カレとふたりでドコ行こう? 1



「冬休み中に、ふたりだけで、どこか遊びに行かないか?」

“ふたりだけで”をやけに強調して誘われたのは、すでに冬休みに入り、クリスマスも過ぎ、
年末の慌ただしさが高校生の身にもひしひしと感じられる時期だった。
 何もこんなに押し迫ってからじゃなくて、もっと早く誘ってくれよって感じだが、それでも私は反射的に
「うん、行きたい!」
と答えていたし、もちろん嬉しかったし、早速ワクワクし始めていた。
 あっ、しまったもっとクールな反応を返すべきだったか? と、返事をしてから思ったが、もう遅い。
つい素直に即答してしまったじゃないか。

 だって、つきあい始めてから2か月以上経っているのに、ふたりで出かけたことがまだ無いんだから。
というか、ふたりきりで過ごせた時間が、そもそもとても少ないんだから。むしろ、つきあいだす前より
少なくなっちゃったんじゃなかろうかって感じ?
 っつーか、この2か月を思い起こすと、これってつきあってるって言えるのか? という、根元的な
疑問が沸いてきちゃうレベルなんだから!
 つきあい始めたのが、秋が深まり冬に向かう、一年で最も日の短い期間であったというのが、
それでなくとも部活で忙しい我々の行動時間を狭めまくったってのは大いにある。夏場には、週末や部活が
早終いの夕方に、時折ひっそり集っていたお城の石垣の上は、冬場は使えない。だって、暗いと危ないし、
なんてったって寒すぎる。春まではあそこは断然使用不可。
 では春になるまでの間、どこで会えばいいのだろう? と頭を捻った末行き着いたのは、
結局、お山の図書館で一緒に勉強でもするか、という程度のことで、全くもってお互いド健全というか
頭が堅いというか……
 いやもちろん、我々の住むN岡市にも、それなりにカフェや喫茶店やファストフードショップはある。
校則で、それらに放課後に寄ることを禁止されているわけでもない。実際、そんなお店に学校帰りに
寄っているウチの生徒っぽい男女二人連れを、見かけることだってままある。

 だけど、私たちは、それができない。

 何故なら、つきあっていることを、秘密にしているからだ。
 クラスメートや部活の友達や家族はもちろん、年中トリオでつるんでいる、結ちゃんにさえ言えていないのだ。

   

 あの決定的な夕焼けの土曜日……彼は後に、9回裏2アウトからの逆転満塁ホームランのようだと
言った……から2日後、週明けの月曜日。
 私はいつもより少し早い時間に家を出、通学路の途中にある国道の交差点で、彼を待ち伏せしていた。

 お互いの気持ちを、というよりは、私が私自身の気持ちにやっと気づいてから2日が経ち、高揚感が
治まってくると、月曜の朝のうちに―――つまり、友達やクラスメートに顔を合わせる前に、彼と
相談しておかなければならない重大事があるのに気づいた。
 重大事と言っても、あんまり嬉しいことではない。むしろ、これからのふたりの交際を、不自由にする
要素を発見してしまったようなもんで……と、多少憂鬱になりかけた時、彼が、角を曲がって国道に
出てきたのが見えた。手を上げると、彼の方でも私を認め……あれれ? 認めた様子なのだが、
何故か10メートル以上も前で急ブレーキをかけ、あたふたと自転車から飛び降りてしまった。
「おはよー!」
 少々の気恥ずかしさを覚えながらも、敢えてポーカーフェイスを装い、大きな声で挨拶をした。
しかし彼は、おっかなびっくりという感じで、そろそろと自転車を引きながら私に近づいてくる。
「お……おはよ?」
「ねえ、朝っぱらからその引きは何?」
 もうっ、照れくさいのを堪えて、精一杯元気に挨拶したのにぃ。
「なあ、まさか早乙女……」
 熊顔がひきつっとる。何をそんなに怯える?
「何なのよ?」
「やっぱ土曜日の無しにして、って言うためにここで待ってたり?」
「言わんわっ!」
 裏拳で思いっきり肩にツッコミをいれると、渡瀬はそれを甘んじてうけながら、ああ良かった、と
大げさに溜息をついた。

 呆れた。そんなに私のことが信用できんのか? 

