確信犯8
 

 そろそろ寝なきゃね、と言い出したのは晃で。

 一応美誉子の部屋には、普段使っているものだけではなく、来客用の布団もあるのだが、当然のように

一組しか敷かなかった。

 灯りを消し、布団に潜り込み、腕枕……いささか枕には堅すぎる、こりっとした感触の……に頭を載せ、

分厚い胸に顔を埋め、美誉子は晃の匂いを深く吸い込んだ。

 それだけで、ふわりと意識がほどける。

 晃の腕が背中に回る。

 パジャマ越しに温かな掌を感じた。

 また涙腺が、きりっと痛んだ。


 もう、どうしてこんなにすぐに泣きたくなるんだろう。

 それに私、結局何事もなかったように、晃さんに甘えてしまっているけど、いいんだろうか?

 プロポーズ……されたんだよな?

 晃さんに……プロポーズ……


 と、美誉子の頭の上で、むふ、と晃が含み笑いを漏らした。

「この布団、美誉さんの匂いがする」

「やっ……」

 慌てて腕枕の上で顔を上げると、晃が暗がりの中、にやにやしながら鼻をひくつかせていた。

「やだっ、嗅がないでよっ」

「呼吸しないわけにもいかないでしょ?」

 ちゅ、と美誉子の唇に、軽く晃の唇が触れた。

「いっそこの布団、持って帰りたいなあ。毎晩美誉さんの匂いのする布団で寝たい」

「晃さん、それすっごいオヤジっぽい発言のような気が」

「だって、なかなか夢にも出てきてくれないしさ」

 晃の舌先が、美誉子の唇をぺろりと舐めた。

「晃さんだって、出てきてくれないじゃない……」

 美誉子も、晃の唇の腫れた部分をそっと舐めた。

 その舌を晃の唇が絡め取り、美誉子は上げていた頭を、腕枕の上に押し戻された。そして強く唇が

被さってくる。


 夢でもいいから会いたいと……


 美誉子は、晃の舌を深く受け入れながら思い出していた。


 写真を枕の下に入れて眠ったこともあったな。

 本物がいる。

 この部屋に、晃さんが、いる。

 そして、私にプロポーズをした……

……夢じゃないの?


 そっと閉じていた目を開けると、間近に琥珀色の瞳があった。晃も目を見開いて、美誉子を見ていた。

 晃はゆっくりと唇を離し。

 そして、微笑んだ。

「寝ようか」


 え……

 しないの?


 戸惑う美誉子を晃は、胸に抱え込み直した。


 一回出しちゃったし、もう今夜はしたくないのかな……


 美誉子は晃の胸に耳をつけた。

 心臓の鼓動は、トクトクと速いスピードで打っている。


 それとも……冷静になってみると、私に触れたくなくなっちゃったかな……

 そう思うと美誉子はまた苦しくなり、身じろぎをした。


 あ……


 身じろぎした美誉子の下腹に、堅いものが当たった。


 どうして?


 美誉子は手を伸ばすと、トランクス越しにそれに触れた。

 そっと触れただけだったが、晃はぴくりと躰を震わせた。

「……したくないの?」

 小さな声で訊いた。

「ちぇっ、見つかっちゃったか。躰は正直だよなあ」

 晃は笑って言った。

「したいよ。したいに決まってるじゃん。でも、美誉さん、あちこち痛いだろ? 無理しなくていいよ」

「え……」


 私を思いやってくれていたのか……


「晃さん……」


 こんな私を……


 美誉子は顔を起こし、晃の目を見つめながら言った。

「嫌じゃなければ、抱いて」

 

