イルミネーションが消えても 最終回

 そうだったのか!
 ふたりの和やかな雰囲気を、額面通りに受け取ってはいけないだろうとは思っていたけれど“闘い”と
まで受け止めていたとは……

「多分ユカさんも、酔っぱらったふりして、あたしのことずっと観察してた」
 くす、と彼女は小さく笑いを漏らしたが、目がちっとも笑ってない。
「だから、すごく疲れちゃったー。今夜はもう優しいお姉さんでいる気力が尽きちゃったから、
情緒不安定で、一緒にいても浄くんに八つ当たりしちゃったりするかもしれないし、訊かなくていいこと
問いつめちゃったりするかもしれないから……ああ、ほら、すでに愚痴っぽくなってるじゃないの。
やだやだ」
「いや、そんなのかまわな……」
 そもそもの原因は俺なのだから、八つ当たりではないと思うし、俺が受け止めなければならないことだ。
それに明日はまたお邪魔虫がいるのだから、今夜はどうしても泊まって欲しい……
 だが、彼女は俺の言葉を最後まで聞くことなく、早口で、
「明日もユカさんを新幹線に乗せるまでは、優しいお姉さんでいなきゃいけないしさ、気力を復活させる
ために、帰るよ。浄くんは、明日の朝、8時40分くらいに迎えにいくからね。じゃ、お休みなさい」
そう言うと、あっさりきっぱり窓を閉めてしまった。
「え……あの、園子ちゃんっ」
 マジで帰るってか!?
 いきなり点灯されたライトの眩しさに思わずのけぞった俺に、彼女はガラス越しに小さく手を上げ、
ミニは滑ることも、雪を跳ねさせることもなく、静かに発車した。車は迷いなく駐車場出口へ
向かおうとしている。

―――帰らせてはいけない。

 突然、激しく、その想いが突き上げてきた。

 今夜は絶対、帰らせてはいけない!

 赤いテールランプはすでに5メートル以上向こうにあったが、俺はそれを追いかけて走り出した。

 今夜は、たくさん話さなければならないことがある。
 まずは怒濤の1ヶ月余のお詫びとお礼。
 これからの転職のことと、引っ越しのこと。
 それから……

 どれだけ我慢してくれていたんだろう。
 今夜のことだけじゃない。
 何があっても、常に俺の前では優しく寛大であろうとして、どれだけ堪えていてくれたのだろう?

 知っていたかもしれない。
 いや、ちゃんと知っていた。
 無理させてるって、分かってた。

 今夜このまま帰らせてしまったら、彼女は一人寝のベッドで、深い溜息を吐くのだろう。
 もしかしたら、静かに涙を流すのかもしれない。
 そうやって、この1ヶ月余、堪えていてくれたのだろう。
 今夜は、絶対にそうさせてはいけないような気がする。彼女をこのまま帰らせてしまったら、
取り返しのつかない溝が、ふたりの間にできてしまうような気が……

 カーブで多少距離を縮めることが出来たのだったが、また直線でみるみる引き離されていく。
ザクザクのシャーベット状の足下は、車もスピードが出せないが、二足歩行の不器用なほ乳類が
走るにも甚だしく適さない。

 彼女は、俺が追いかけていると分かっているだろうか?
 バックミラーに俺の姿は映っていないのだろうか?
 明日も続くユカとの闘いで頭がいっぱいで、後ろなんか見えていないのだろうか?
 それとも、俺が追いかけていることが分かっているのに、停まろうとしないのだろうか?

