抱擁


「……やばっ」

 菅野は呻くと、緩んだ避妊具を指で押さえつつ、急いで桜の中から出た。

 萎えかけたペニスから、緩んだ避妊具が抜けそうになったのだった。

「ど、どうかしたんですか?」

 ベッドに横たわっていた桜が慌てて頭を起こしたため、ふたりの頭は、桜の腹の上あたりで、

ごつんとぶつかった。

「いたっ」

「あっ、悪い、大丈夫か?」

 菅野は桜のおでこの上あたりを、大きな手で撫でた。

「……大丈夫ですけど」大丈夫といいながら、桜は微かに涙目で。「どうかしたんですか?」

「いや……」

 菅野は手でさりげなく股間を隠しつつ。

 その手の陰で、ますますペニスは力なく、ぐんにゃりと垂れ下がろうとしていた。

「ちょっと……ええと、柔らかくなってきちまって……外れそうになったから」

「ん?」

 桜は眉をひそめ、菅野の言葉を数秒かけて咀嚼した。そして理解した途端、口を大きく開け、

頬を引きつらせ、焦った口調で、

「あたし、何かマズイことやらかしました?」

「いや、そーじゃなくて」

「あっ」桜の顔に更に驚愕の表情が広がり、「もしかして、先生、もうあたしじゃ欲情しないんですか?

結婚3年目の倦怠期の夫婦みたいに?」

「んなわけないだろ!」

 まだ2回目なのに!
 