 美誉子の眼差しは、暗がりを通し、ひたと晃を見つめていた。

「思いっきり、抱いて」

 いつになく大胆な美誉子の言葉が、晃の胸に熱いしずくを落とした。

「大丈夫なの? 痛いだろ、腰も、アソコも」

 美誉子は首を振った。

「晃さんに抱かれてたら、痛いのなんて忘れちゃうよ」

 いつもの美誉子だったら、なだめすかし、いたぶり、虐めまくってやっと口にするような台詞を、

今夜に限っては真面目な顔で、思い詰めたような目で言った。

 ざわり、とすでに勃起していた晃のペニスに、更に熱い血が流れ込み、先刻の、晃を酷く狼狽させ、

後悔させたけれど、ある意味、嗜虐性をもいたく刺激した光景……美誉子の中からキッチンの床に

流れ出た、血に染まった精液が、脳裏を過ぎった。

 その光景を軽く頭を振って振り払ってから、

「……痛かったら、我慢しないで言うんだよ」

 腰の青あざに体重をかけないように斜めに、晃は美誉子の上に覆い被さった。

 美誉子はほっとしたように目を閉じた。

 その顔を唇でなぞる。火照った肌を確かめ、味わうように。顎から始まり、唇を経て、

鼻先を通り、瞼へ。

 睫毛が、切れた唇を刺し、ちくりと痛んだ。

 その痛みに、晃はまた、三浦の存在を思い出し、そこから顔を離した。

 美誉子が目を開け、動きを止めた晃を、不安そうに見上げた。

「脱いで」

 晃は美誉子を抱き起こしながら言った。

 美誉子は黙って晃の命令に従った。視線を避けるように最後にショーツを脱いだ瞬間、晃は立ち上がり、

電灯のスイッチを引いた。

「やっ……」

 美誉子は眩しさと、いきなり白い蛍光灯の光に裸身を晒した羞恥に、自分の躰を抱きしめて小さく

丸まった。

「立って」

 しかし晃は、美誉子の両腕を引っ張って言った。

 美誉子はうつむきながらもそれに従う。

「まっすぐ立って。隠さないで」

 晃は立ち上がった美誉子の腕を離して命令した。

 美誉子は胸で固く組んでいた腕をおずおずと伸ばし、気をつけのような姿勢で、灯りの真下に立った。

ただ、まぶたをぎゅっと閉じ、唇を噛みしめ。

 晃は美誉子から数歩下がり、その白い裸身をじっと見つめた。


 伸びやかな四肢、象牙色のなめらかな肌。肉の少ない細い躰だが、しっかりとした骨格のせいか、

貧弱ではない。細いなりにがっしりと張った腰骨や、肩や膝に浮き出る丸い関節に、むしろ力強さを

感じるほど。いっそ中性的で危ういバランスの、ストイックな美しさ。

 ひたすら愛撫し、慈しみ、享受する対象であった美誉子の躰を、客観的に眺めたのは、何年ぶり

……いや、初めてかもしれないと、晃は思った。

 三浦が、夢みるような眼差しで、思い出すのも無理はない……おそらく、三浦が思い続けていた

躰よりも、この躰は美しかっただろう。


 でも……


 晃は美誉子に静かに近づくと、肩に手を置いた。

 ひんやりとした細い肩はぴくりと震えた。

「綺麗だね」

 その囁きに美誉子は、はっ、と息を飲み、目を開いた。そして小さく首を振った。

 おそらくその言葉を否定しようとした美誉子の唇を、晃は自分の唇で塞いだ。


 でも。

 今夜の彼女は、三浦が見た彼女より、絶対綺麗だ。


 剥きたての果実のように濡れた唇を離れ、晃は白い首筋に唇を這わせた。自らがつけた赤い印を、

ひとつひとつなぞっていく。首筋から胸へ、乳房へ、二の腕へ。

 全身の白い肌に点々と散った痣は、美誉子を花のように彩っていた。


 跪いた晃は、内股の印を舌先で舐め回してから、背後に回り、腰の青あざをも愛で、慈しんだ。

「……晃」

 美誉子がせつなげに晃を呼んだ。見上げると、その頬は紅潮し、漆黒の瞳はとろりと濡れていた。

 背後から脚の間に手を入れ、割れ目の間をそっと指先で探ると、熱いぬめりに触れた。

「んっ……」

 そっとなぞっただけなのに、美誉子はびくん、と全身を震わせた。

「脚、少し開いて」

 晃は前に回ると、美誉子の脚を肩幅くらいまで開かせた。そして繁みを掻き分け、潤んだ割れ目から、

敏感な突起を舌先で探り当てた。

「あっ……」

 美誉子は晃の頭に手を突き、よろけた躰を支えようとしたが、その手は慌てたようにすぐに離れていった。

 よろめく美誉子を机のふちに尻をもたせかけるように立たせた。

「がんばって立ってるんだよ」

 囁いて、また晃は屈み込んだ。

 ぴちゃり。

 滴りそうに濡れたそこに再び舌先で触れ、更に右手の中指を体内に差し込むと、濡れた音が

静かな部屋に響いた。

 普段ならば2本指を入れるところではあるが、先ほど美誉子の膣内を傷つけてしまったので、

一本だけをそっと入れた。

「痛くない?」

 訊くと、

「ううん……」

と、小さな答えが返ってきて、そして

「や……あっ……」

 舌先と指先を小刻みに動かすたびに、美誉子の腰は震え、堪えた喘ぎが漏れる。


 のけぞる白い喉には、点々と赤い花。


 晃は膝立ちになり、敏感な突起への愛撫も右手の親指に切り替えた。片手で、揺らぐ躰を抱きしめ、

堅く尖った乳首を唇に挟みながら囁く。

「そんないやらしい顔、三浦にも見せたの?」

 晃としては、睦言の延長で、そして単純な嫉妬心から発した問いだったのだが、美誉子には詰問の

ように聞こえたらしく、くたりと融けていた体はピクリと緊張し、真剣な声が。

「見せてないっ」

 机に置かれ、躰を支えていた両腕が、晃の頭を抱きしめる。

「だって……約束したじゃない。晃にしか見せないって」

「……ああ」

 6月。美誉子の佐渡赴任以来初めて会った夜に、つい吐露してしまった、生な独占欲。

「だから……ずっと我慢してたし、顔隠してたし」

 ってことは、三浦に抱かれても、そこそこ感じたということでもあるわけで。と、思い至ってしまった

晃の腹の底に、また小さく炎が点った。

 かきまぜるようにゆるゆると動かしていた中指の動きを、Gスポットへと集中させる。

「んっ……」

 ガクンと、美誉子の腰が引けた。

 その腰を引き寄せながら、晃は更に尋問を続けた。

「俺より、三浦の方が良かったとか、言わないだろうね?」

 美誉子は顔を数度強く横に振り、

「三浦も……優しかったけど……でも、晃は違うの……」

 喘ぎながらも、美誉子は必死に言葉をつなぐ。

「晃は……特別だから……晃は、誰とも違うの……」

 頭を抱きしめる指先の力に、晃は美誉子の頂上が近いことを悟った。

 指の動きを手首を使って速めながら、

「俺は、美誉子にとって、特別なの?」

 その囁きに、美誉子は紅潮した顔を縦にガクガクと振った。

「絶対に特別……だから……あ……それ駄目……やめて……」

 美誉子の手が伸び、晃の手の動きを止めようとしたが、それに構わず、晃はそこに強い刺激を与え続けた。

「やだっ……あ……嫌っ!」

 震える躰がひときわ大きく跳ね、晃の右手に、ビチャっと音を立て、熱い液体が滴った。


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