カレとふたりでドコ行こう? 2

   

……と、いうわけで今のところ、学校での渡瀬と私の関係は、つきあいはじめる前と、何ら変わらない
友達同士、というか、女王様と下僕ノリのままだ。毎日、結ちゃんと3人で早弁をし、相も変わらず
ドツキ漫才もどきのやりとりを繰り広げている。

 んでもって、それが学校にいる間限定かというと、そう単純な話でもなくて。
 先に述べたように、放課後に図書館で会おうという話になったわけだが、なにしろ場所が図書館である。
誰に目撃されるかわからない。
 いや、ふたりで勉強してるからといって、即座に「あのふたりアヤシイ〜」と噂になったりはしない
だろうが―――おそらく、成績優秀な女王様が、イマイチな下僕をビシバシ鍛えてる図にしか
見えないだろうから。
 しかし、図書館でふたりで勉強するってことを、部活の仲間や、特に結ちゃんに内緒というのはやはり
不自然だ。それを始めたのが試験前だったということもあるし、ここは、
「渡瀬に図書館で勉強教えてやるんだけど、結ちゃんも一緒にどお?」
と誘うのが、どう考えても私たちらしいわけで。
 結ちゃんも毎日来れるわけじゃないだろうし、ふたりきりになれる日もきっとあるだろうと……

 し・か・し。

 最初の図書館勉強の日、渡瀬には、何故か2人もオマケがついてきた(もちろん結ちゃんもいた)。
オマケは硬式野球部員で、自主練(テスト前だから)を早めに切り上げて帰ろうとした渡瀬に、
くっついてきちゃったのだった。
 そうなると、私や結ちゃんも部活の子も誘おうか、みたいな話になるのは必然で、とうとう
市立図書館での勉強会は、硬式野球部、女バス、女庭合同という、結構な人数のサークル活動のように
なってしまった。テスト直前には、話を聞きつけた男バス部員や、陸上部員まで集まってきちゃって……
 まあねぇ、家に帰ってひとりで暗〜く勉強してるよりは、友達と一緒の方が眠くならないし、
わからないところは教えてもらえるし、ヤマの張りっこもできるから、せっかくのチャンスを
逃したくないという、みんなの気持ちは解るのだけれど……

 渡瀬と私にとっては、全くもって当てはずれなわけで……

 そんなこんなで、放課後の貴重な逢瀬も、学校にいる時と全然変わらない状況と
相成ってしまったのだった。

 ただ―――

 図書館からの帰り道だけは、ちょっとの間だけど、ふたりきりになれる。渡瀬が私を送ることは、
家が近いし、女王様と下僕だし、当たり前のこととみんな認識してるらしい。
 途中までは結ちゃんも一緒なのだが、最終的にはふたりきりになって、渡瀬が少しだけ帰り道を逸れて、
私を家の近くまで送ってくれる。

 そのわずかな、ふたりきりの時間。

 家の裏門に面した裏通りで、自転車を停め、人気が無いのを確認してから交わす、
触れるだけのキスや、一瞬のハグ。
 それだけが、ふたりの想いを確かめ合う機会。
 遅くなっちゃったり、人の気配がある時には、自転車の陰で手を握り合うだけなのだけど……

 それでも、その一瞬が、その温もりが、私を暖かくしてくれる。
 こうして思い出すだけで、胸がドキドキして、頬が火照るほどに。

 好きな人に、想っていてもらえることを確かめるだけで、どうしてこんなに温かな気分に
なれるのだろう?

―――でも、そんなわずかなふたりきりの時間も、もうすぐ無くなってしまうだろう。
 何故なら、雪の季節になるからだ。積もってしまえば、自転車での遠出は難しくなる……つまり、
小高い城山の上にある図書館には行けなくなり、勉強会自体が成立しなくなる。今日も部活の後に数人が
集まって、冬休みの宿題を図書館でやってきたのだが、みぞれ交じりの雪が降っている道中、
行きは上りだからまだしも、帰りの下りはかなりデンジャラスだった。
 バスに乗って行くって手もあるんだが、それほど本数があるわけじゃなし、バス代もかかるし、
長続きしないのは目に見えている。田舎の高校生が自転車に乗れなくなるってのは、行動範囲が
ぐっと狭まるということに他ならない。

 つまり、冬の間は、ますます渡瀬との時間は取れなくなってしまうのだ。

 やれやれ。

 冬が始まったばかりなのに、早く春にならないかな、なんて考えてしまう。
 決して冬という季節が嫌いなわけじゃないのに―――



 そんな風に寂しく思い始めた時だったので「ふたりだけで、どこかへ」という誘いは、
雪の中を子犬化してぐるぐる走り回りたいほど、嬉しかった。
 そんなストレートな感情表現は、絶対しないし、できないけれど。

   