 菅野は、天を仰ぎ……実際見えたのは、ラブホテルの安っぽく軽薄なシャンデリアだが。

「ストレスのせいだろうな……」
 
 溜息混じりに。

「ああ……そっかあ。そうでしょうねえ……」

 桜も納得したように頷いて、そして、そっと心配そうに菅野の荒れてカサカサの頬に触れた。

 菅野は今年、3年生の担任をしている。12月に入り、推薦で進路を決めた生徒も増えてきてはいるが、

大多数の生徒が受験勉強の佳境にいる。冬休みに入った今も、菅野は、毎日のように切羽詰まった

生徒や保護者の相談を受けていて、そして、生徒や保護者が精神的に追い詰められていくと共に、

菅野も比例して追い詰められた気分になってきて……

 今にも、生徒から電話が入りそうな気がする。

 と、サイドテーブルに置いた携帯をちらりと見て。

 電源切ってるのに。

 毎日出勤しているし、携帯の電源も24時間入れっぱなしの冬休みではあるが、今日の桜との

デートの間だけは電源を切っていた。しかしそれでも、つい気にしてしまう。

 すっげえ楽しみにしてたのに……

 桜が、段々うつむいていく菅野の頭を撫でた。

 2か月ぶりなのに。10月に初めて2人で旅行して以来、やっと会えたのに。セックスだって、

それ以来だってのに。

 こんなに愛おしいのに……

 ぎゅ、と、ベッドに半身を起こしている小さな躰を抱きしめる。

 つまり、だ。

 桜に聞こえないように、小さく溜息を吐く。

 ストレスが、下半身にダイレクトに影響するトシになっちまったってことだな……

「あ、いいこと思いついちゃった」大人しく菅野に抱きしめられていた桜が、いきなり声を上げた。

「先生、リラックスさせてあげますよ」

 そう言って、子犬のような目で菅野を見上げる。

「いいよ、そんな気ィ使ってくれなくて。少し休めば復活するよ」

 多分。

「そう言わないで。お風呂にイイモノあるんですよ。ちょっと待ってて下さいね」

 桜は元気にベッドから飛び降り、子犬だったら正にしっぽを振りまくりながら、バスルームに小走りに

消えた。すぐにバスタブにお湯を溜める音が聞こえてきた。

 一緒に風呂か。いいかも、気分が変わると元気になってくれるかな、など考えながら、絡みついていた

避妊具をゴミ箱に投げ捨てていると、桜がバスタブのドアから顔を出し、

「お待たせしましたー。どうぞぉ」

 と笑顔で菅野を呼んだ。

 バスルームには、バラの香りが立ちこめていた。

 桜は、猫足のついたバスタブの縁に腰をかけ、足でお湯をかき回していた。

「バラのオイルがあるのを、さっきシャワーした時見つけてたんですよぉ。ラブホって色々置いて

あるんだなあって思って、一通り見てみたから。さ、先生入って下さい」

 桜は菅野をバラの香りのするお湯に浸からせた。そしてお湯を止めてから、自分もバスタブに入り、

菅野の背後に回って膝をついた。

 温めのお湯は少なめで、ふたりが入っても、菅野の胸くらいまでしか水位が無い。

「ここでマッサージして上げますね。先生、肩凝ってるみたいだし」

 桜は掌にお湯をすくい、菅野の肩に何度もかけた。

「え……そんな、いいよ、桜がくたびれちまう」

「遠慮しないで下さいよ。あたしが、先生を構いたいんだから。それにね、あたしマッサージ結構上手い

んですよ。キッツイ課題出した後なんか、お茶奢るから肩揉んで〜とか頼んでくる友達がいるくらい」

 そう言いながら動き始めた桜の手は、菅野のバリバリに固まった肩を、やんわりと撫で始める。

「プロみたいに、強く揉んだりは出来ませんけどねー、要は血行が良くなればいいんでしょ」

 肩から肩胛骨のあたりまで、桜の手がゆっくりと動く。大して力も入れていないのだろうが、

バスオイルの微かなぬるぬる感と相俟って、じんわりと筋肉がほぐされていくような感覚。

「……うん、なるほど」

 柔らかな手が、肌を引き延ばすように滑っていく感触だけで、相当気持ちいい。肩こりで

なくても気持ちがいいだろう。

「どうですか、気持ちいい?」

「うん、気持ちいい。ホント、上手いな、桜」

 桜の手だから、こんなに気持ちがいいのかもしれない、と菅野は思った。

「うふふ、良かった。雑誌とかテレビの見よう見まねなんですけどね」

 肩とその周辺を一通りマッサージすると、桜は丹念に肩の回りのツボを押し始めた。

「イテテテ」

 指先が硬直したツボを捉え、思わず菅野はうめき声を漏らした。細い指先は、見事にツボに嵌る。

「あ、どうしても痛かったら言って下さいね、ツボ外しちゃってるかもしれないから」

「いや、気持ちいいんだけど、いてえ」

「かなり凝ってますもんねえ。鉄板のようですよ」

 数カ所のツボを押し終わると、再度、撫で回すようなマッサージ。

 ゆるゆると。

 とろとろと。

 ふわり、と、意識がほぐれた瞬間を、菅野は自覚していた。12月に入ってからというものずっと

続いていた胃のあたりの微かな重さが、すっと遠のいた。今この瞬間に、携帯に受験生たちの

