになんてできないよ」

 恩人?



 

 沙由理先輩と石田のアドバイスに従って……というか、聞かなかったことにされちゃうのが悔しかった

ので、俺は美誉にきちんと告白するタイミングを伺っていた。

 が、どう好意的に見ても、美誉は俺を避けていることが明らかで、2人きりになれるチャンスと

いうものが全く生じない。

 またイライラしてきた俺は、とうとう昼休みに、部室に彼女を呼び出した。

 もう、冬休み間近だった。

 美誉は素直にやってはきたが、とても緊張した表情をしていた。

 そして無言で俺が口を開くのを待っていた。

「……言いたいことは、わかってると思うんだけど」

 俺と美誉は机を挟んで座っていた。

「俺は、お前が好きだから。きちんとつきあって欲しいと思ってる」

 これでも、考え抜いた台詞なんだけど。

 シンプル・イズ・ベスト。

 美誉は俺の言葉を聞いた瞬間、小さく震え。

 そして、堅く目を閉じた。

 その表情は、1年の時の……バリアを張り巡らす前の彼女のもののような気がした。

「ごめん……」

 小さな声。

「……無理……つきあえないよ……」

 断られることはある程度想定内だったのではあるが、それでもモチロンがっくりきた。

「俺のこと、嫌いか?」

 美誉は激しく首を振った。

「そんなことない……友達としては、好きだよ。嫌いなわけないじゃん」

「だったら……友達からで、いいんだぜ、俺は、急いだりしない」

 また首が振られて。

「無理……」

「無理ってのは、どういう意味なんだ?」

「友達以上のこと、なんにもしてあげられないから……」

 どういう意味……?

「なあ」

 俺は机の上に載せられていた美誉の右手を取った。

 乱暴するつもりなど毛頭なかった。俺の目を見て話して欲しかっただけだった。彼女は部室に入って

きてから、俺の目を一度も見ていなかったから。

「ひっ」

 美誉は小さく悲鳴を上げると、身を引いた。

「なっ」

 その過剰反応に、俺も驚いてしまったけれど、手は離さなかった。

「な、なんだよ……」と言いかけて、美誉の表情にさすがの俺の軽い口も止まってしまった。

 青ざめた頬。色を失った唇。瞼は堅く閉じられて……俺に捕まれた右手は堅くこぶしを作り。

 明らかに脅えた表情。

……そして、冷たい右手が小さく震え始めた。

 俺は手を離した。

「……そんなに、俺のこと、嫌いだったのか?」

 ショックだった。俺に触られるのがそんなにイヤだということかと……

「ち……違うの!」

 美誉は震える声で叫んだ。

「私なの……私が……男の人が怖いの!」

 そう言って、自分の体を自分で抱きしめた。

「三浦のせいじゃないの……」

「美誉……」

 俺の頭の中で、色々な断片がパズルのピースのように、カチリ、カチリとはまり始めた。

 ベリーショートに男言葉。

 バリアを張るようになった理由。

 大きな秘密を抱えている予感。

「なあ……なんか、あったのか?」

 俺はおそるおそる訊いた。

 美誉はじっとうつむいて、自分の体をきつく抱きしめるばかり。

「春休みに、何かあったんだろ?……違うか?」

 美誉ははっと顔を上げて……今日初めて目が合った。

 彼女の瞳は潤んで……折檻に脅える小動物のようだった。

「……三浦……それ以上訊かないで……お願いだから」

 震える声が言った。



 

「恩人って、美誉が、早乙女の恩人、だろ?命の恩人」

「ふふん」幸せそうな含み笑い。

 美誉の男性恐怖症を知った日、その理由はさすがの俺でも追求しなかったのだけれど、徐々に彼女の

言動は落ち着いていった。僕は私になり……あたし、にはついに戻らなかったが。便宜的一人称としての

“私”が習慣化したのだろう……髪も少しずつ伸ばし、むやみに攻撃的な論破も少なくなった。

 そして、1年たち、今の彼女がある。

 1年の頃の、俺が認識していた美誉像より、より女らしく、大人で……ええい、セクシーになって

しまった。俺に断りもなく、いい女になっちまいやがって、と言いたくなる。
 
 美誉が、すっと右手を差し出した。

……握手?