 空気が冷たくて、みるみる喉が笛のような音を立て始め、胸が痛んできた。
「園子、ちゃんっ……」
 聞こえるはずはないのに、名前を呼んでしまう。

 お願いだから、帰らないで。
 伝えたいことがたくさんあるから。
 俺ってば、歌と仕事の両立に失敗して倒れちゃったり、昔の女友達すら追い返せなかったり、世間体が
気になって転職の決心に1年もかかっちゃったり、夢を捨てきれなくて未だにうじうじしてたり、君を
こんなに辛抱させてしまったり、つくづく駄目な男だけど……

 テールランプが遠ざかる。
「くそっ」
 足下が最悪なのを忘れることにして、走りのギアを上げた。
 びしゃびしゃと、雪跳ねが顔まで跳んでくる。

 ユカのことも正直に話すから。
 謝るから。
 頑張るから。
 愚痴も溜息も涙も全部受け止めるから。
 君のことを、全身全霊をかけて、大切にするから……だから。

 少しだけテールランプが近づいた気がした時。

「あっ!?」
 足が雪にとられ、体が前のめりに宙に浮いた。咄嗟に両手を出して顔と頭だけはかばったが、地面に
ついた手の片方も滑り、結局濡れた雪に、頭から滑り込むように転んでしまった。強打はしなかったが、
顔も雪に突っ込んだ。

「…………った」

 痛さと冷たさとあまりの悲惨さに、いっそこのまま凍死してしまいたい気分……

 と。

 前方から車が迫ってくる音が聞こえてきた。

 ヤバっ、車来ちゃった?

 慌てて起きあがるが、前半身雪まみれで、まぶたにも雪がついていて目があけられない。とにかく車を
避けなければと、手探りで膝をついたまま、通路の脇と思しき方面に移動しはじめた時。
 ズシャ、と車が停まる音に続き、車のドアが勢いよく開け閉めされる音がして。

「浄くんっ!」

 急いで掌で顔を拭って何とか片目を開けると、点滅するハザードランプが3メートルくらい先に見えて、
そこから白いコートが俺に向かって駆けて来るのが見えた。

………ああ。

「園子ちゃん……」

 戻ってきてくれたんだ……

「浄くんっ、大丈夫っ?」
 彼女は純白のコートが汚れるのも構わず、躊躇無く俺の前に膝をつき、掌で顔を拭ってくれた。
視界が晴れてくると、今にも泣きだしそうな顔が見えてきた。
「ケガしなかった? どこか痛くない?」
 冷たいだろうに、彼女は素手で俺の体についた雪も払いおとしながら、
「もうっ、何で追いかけてきたりするのよっ。雪の上走ったら、転ぶに決まってるじゃないっ。
浄くんって、どうして時々変に無茶するんだろうっ」
「園子ちゃん……」

 抱きしめた。
 細い背中を、力一杯。

「……俺と、結婚してください」

「………え?」

…………あ。
 しまった。最後の最後に言うべきことだったのに!
 違うだろっ、もっとこれより先に、順序立てて話さなきゃいけないことが、たくさんっ。

「ご、ごめんっ」
 抱きしめていた体を慌てて引き離し、
「今の無しっ!」
「えっ!?」
「あっ……違っ、無しじゃないんだけどっ、順番がっ」
「順番?」
 ああもう、何をやってんだ俺は! 少し落ち着けっ!!

 まずはちゃんと目を見て謝らないと、と、なんとか気をとりなおし、冷たい地面に膝をついたまま
凍り付いている彼女を見下ろすと……彼女は、驚きを通り越して、驚愕といって良いくらいの、
目玉が飛び出しそうな顔で、俺を見上げていた。
 その表情が、なんだかとても可愛くて……色んな意味で危機的状況なのにも関わらず、思わず笑って
しまった。あ、ここ笑うところじゃないだろ、と、気づいて慌てて押し殺したが、彼女も表情を緩めて、
くす、と小さく笑った。俺の顔も、相当笑える惨状なのだろう。

 多分、今日初めて見る、彼女の自然な笑顔だ。

 もう一度、抱きしめた。今度は、ふわっと、柔らかく。
 彼女の腕も、俺の背中に回るのを感じた。
 目を閉じて、温もりと、質感と、香りを、全身で感じ取る。きゅうん、と胸の奥の方が、甘く痛む。