SOSが入っているかもしれないことも、一瞬忘れた。

 バラの香りを深く吸い込む。

「どうですか、少しはいい?」

 太い腕の付け根あたりを手で掴むように揉みながら、桜は菅野の顔を肩越しに覗き込んで訊いた。

「うん、随分いい。ありがとう」

 実際、回すのも辛かった首も、随分楽になっていた。

「良かった良かった」

「桜……お前って、ホントにいい…女だよな」

 いい子、と言いかけて、菅野は女、とすかさず言い換えた。

「うひゃ、そーですかっ。そんなこと言ってくれるの、先生だけですよっ」

 悲鳴のような声を上げ、桜は背中から、菅野の首に抱きついた。

「こんなオッサンを、熱心に構ってくれるのも、桜だけだろ」

 熱い唇が菅野の首筋に当てられて。

「だって、こうして先生に触ってられるだけで、嬉しいんだもん」

 あったかい、と菅野は思っていた。

 首にしっかりと巻き付いている腕も。

 背中に柔らかく押しつけられている乳房も。

 何より、このふたりきりの時間が―――

「……上がろうか」

 菅野が、首に回された桜の腕に、唇を触れながら言った。

「え、先生、もうのぼせそうですか?掌と、足の裏も揉んであげようと思ってたのに」

「いや……もう大丈夫だから、ほら」

 そう言って菅野は自分の股間を指さし、お湯の中にゆらめくそれを菅野の肩越しに見下ろした桜は。

「……あ、はい」                 

 微かに頬を赤らめながら、小さな声で返事をした。

 赤らんだ頬は、菅野には見えなかったのだけれど。
                                        Fin.

                      お題提供:女流管理人鍵接集「大人のためのお題」




                              


あとがきとお礼


あっと言う間に8万ヒット、ご愛顧、誠にありがとうございます
@(人ェ-)@謝謝@(-ェ人)@謝謝
ここんとこ更新が無いのに、毎日多くのお客様においで頂いて、本当にありがたいです。・゚・(ノー`)・゚・。
また、拍手やご感想メールやカキコなども、いつも大変嬉しく読ませて頂いております。
なるべく早く次の連載を始められるように頑張って参りますので、今後ともよろしくおつきあいの程、
よろしくお願い致しますm(__)m

さて、この作品は、5万ヒット投票2位だった「桜の18禁」でございます。
桜×菅野というのは、作者にとりまして、とても書きやすいCPです。
何故書きやすいかと考えますに、おそらく、ふたりとも裏表の少ないシンプルで穏やかな性格だからで
ありましょう。
しかし、穏やかでシンプルだからこそ、18禁はやりにくいってのもあります。
だって、このふたり、過激なえっちとかアブノーマルなえっちとか、まずやらなそうでしょう?
なので、今作も18禁ではあるのに、全然えっちくさくない〜(((( ;゚д゚)))アワワワワ
絵も、お父さんと娘がお風呂で戯れてるみたいになっちゃいましたし_| ̄|○

えっちについては、やはり激情型で裏表の激しい晃×美誉子の方が、バリエーションが豊富(爆)で
書きがいがあるようです(^_^;

と、言うわけで「癒し系18禁」(なんだそりゃ_| ̄|○)って感じになってしまいましたが、
お楽しみ頂けましたならば、幸いですm(__;)m

ところで、お待たせしている次連載『蝶をいだく』(多分このタイトルで決定)ですが、来週には
何とか連載開始できそうです。
ざっと説明致しますと、美誉子の一人称で、全体にコメディタッチですが、核心部分はちょっと
切ない感じ。数々の呪縛から解放された晃の、悪ガキっぷりとSっぷりが全開です。
ストーリーをちょっとご紹介しますと、晃が大学に入り、いよいよらぶらぶキャンパスライフ♪と
美誉子は激しく期待していたわけなのですが、しかし現実は甘くない、学年は違う、学部は違う、
部活もバイトも目一杯、ときてはらぶらぶどころではありません。更に、晃のモテモテぶりを
目の当たりにする羽目にもなり、気が気でない。夏休みに入っても、晃は水泳部で忙しくて
ますます構ってもらえず、悶々としたまま美誉子は楽器の特訓のため、ミュージック・キャンプに
出掛けます……という出だしです。
エロは相変わらず少なめですが、濃いです。潔癖な読者様には引かれてしまうんじゃないかってくらい
濃いかもしれません(^_^;
近日公開予定です〜しばしお待ち下さいませm(__)m

ではでは、長くなりましたが(本文より長いかも?;;)日々のご愛顧と、応援に
重ねてお礼申し上げます。本当にありがとうございます@(人ェ-)@謝謝@(-ェ人)@謝謝

残暑の上、大雨でございますが、皆様どうぞくれぐれもお気を付けてお過ごし下さいませ〜

心からの感謝を込めて。
 
                                 2006/9/7 どり拝


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