……いや、自業自得か。

 とりあえず、お互い朝練大事な身、学校に向けて並んでゆっくりと自転車をこぎ出す。
「んで、結局何なの?」
 とりあえず「土曜日のが無し」にならなかったのに安心したのか、渡瀬はリラックスした笑顔で
私を見る。
 いつもと同じはずの、のほほんとした笑顔が、なんだかやたら眩しくて、私は目を逸らす。
「あのさあ、渡瀬」
「ん?」
「部活とかで、もう言っちゃった?」
 昨日は日曜日だが、当然硬式野球部は部活があった。
「何を?」
「何って……えっと……だから」
“私とつきあうってこと”と端的に言おうとして、ハタと詰まった。だってこの状態、つきあってるって
言えるのか? 単にお互いの気持ちを確かめ合ったというだけで……と、しばし悩んだあげく、
「だからぁ私たちの……こと」
「ああ」
 渡瀬はうんうん、と小さく何度か頷いて、
「誰にも言ってねえよ。五十嵐の耳に入れたくないからな。少なくともしばらくは」
「そうだよね……」
 五十嵐くんというのは、渡瀬のチームメイトで、しかも同じポジションを争っているライバルで、
そんでもって、つい先日私がこっぴどく公衆の面前で振っちまった男子だ。その一連の流れから、
五十嵐くんはおそらく、私の好きな人は渡瀬ではなく「某先輩」であると信じているだろう。
「それに、早乙女、ウチの部で人気あるからなあ」
「んんー……」
 それもあるのだ。先日、硬式野球部の練習試合を応援に行った際、部員何人もに群がられて、驚いた
……と共に、閉口した。
「早乙女とつきあうんですーなんて、脳天気に言いふらしでもしたら、袋叩きにされそーだ」
 渡瀬が笑いながらさらりと言った「つきあうんです」という言葉に、ドキっとし、そうか、やっぱり
つきあうって考えていいんだ、と少しホッとした。

 しかし、ホッとしてる場合でもないんだよな……

「実は、私もちょっと考えちゃってさ、バスケ部でも誰にも言ってないんだ」
 バスケ部は昨日試合だった。結果は昨夜のうちにメールで知らせてあるので、渡瀬も訊かない。
「ああ、そうだろなあ」
 渡瀬はちょっと眉をひそめ、
「バスケ部でも言いにくいだろなあ。岡島さんのことがあるもんなぁ」
 実は、私が先週「片思いだけど好きな人がいるんだ!」と名前を挙げて公言してしまったのは、
男バスの先輩で……3年生だから、もう引退はしているのだが……なので、バスケ部員はみんながみんな、
私がその先輩に失恋し傷心状態であると信じ、どーっぷり同情してくれている真っ最中なのだ。
「そうなんだよねぇ。それにさ、佐野さんのことも気にならない?」
「……なる」
 渡瀬は溜息を吐いた。
 佐野さんというのは、渡瀬が告白を断った、結ちゃんのチームメイトの、テニス部の女子だ。

 こうやってひとつひとつ問題を挙げてみると、私たちは、なんという錯綜した人間関係の中、つきあい
始めようとしているんだろうと、実感せざるを得ない。あまりのややこしさに、気が遠くなりそう。

 話半ばで校門にたどり着いてしまい、並べて自転車を停めた。校門は開いているとはいえ、
朝練としてもまだ早い時間なので、我々の他はまだ生徒の姿は見えない。

「だからね、私たちが、つっ、つきあうってことをさ」
 ちっ、肝心なとこで噛んじゃったじゃないか。
「しばらくは秘密にしといた方がいいんじゃないかなって……結ちゃんにも」
 結ちゃんだけには、佐野さんにはしばらく言わないでね、と、がっちり口止めして話すということも
考えたが、彼女の開けっぴろげな性格から言って、黙っているのはキツいだろう。
それに、今まで3人で仲良くやってきたのに、ここで急に結ちゃんにだけ気を遣わせるようなことに
なるのも嫌だ。
 渡瀬は眉をわずかにひそめたまま、
「川原にも、ってことは、もちろん他の誰にも言わないってことだな?」
「うん……クラスでも、部活でも。あ、ずっとってわけじゃないよ? 先週の騒ぎをみんなが忘れて
くれた頃に、さりげなく、少しずつオープンにしていけたらいいなって、思ってるんだけど……」
 渡瀬は、私の言葉に、真剣な顔で頷いた。
「実は、俺も同じ事考えてた」
「あ……そう」
 良かった。渡瀬が気を悪くしないかと、それも少し心配だったのだ。
「ちっと苦しいかもしんないけど、騒ぎ立てられるのも嫌だしな。色々あったばっかだしな、仕方ない」
「私、騒がれるのはもう勘弁だよ」
 体育祭&先週の騒ぎで、ほとほと疲れた。
「それは解る気がする」
 渡瀬は苦笑すると、
「内緒にしとくって、ちっとしんどいかもしれないけど、ま、ふたりだけの秘密って考えれば、
そう悪くないんじゃね?」

……ふたりだけの秘密?

 って、そりゃそうなんだけど、敢えてふたりだけの秘密、なんて言われると。

 渡瀬の言葉にまたドキリとしてしまい、口ごもると、
「じゃ、学校では今まで通りってことでヨロシク」
渡瀬は更に、朝練行くわ、また後でな、と言い残し、私に背を向け、再び自転車をこぎ出した。
 野球部の専用グラウンドは、校外にあるのだ。

 大きな背中が角を曲がって消えるまで、つい、魅入られたように、見送ってしまった。



                                  NEXT シリーズ目次