イルミネーションが消えても 8

 

 ホテルが無事に確保できた後も、雪の中なんて寒いから出たくないだの、車まで歩くのがめんどい
だのと、散々ゴネていたユカだったが、アパートから無理矢理引きずり出せば、街は良い具合に雪化粧を
まとっており、東京モンのテンションを上げ、酔いを醒まさせるには充分だった。積雪は今のところ
5センチくらいで、市街地では中心部から除雪車が動き始めていた。ちなみに5センチというのは、
仙台ではそこそこの積雪ではある。
 本格的な除雪車が珍しいらしく、ユカは、でかーっ、とか、迫力ぅ、とか一々歓声を上げながら、
ミニの助手席で車窓にかぶりついていたが、突然運転する彼女の方を向くと、
「園子さんっ、松島って、仙台から遠いの?」
「それほど遠くはないわよ」
 雪道をおしとやかに運転しながら、彼女はユカに微笑みかけた。
「明日、松島見てから、夕方までに東京に戻るって無理?」
「朝早く出れば無理じゃないけど、あまりのんびりは出来ないかもね。丁度良い電車があればいいけど」
「そっかあ。せっかく仙台まで来たんだから、雪の松島が見てみたいって思ったんだけどなあ。
遊覧船とかあるんでしょ?超〜良さそうじゃない?」
「そうね、松島まで雪が積もってるかどうかはわからないけど、冬ももちろん良い感じだよ」
 丁度信号待ちで車が停まり、彼女はユカの方を向き、
「そうだ、それなら車で連れていってあげましょうか? 電車よりは余裕持って観光できると思うから」

 ええっ!?

「わっ、いいのっ? マジっ? うっれしーっ」
「せっかくだから3人で行きましょうよ。そうだ、時間があったら、塩竃でお鮨食べるって
いうのはどう?」
「きゃっほーっ、お鮨大好きーっ、園子さん、ありがとーっ」
「……ちょ、ちょっと待ったあっ!」
 ミニマムな後部座席に押し込まれていた俺は必死で、サクサクと話をまとめてしまった女性たちの間に
割り込んだ。
「園子ちゃん、明日はバーゲンじゃなかったのっ?」
「バーゲンは」
 彼女はちらと俺を振り向き、
「明後日までやってるから、月曜の仕事帰りにでも行くわ」
 そ、そりゃそれでもいいのだろうけど……だけど、それだけじゃなく、明日は貴重なふたり揃っての
久々の休日で……ジュエリーショップで指輪をと、ってのは俺の勝手な妄想だけれど。つーか、
せっかくのふたりだけの時間なのに、なにゆえユカの松島観光なんかにつきあおうだなんて……こんなに
彼女とふたりきりになりたくて、想いを伝えたくて、のたうち回るほどの焦燥に駆られているのは
俺だけなのだろうか?
 あ、信号青だよ、とユカに指摘され、ミニはガクンと前のめりになりながら発車した。ミニはまた
のろのろと雪の降り続く市街を走り始める。
「ユカさん、明日は9時くらいにホテルにお迎えに行っていいかしら?」
「はーいっ、ユカ、はりきって早起きするねー」
 女性ふたりは更にサクサクと話を進めてしまい、9時で早起きなのかよお前はよ……とユカを心の中で
罵りながら、俺は、狭い狭い後部座席にガックリと身を沈めた。

 

