イルミネーションが消えても 6


「なんでって、決まってるでしょぉ」
 俺の首にしがみついたまま、その女性はごそごそと片手で、腕に下げているヴィトンのボストンを探り、
「これよ、これー。これに浄の名前見つけたからぁ」
金色の立体的なネイルアートが施された指でつまみあげたのは、件の、rainy moonのセカンドアルバム
だった。
「お祝いしようと思って、わざわざ来てあげたんじゃなーい」
「お、お祝いって何だよ?」
 疑問を呈しつつも、必死で腕を引きはがそうとしたが、却ってまた両手でがっちりしがみつかれて
しまった。
「だから作曲家デビューのに決まってるじゃん?」
 きょとんと見上げるパンダのような目の縁を彩る、まつげの濃さと長さに一瞬驚くが、
「デ、デビューって、1曲くらいリリースしたからってプロになれるわけないってことくらい、
お前だってわかってんだろ?」
 てか、1曲売れたことで、俺もついにプロになったかー! と勘違いできるような太い神経と初心さが
あれば、こんなに色んなことでちまちまぐだぐだ悩んでないっつーに!

 俺に力一杯絞め技をかけているこの女は、東京で、音楽専門学校の学生してた頃から、その後
プロを目指してうだうだとフリーターをしていた時期も通しての友人で……単なる友人とは
言い切れなかったりもするのだが……ユカと言う。見た目はケっバいギャル系だが、実はイイトコの
お嬢で、甲沼縁子(こうぬまゆかりこ)という風流なフルネームをお持ちなのだが、俺含め、周りの
ヤツらは誰も本名では呼ばない。

「ってか、何でいきなり抱き付くんだよっ、離れろっ」
 とりあえず、首にまきついた腕を引きはがそうとするが、
「だって寒いんだもーんっ」
ユカはますますべたべたとしがみついてくる。
「新幹線下りたらいきなり雪で、びっくりしちゃったあ。仙台ってあんまり降らないって
聞いてきたのにさあ」
 びっくりしちゃった、と言いながら、ユカは満面の笑顔。
 そうか、さては雪のせいで余計にテンションが上がってんだな、この東京モンが……
 東京にいた頃から、関東以西出身のヤツラの、雪が降った時のはしゃぎっぷりには、こっそり
呆れていた。お前らそんなに雪が好きなら、こんなベシャベシャの東京の雪ではしゃいでないで、
豪雪地帯の雪かきボランティアにでも行けばいいだろが!? と冬がくるたびツッコミたくなった
ものだ……が、無理だろう。積雪3センチで滑ってコケてるようなヤツらに、雪かきなんぞ
できるはずはない……

「っつーかっ!」
 危うく話が逸れそうになったが、何でここにいるのか? という疑問の“何で”には、何故、の意は
当然含まれているが、どうやって? という意味の方が大きいので、追求を続けなければならない。
だって……
「何でお前が、俺の居場所知ってるんだよ!?」

 東京を引き上げる際、音楽仲間たちには、地元に帰ることを殆ど告げなかった。だって、
よくある話とはいえど、同情されたくなかったから。だから、ユカも知っているはずはない
―――そりゃあれから3年近く経っているわけだから、浄はとうとう歌を諦めて地元に
帰ったらしいぜ的な噂くらいは耳に入ってるかもしれない。でも、現住所までは知り得るはずはない……

「そりゃあ、教えてもらったからよぅ」
 うそ寒いものさえ感じている俺に、ユカはかるーく言い放った。
「だっ、誰にだよ?」
 俺の現住所を知っているヤツは、東京には数えるほどしかいないはず。それに、俺が東京にいた頃の
音楽仲間は、殆どが俺と同様、地元に戻ったり、他の仕事に就いたりしてしまっている。未だにユカと
接点のあるヤツなんかいるのか?
 ユカは、身構える俺に、コロコロと笑いかけ、
「そんなのユッキーに決まってるじゃなぁい。あのコ、プロデビューしても携帯の番号変えて
ないのねー。そのへん、ユッキーらしいけどぉ」
 げっ、あの野郎っ!
「セカンドアルバムおめでとー、って電話してさー、その時に、アルバムに浄の曲があるんだよって
教えてもらってー」