 俺は躊躇しながら、細い手をそっと握った。

 細く長い指が、ぎゅっと、力強く握り返してくる。

 悔しいけれど、多少、胸が高鳴る。

……ああ、そうか……

「治ったんだな……」

 美誉は頷いた。

 そうか、早乙女のおかげで男性恐怖症が治ったから、だから恩人であると言いたいのか。

 その手は温かく、力強く、震えたりすることもなく。

「そういうわけ」

「そっか……」

「うん。三浦にはいっぱい心配かけちゃったね」

 早乙女じゃなきゃ、駄目だったんだろうな。

 俺じゃ……

「俺にとっても、喜ばしいことだな」

 そう言うと、美誉はきょとんとした顔をして。

「んじゃ、俺の告白、再登録ってことで、ヨロシク」

「えっ」

 美誉は握手した右手を振り離そうとしたが、俺は強く握り直して。

「だって、今はもう、友達以上のこと、できるんだろ?」

「ちょ、三浦、冗談でしょ?」

「マジ。俺の方が、早乙女より顔はマズイかもしんないけど、甲斐性はありそうな感じしない?」

 その時。

 部室の入り口に背の高い人影が現れて。

「三浦……」玉こんにゃく串を3本持った早乙女だった。「お前、何堂々と人の彼女口説いてんの?」

 このタイミング……立ち聞きしてやがったな。

 早乙女の顔は笑っていたけれど、美誉は慌てて俺の手をふりほどいた。

「さ、早乙女くん、ち、違うの、これは……」

 早乙女は焦る美誉にこんにゃくの乗ったトレイを渡し、俺の前の机に腰掛け、おもむろに長い脚を

組んでから、俺を見下ろした。

 こいつ、こういうさりげない仕草も、グラビアモデルみたいに決まるんだよな……けっ。

「なんだよ、いいところで割り込みやがって」

 俺は早乙女を挑戦的に見上げる。

「差し入れに来てみりゃ、これだもんな。油断も隙もない」

 元々低めの声が、更にわざとらしく低められている。

「美誉とのつきあいは俺のが全然古いんだからな。油断すんな」

「ちょ、ちょっとぉ、やめてよ、三浦。ねえ、早乙女くんも……」

 早乙女はいかにも笑いをこらえている表情なのだが……鼻の穴がわずかにぴくぴくしている……それは

美誉には見えないらしい。

「ま、無駄だから諦めろって、言っとくぜ。今のうち」

「うるせえ、無駄かどうか、見てやがれ。まだ卒業までは4ヶ月もあるんだしな」

「ねえ、二人とも、やめてよぉ、こんにゃく冷めないうちに食べようよぉ」

 美誉は半泣き。

「いいか早乙女」

 俺は精一杯かっこつけて、早乙女に指をつきつけた。

「夜道では、背後に気をつけろよ」

 ノワール風のつもり。

 さすがに、早乙女はぷっと吹き出し、笑い出してしまった。

 俺もつられて笑ってしまって。

 そんな男二人をきょとんと眺めていた美誉は。

「……なぁんだ……」どっと疲れたらしく、机に伸びてしまった。

 ああ、よく考えると、この場面では、

 わかった、俺はいさぎよく身を引くぜ。幸せになりな。

 とか言うのが、真のハードボイルドだったのではないだろうか?

 ここで、つい本音が出てしまうのは、俺がまだまだ若造であるという証拠だな……。

 けっ。

 でもいいんだ。

 いつかきっと、美誉に、振ったのはもったいなかったと後悔させるような、渋くてハードボイルドな

男になってみせる。

 今はまだまだ半熟だけど……ええい。

 半熟で悪いかよッ!
                              FIN.
                                     


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あとがきのようなもの
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 つたない素人小説を今回もお読み頂きまして、誠にありがとうございますm(__)m
 また、本編の方に、掲示板やメールでご感想や励ましを頂戴し、感謝感激でございます。
 冗談や社交辞令抜きで、本当に嬉しいです@(人ェ-)@謝謝@(-ェ人)@謝謝

 本編『樹下の天使』が重長暗かったので、今回はライトなテイストを狙ってみましたが、
いががでございましょうか?
 お楽しみ頂けましたら、幸いです。
 場面をあえて細切れで飛び飛びにしてみましたが、かえって読みにくいかもしれませんねorz
 その際はぜひ、ご意見・ご指導をお寄せ下さいませ(;^_^A アセアセ…

 この話の語り手の三浦くんというキャラクターは、筆者はなぜか結構気に入っておりまして、
シリーズの大分あとの方で、またディープに美誉子と晃に関わってきます。
 その話が日の目をみるかどうかはわかりませんが(^◇^;)ネタにしていきたいキャラの一人で
ございます。

 次の予定はと申しますと、クリスマス企画の中編を書き始めております(早っw)。またしても、
『樹下』シリーズ(仮名)でございます。
 それと平行して、本編の続きとなる連載もやりたいと思っておりますが、長編は、ある程度書き
進めないとバランスが見えなくて、恐ろしくてとても掲載できませんので、少し先になるかと思います。
実は、一度、さらっと完結させた話なのではありますが、保存しておいたCDがぶっこわれて
             _| ̄|○⇒_|\○_⇒_/\○_⇒____○_
思い出しながら書いておる次第でございます(ノ_<。)

 今回は、短い話ではございましたが、またご意見ご感想などお寄せ頂けると、大変嬉しく存じます。
 読者様の温かい励ましがあればこそ、日々ちまちまと書き続けていられるどりであります(T-T*)ウウウ

 では、皆様におかれましては、次にお会いできるまで、どうぞお元気でお過ごし下さいますよう。

 心からの感謝を込めて−−− 
                                     200511/8 どり
                                   
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