 ユカをホテルに送り届け(俺の感覚ではようやくやっかい払いし)やっとふたりきりになれたのに、
アパートに戻る道中、彼女は、先ほどまでの高テンションの反動のように言葉少なだった。
 俺も、ユカとの関係を改めて問いただされることが怖くて、言葉を選びがちだった。アパートの
廊下でのユカの暴言……つきあってたとか切れてないとか……を、思いっきり否定してしまったのは、
果たして正解だったのだろうか? なんて今更考え込んでしまっていたのだ。だって、験担ぎのためだけに
2回も寝てもらいました、なんて、元カノだったってより、よっぽど軽蔑されそうではないか?
 いつになく静かな車内は、カーラジオから流れるDJの早口だけがやけに耳障りだった。
 ミニは、俺のアパートの近くの、ショッピングセンターの駐車場の隅っこの定位置に慎重に停められた。
「園子ちゃん、変な手間かけさせちゃって、本当にゴメンね」
 助手席のシートベルトを外しながら改めて謝ると、エンジンを切った暗い車内では、彼女の表情は
良く見えなかったが、
「ううん、ホテル空いてて良かったよ」
普段通りの声で返事があったので、怒っているわけではなさそうだと(少なくとも表面的には)少しだけ
安心して、雪の積もった駐車場に足を下ろした。
 駐車場は、店舗に隣接した区画だけは除雪されているようだったが、こんな隅っこは、夜中と
いうこともありほったらかしで、それほど気温は低くないために、雪はザクザクとシャーベット状に
水っぽくアスファルトを覆っていた。
 車のドアを開けている間だけ車内灯が点き、彼女の姿がはっきりと見えた。まだ両手をハンドルにかけ、
ぼんやりとフロントガラスの向こうに視線を投げていた。
 ドアを閉め、彼女が車から降りるのを待っていたが、どうしたことか、なかなか降りてこない。
湿った雪が前髪を濡らし始め、俺はぶるっとひとつ身震いをし、車のフロントから運転席側へと
回り込んだ。窓から運転席を覗き込むと、彼女は数十秒前と同じ姿勢で、呆然と窓の外を見つめていた。
 軽く握った拳の甲で、運転席の窓をコツコツと叩く。はっとしたように彼女が俺の方を見、それから
再びエンジンがかけられ、窓がするすると下げられた。
「……どうしたの?」
 曇ったガラスが下がり現れた彼女の顔は、雪よりも白っぽく見えた。
「浄くん……」
 俺を見上げた瞳に、10メートルほど離れたところにある街灯の光が映り、くるりと光った。

 あ、泣いちゃう?

 その光に涙の予兆を感じて一瞬ビビったが、しかし、彼女は弱々しく微笑んで。

「……今夜は、帰るね」

「えっ?」
 帰る?
 今から?
 なんで!?

「ちょっと疲れちゃったから……」
「あの、えっと、園子ちゃん、ホントにユカは何でもなくて……」
「うん、わかってる。浄くんのことは信じてる」
 彼女は微笑んだまま、小さく頷いた。
「きっと、仲の良い友達だっただけなんだろうと思う。でもね、ユカさんもそう思ってたとは
限らないでしょ? ユカさんは、浄くんのこと、特別な人だと思ってたかもしれないよ?」
「え……あの、いや、そんなことは」
 俺のことなんて、とりまきの一人としてしか認識してなかったに違いないってば、と
言い切りたいのだが、どう説明すればいいものか……
「ううん、少なくとも、ユカさんは、浄くんのこと、好きだったんだろうと思う。浄くんが東京を
離れてからも、忘れられなかったんじゃないかな。だから今回、CDのリリースを理由にしてさ、
強引に会いに来たんだよ、きっと」
 長い睫毛が、俺の言い訳を遮るように、す、と伏せられる。
「えっと……」
 それはない、と俺的には確信できるのだが……だって、実際寝てるわけだが、その後もユカと俺の
関係は、音楽友達というだけで何ら変化しなかったのだから。だけど、それをどう彼女に説明すれば
いいのか。説明しようとすれば、ユカと寝ましたってことを言わなければならなくなってしまうし……
「アパートの廊下であたしと遭っちゃった時の、つきあってただの、切れてないだのって、あの
ユカさんの台詞、冗談だって、すぐに笑ってごまかしてたけど、半分本気だったと思う。この娘、
本気だなって、分かったよ、あたしには」
 え……いやまさか、だって、
「で、でもね、本当につきあってたことなんて、なかったんだってば」
「うん、過去はそうだったんだろうと思うよ。でもね」
 再び目が上げられ、思っていたよりも強い視線が俺を、キッ、と見上げた。
「未来はどう? 今夜をきっかけに、浄くんと親密になりたいと願っての発言だとしたら、どう?」

………う。

「あの時、女同士として挑戦されてる、って、直感的に理解したの。だから、あたしはあそこでキレる
わけにはいかなかった。ユカさんにつかみかかったりとか、浄くんを問いつめたりとか、絶対しちゃ
いけなかった。どこまでも冷静でおおらかな、優しいお姉さんでいなきゃいけなかった。だって、
年上女の取り柄なんて、そのくらいでしょ? ユカさんに、このひとなら浄くんを任せてもいいって、
そう思ってもらわなきゃって、必死で」
 はあぁぁ、と彼女は深く長い溜息を吐き。
「闘ってたの。ユカさんをホテルで降ろすその瞬間まで」


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