 ユッキーというのは、rainy moonのYuki……つまり、俺の元相方のこと。デビュー前は仲間内では
そう呼ばれることが多かったのだ。
 ってか、ヤツに指摘されるまで、俺の名前がライナーノートに載ってるのに気づかなかった
わけだな、この女……いや、そんなことは、この非常時にどうでもいいこった。

 ユカは全く悪気のない口調で説明を続ける。
「そんでねぇ、浄にもお祝い送りたいから、住所教えてーって頼んでみたら、すぐに教えてくれたよぉ。
ご丁寧にアパートの名前までねー。だから、仙台駅からタクシーで簡単に来れたってわっけー」
 雪哉のバカ野郎(Yukiの本名だ)! 何でそう簡単に、個人情報明かすかな……いやっ、そういう
問題ではなくて!
 さすがに携帯の番号までは教えてくんなかったけどねー、とユカは不満そうに呟いたが、
ホントそういう問題じゃないって!
「そんなら、物だけ送りゃいいだろ? なんで人間がわざわざ来るんだよっ」
「えーっ、わっかんないかなぁ? だからさぁ……」
 すり、とユカは俺の胸に頬ずりをし、焼き肉食った後みたいなグロスてらってらの唇を尖らせ、

「贈り物は、ア・タ・シ みたいな?」

 バナナの皮踏んで滑って転んじゃったレベルの、あまりにもベタな台詞に、頭が真っ白になった、
その一瞬。

 ドサッ。

 コンクリートの床に物が落ちる音がした。
 廊下の突き当たり、階段を上ったところに、ひとりの女性が立ちすくんでいた。
 ゆるやかなウェーブを描くエレガントなダークブラウンのロングヘア。純白のピーコート。
ジーンズの足下のかっちりしたブーツには、白く雪がこびりついている。
 そのブーツの前には、ハイキング用のバスケットが、横倒しになって落ちていた。

 呆然と見開かれた目。
 寒さに火照った頬。

「そっ、園子ちゃんっ!」
 まだしがみついていたユカの腕を今度こそ力一杯ふりほどき(一応女性なので、多少手加減は
していたのだ)、彼女の元に駆け寄り、両手を握りしめた。
 その手は恐ろしく冷たかった。

「あっ、あのさっ、コイツ東京の友達でっ、今、ホントに今さっき、何の連絡もなしに、突然現れて」
「ちょっとお。あなたって、浄の何?」
 慌てて言い訳かます俺を押しのけるように、ふりほどいてきたはずのユカが、俺と彼女の間に
割り込むように身を入れてきた。
「アタシ、浄が東京にいる時につきあってたもんだけどぉ」
「なっ!?」
 コイツ、なにをいきなり、嘘八百こきやがって……いや、100パーセント嘘とも言い切れないかも
……いやでも、98パーセントは嘘だ!
「アタシさぁ、浄と切れたつもりはないんだけどぉ?」
 自分が置かれたあまりの窮地に一瞬気が遠くなったが、
「ユカっ、何フカシこいてんだお前!」
片手は彼女の手を握りしめたまま、ユカをもう片手で押しのけた。

 しかし、彼女はユカが嘘八百を並べている間も、ジッと俺の目を見つめていた。まばたきもせず、
凍り付いた沼のように、いっぱいに見開いた目で。
 と、その視線が、す、と俺から逸れたかと思うと、一瞬、ぎゅっ、と瞼が閉じられて……次に目を
開けた時には、彼女は笑顔だった。それも、怒りや動揺や疑いなど、みじんも感じさせない、
完璧な笑顔。

 そして……
「そうだったの、東京のお友達がいらしてたのね? はじめまして、花沢園子と申します」
 彼女は、ユカに向かって、上品に頭を下げさえした。俺の手をさりげなく振り払うと、
何事もなかったように、足下のバスケットを拾い、
「お夕飯、もう召し上がったの? ラザニアを仕込んできてるから、ご一緒にどうかしら。
3人分くらいの量はあるし、あとは焼くだけだから、すぐに食べられるわよ?」



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