イルミネーションが消えても 5


 インフルエンザの癒えた俺は、今度こそ年末の大迷惑の埋め合わせをすべく、全力で本業に
いそしんだ。それが今日までの8日連続休み無しシフトというわけだ。
 そして今日の勤務を終えた後、俺は、直属の上司に話をした。

―――年度替わりの繁忙期が一段落したら、退職させていただこうと考えています。

 元々、1、2年のうちに転職するつもりではあった。高校時代から世話になっている仙台の
ライブハウスの社長から、将来経営に加わることを前提に、手伝って欲しいと言われているのだ。
その話を受けての転職というわけだが、収入の面や、生活の変化などを考え、しばらく……あと
2年くらい宅配屋を続けながら、少しずつライブハウスを手伝って仕事を把握し、経済的にも準備を
してからにしようと予定していたし、社長にもそう話してある。

 しかし、今回の1ヶ月間の狂乱は、音楽とサラリーマンの両立がいかに難しいかを、俺に痛感させた。
今の職場は、俺の音楽活動にかなり理解があって、本業をきっちりこなしている分には、セミプロめいた
活動をすることも咎められたりはしなかった。
 でも、今回のような、ずるずると1ヶ月以上も同僚達に迷惑をかけてしまうようなことが、
今後また起きないとは限らないのだ。
 俺は多分、これから先、自分の歌が世の中に出る機会があったとしたら、また、どんな無理をしても
歌ってしまうだろうから―――

 退職の申し出に、上司は一応慰留の言葉を口にはしたが、一方で微妙にホッとしたような表情を
したのを、俺は見逃さなかった。きっと上司も、俺の処遇は頭の痛いところだったのだろう。
 自分で言うのも何だが、俺は宅配屋としては結構使える社員だったと思うし、俺自身、この仕事が
結構好きだった。フリーターの頃、バイク便と宅配屋の荷分けのバイトをしていた延長で、良く知ってる
仕事の方がいいだろうという安易な選択で就職したのだが、自分には割と合った仕事だったと思う。

 だけど、潮時だ。
 俺は、音楽を止められない。どんなカタチにしろ、音楽と関わらずに生きていくことは、できない。
 
 そして、仕事にケリをつけると同時に、彼女との関係にも、ケジメをつけることを決心したのだった。
 ライブハウスの仕事の話があった時、本当ならば、すぐにでも転職したいくらいだったのだ。音楽に
近い仕事、歌の続けられる仕事。それならば、収入が減ったって構わない、というのが本音だから。
 でも、躊躇し、準備期間を設けようと思ったのは、彼女の存在があったからだ。
 彼女とつきあい始めてすぐ……いや、友達以上恋人未満の、禁欲的なつきあいをしている間から既に、
俺は漠然と、この女性と結婚するんじゃないだろうか、という予感を抱いていた。この女性がいて
くれれば、歌い続けていけそうだ、という予感と言い換えてもいい。その予感は、1年余り前、深く
つきあえるようになってから、確信めいたものに変わってきた。おそらく彼女も、ハッキリと口に
出したりはしないが、似たような気持ちでいてくれてるんじゃないかと思われる(ってか思いたい)。
 本音をぶっちゃければ、彼女さえ良ければ、すぐ結婚、とまでは言わないが、とりあえず一緒に
暮らしたい……とまで考えたりもしたのだが。

 しかし、結婚とか同棲とかいうことになると、ライブハウスへの転職に、問題が生じることに
気づいた。
 気づいてしまった。

 宅配屋はまがりなりにも正社員だが、ライブハウスで働くとなると、バイトに毛が生えたくらいの
待遇になってしまう。月収は減るし、ボーナスだって無い。保険やら組合やら共済やらの福利厚生だって
無くなってしまう。
 つまり、イイトシこいてフリーターに逆戻りしてしまうということだ。
 そんな俺が、カタギの勤め人である彼女と結婚や同棲なんかしちゃったら―――どこからどう見ても、
ミュージシャンくずれのヒモだ。
 いや、周りからはどう見られたっていいのだ。しかし、彼女の立場や家族のことだってあるし、一度
婚約破棄を経験して散々傷ついている彼女に、これ以上変な苦労はかけたくない。

 音楽の仕事はしたいけど、彼女に苦労はかけたくない、でもいずれ結婚はしたい……と、悩みに悩んで
絞り出したのが、あと2、3年、宅配屋をしながらライブハウスの仕事を覚え、その間に、それなりの
貯金と生活の安定を得、プロポーズはそれから、という折衷案だった。せめて、結婚資金と呼ばれる
ものをある程度用意し、ライブハウスでもそれなりの立場の仕事をするようになれば、ヒモとは
呼ばれないだろう、と考えたわけだ。

 だが、今回のことで、両立は無理だと思い知った。多分、会社にも、ライブハウスにも、そして
彼女にも迷惑をかけることになってしまうだろう。

 けれど、不幸中の幸いというか何というか……結婚資金の面だけは、あっさり解決してしまったのだ。
昨秋発売された、rainy moonのアルバムと、年末に出した俺のソロシングルの印税と、ライブやら
イベントの出演料で、ここ2ヶ月ほどの間に、俺の預金通帳の残高は一気に5倍になった。今後は
ライブ予定もないし、CDの売り上げペースも落ちるだろうから、これほど一気に増えることは
なかろうが、ここしばらくの生活費と結婚資金を得てしまったことになり……それも、俺に踏ん切りを
つけさせる大きな要因になった。