……良かった。
 今夜、こうして彼女を抱きしめることができて、本当に良かった。

 目を閉じた瞼に、ミニのハザードランプの点滅が映り、それが記憶回路の片隅を刺激した。
 この点滅、何かを思い出させる……良く知っている、懐かしい何かを。
 何だろう? 多分、彼女と関連付けられるもの。
 一体俺は何を思い出そうと……

 わかった。
 光のページェントだ。

 今冬のページェントは、ふたりで見ることが出来なかった。バイクから流れる光を楽しむことも、
ケヤキの下をそぞろ歩くことも、クリスマスをふたりで過ごすことさえ、していない。
 俺のせいで……

 俺は、どれだけ彼女に寂しい思いをさせてしまったのだろう?

……ああ、そうか。
 俺がやらなければならないこと。
 彼女のためにまっさきにやらなければならないことがある。
 謝ることより、人生設計のプレゼンより、プロポーズより、一番先にやらなければならないこと。

「……園子ちゃん、今夜は」
「ん?」
「今夜は、君のためだけに歌うから」
 耳元で、息を飲んだ気配。

 伝えるべきは、君への想い。
 伝える術は、歌。
 俺には、それしかないから。

「だから、帰らないで……」

「……うん」
 腕の中で小さな返事が聞こえた。                         FIN.



                                           作品目次 



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あとがきのようなもの

今回も素人小説を最後までお読みいただきまして、誠にありがとうございました! 
いやもう中編の予定だったのに、伸びまくって本当に申し訳ございませんm(__;)m
この「PD」シリーズ(シリーズになっちゃったというか)は、一応ここで打ち止めかなーと
思っております。キリもいいですし。まあ、これでスムーズに結婚へGo! というわけにもいかなそー
ですから、またネタが浮かんだら書いちゃうかもしれませんけど。

しかし、毎作思うんですが、このCp.はどうしてこんなに恥ずかしいんだあぁぁぁ(*ノノ)
まっとうな常識人で社会人で慎み深いふたりなのに、どうしてこう毎回作者を悶絶させるのだろうか!? 
うーむ、まっとうだからこそなのかなー。晃美誉みたいに多少壊れてる方が、
かえって恥ずかしくないのかもしれません。
あ、もちろん当社比ですから! 甘系を読み慣れてらっしゃる読者様からすれば、
大したことないのでしょうけれど。でもホント、今作は一人称なので、
また悶絶度upでございましたですよ(汗)

音楽の話ですので、執筆中のBGMも一応記しておきますと、やはりこのシリーズ、
最もヘビロテだったのがレミオロメンでした。なんか捗るんですよー。なんでかなー。
それから最近ハマってるのが、秦基博。声がすでにセツナスですよ(:_;)

ところで、アルファポリス様の恋愛小説大賞、今作にもたくさんの投票を頂きまして、
誠にありがとうございます! 「樹下」や「夕焼け」に負けないくらいたくさん頂戴して、
嬉しゅうございます。意外と好評、と思っていいんでしょうか……|x・`)カンサツ
長重暗いシリーズ物ばかりではなく、またこのような甘サラフワッと口当たりのいい
チョコレートスフレかマカロン的な話(あくまで当社比)も少しずつ書いていきたいと思います。

さて、今後の予定ですが、しばらくは「夕焼け」の『golden orange』の連載に集中したいと存じます。
それから2月中には「樹下」でお題短編『マグカップ』をup予定です。
美誉子佐渡赴任中の地味で切ない話ですが、よろしければお読み下さいませm(__)m

ではでは、寒さは続くわ、花粉は飛ぶわで体調維持が大変な季節ではありますが、
皆様どうぞお気を付けてお過ごし下さいませ。

今作も、応援やお励まし、誠にありがとうございました!
心からの感謝を込めて。                            どり拝