 雪を見ながら、ゆっくりとアパートの階段を上った。
 今夜、彼女に話さなければならないことの順番を、頭の中で整理する。以前、話の順番を間違えて、
泣かせてしまったことがあるので、今夜はしっかり順序立てて話さなければ。
 まずは、この一ヶ月のお詫びとお礼をしなければなるまい。それから転職の時期を早めようと思って
いること。ライブハウスで働き始めてもしばらくはフリーター状態だろうが、急に懐が豊かになったから、
当面の生活の面は心配ないということ。そこまでしっかり納得してもらってから……言おう。

「結婚してください」
 と。

 その台詞を、口の中で小さく呟いてみただけで、カアッと頬が熱くなった。他にもっと気の利いた
台詞が用意できればいいのだが……一応ミュージシャンだし、何とか考えつけよ自分、とは
思ったのだが、なかなかこの言葉に代えられる潔く男らしい言葉は浮かぶもんじゃない。
 まあ、そこまで話を持って行けるかどうかも分からないし……

 でも、出来たら明日―――
 明日は、クリスマスを一緒に過ごせなかった罪滅ぼしに、彼女のバーゲンのお供をする約束をしている。
その時ついでに、ジュエリー・ショップに連れていきたいと思っているのだ。クリスマスプレゼントも
選びに行く暇が無くて、おざなりに済ませてしまったから、その埋め合わせに指輪を選んでもらいたい。
エンゲージ・リングというわけじゃないけれど、懐の温かいうちに、約束の印を……

 あ、でも待てよ、話が結婚まで到達したとしても、もし、プロポーズ自体を断られたら……

 思考が不吉な方向に走り出しそうになり、慌てて首を振って振り払う。
 それを考え始めちゃ、元も子もないだろ!
 それに、すぐ結婚して欲しいというわけでもないのだ。仕事と生活のリズムの違いや、金銭面など、
共同生活を送る上で、彼女と俺の間には、摺り合わせなければならない問題が幾つもある。とりあえず
一緒に住んでみて、それらがクリアできるかどうか見定めてから、籍を入れるのはそれからでもいいと
思っている。

 4月の繁忙期後に退社するとして、その後、1ヶ月ほどはライブハウスの仕事も始めずに、フリーの
時期を設けようと思っている。例のインディーズ・レーベルのプロデューサーから、他の曲も聴かせて
欲しいと言われているので、腰を据えて練り込み、録音したいのだ。
 それから、引っ越しをしようと思っている。ライブハウスの仕事は夜型になるので、もう少し
職住接近した、仙台市街に近いところに移りたい。できたら、ふたりで暮らせる部屋がいい……


 と、そこまで考えた時、アパートが面している路地に、車が入ってくる気配がし、彼女かもしれないと
思い、振り向いた。彼女は俺の部屋に来る時は大概、近くにある大型ショッピングセンターの駐車場の
隅っこを拝借するのだが、時に荷物が多い場合は、アパートの前まで乗り入れて、先に荷物を下ろしたり
することもあるから。そろそろ約束の時間でもあるし。
 しかし、入ってきたのはタクシーだった。
 もしかして、雪だから、用心してタクシーでやってきたのだろうか?
 2階の通路から身を乗り出してタクシーを見下ろすと、後部座席から下りてきたのは、ブラウンの
ロングヘアの女性。夜更けの遠目だし、雪だからハッキリとは見えないのだが、長さは彼女と似ている。
着ているものはベージュのロングコート。あんなコート、彼女、持ってたっけ……?

 目を眇めて彼女かどうか見極めようとしているうちに、その女性はアパートの玄関に駆け込んだ。
すぐに、カツ、カツと、ヒールがコンクリートの階段を上ってくる音がする。
 やはり彼女なんだろうか? 

 階段の方に向き直った俺の目に飛び込んできたのは。

 金髪に近いくらい薄い色の、ぐるんぐるんの縦ロールのロングヘア。
 大げさなファーのついたベージュのロングコート。
 アイラインごってりの、ギャル系メイク。

 違う。
 明らかに彼女ではない。だが、この女性に、俺は確かに見覚えが……

「きゃーっ、じょおーっ!」
 部屋の前で立ちすくんでいた俺に、その女性は一直線に駆け寄り、そして飛びつくように
抱き付いてきた。
「外で待っててくれたのぉ? 何で来るの分かったのよぉ?」
 驚きに棒立ちの俺の鼻を、甘ったるいトワレの匂いがくすぐり……

 お、思い出したっ、コイツはっ!

「じょおー、会えて嬉しいよぉ、浄も嬉しいでしょーっ!?」
 ってか、嬉しいとか嬉しくないとかそんなことよりっ。

「なっなななな、何でお前が仙台にいるんだよっ!?」


                                 
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