「どこかって、どこ?」
 そう聞き返すと、渡瀬はキャップの庇にかかった水っぽい雪を払い落としながら、
「それはまだ決めてない。早乙女こそ、どっか行きたいとこないか?」
 どこか……と突然言われても、咄嗟には思い浮かばない。
 考え込むと、
「まずは、何日にするか決めないとだろ。正月明け、部活何日から?」
 それはそうだ。
「渡瀬は当然4日から?」
 学校が開くのが4日なのだ。
「うん当然」
「さすが硬式野球部」
 やっぱり、正月明け初日からか。
「そういうお前も4日からやんだろ?」
「私は自主練だもん」
 女バスも陸上部も年明けは始業式まで休みだ。
「そーすっと、やっぱし3日かなあ。俺、1日は親父の実家いかなきゃだし、早乙女ん家はお客さん
いっぱい来るんだろ? あ、ってか、3日って平気かよ、出かけられんのか?」
「うん、もう3日なら平気」
 確かに年始客は毎年大量にやってくるが、私がいたって、大した役には立たない。せいぜい
お運びさん&酒の肴にされるくらいなもんで。蓮華伯母さんが例年通り手伝いに来てくれるだろうし、
人手は足りる。3日ならば、抜けても咎められることはないだろう。
「じゃ3日ってことで、行き先はそれぞれ考えようか。思いついたらメールか電話するってことで、
年内には決めよう」
「わかった」
 降り続ける雪が、街灯の光に照らされ、シャーベット状の路面に斑な影をつくる。
まるで光と影が逆転したミラーボールのようだ。
 渡瀬がぶるっ、とひとつ身震いし、
「冷えてきたし、帰るわ。お前も早く入れ」
「うん、ありがとう、こんな天気なのに送ってくれて」
「いや、ちょっとでもふたりでいたいし……」
と、言うと、渡瀬はキャップを脱ぎながら、周囲を素早く見回した。こんな天気なのだから、
滅多に人は通らないと思うのだが。
 そしておもむろに、生真面目な顔が近づいてきたので、私は目を閉じて……

   

 唇に指を触れる。
 別れてから3時間も経っているのに、その間にご飯も食べたし、お風呂も入ったのに、
まだ感触が残っている。
 冷たかった。
 でも、柔らかくて、優しかった。

 もしかして、年内はもう会えないかもしれないと、別れてから気づいた。それならば、
あんな一瞬のキスだけではなくて―――もう少し長く触れてくれても良かっただろうに。
 それに、ちょっとでもいいから、ぎゅってして欲しかったなぁ。渡瀬に抱きしめられると、
胸の奥の方がキュンとして、あったかくなって、それがしばらく躰の芯のあたりに残って……


……って! なにを妄想に浸ってるんだ、私ってば!! しかも結構とろんとした顔してなかったか!?
 らしくない乙女思考に浸ってる場合じゃない、どこに行くか真剣に考えなくちゃなんだからっ。

 締めきった自室で机の前に壁を向いて座っているのだから、誰に見られたわけじゃないのだが、
照れ隠しにサガサとわざと音を立てながら、先程事務所のパソコンで調べたプリントアウトを開いた。
市内の映画館の上映表だ。
 初デートの定番と言えばやはり映画だろうか、と思ったので。お正月でもあるし。
 気合いを入れて、集中力を上映表に向け、表の上から順番に内容説明を読んでいく。お正月だけに、
プログラムは盛りだくさんだ。

……まあ、普通に考えれば、コレだろうな。
 邦画の青春物。家族旅行でカバディに魅せられた男子高校生が、学校にカバディ部を立ち上げて、
インドにまで遠征するようになるという、スポ根コメディだ。
体育会系カップルに相応しい選択と言えよう。

 それか、コレかな? 
 イギリスのファンタジーで(当然ハリウッド資本ではあるが)主人公の女学生が、シェイクスピアの
『ロメオとジュリエット』の中に入り込み、物語をかきまわしまくるという、ドタバタでロマンチックな
ファンタジーラブコメ。
 デート性を重視するとしたらこっちかなあ。衣装もキャラも可愛いしなあ。

 無難な路線では、いかにもお正月向けのSFX超大作もいいかもしれない。
 コナン・ドイル原作の古典SF『失われた世界』の映像化作品ってのがある(子どもの頃、
ジュブナイルを読んだ覚えがある)。恐竜物だから子ども向けではあるんだろうけど、
恐竜の造作がすごいらしいし、3Dだからド迫力で楽しめるだろう。

 でも、本当に観たいのはコレなんだよなあ……
 ノワール小説を原作とした、邦画のサスペンスもの。バイオレンス風味も強いらしい。
R15ってことは、おそらくエッチなシーンもあるのだろう。せっかく高校生になったのだから、
R15ってヤツを観に行ってみたいし、この作家、全部読んでるわけじゃないけど、
結構好きなんだよなあ。駄目かなあ、渡瀬も好きそうだけどなあ……

……あっ、でも、初デートでエッチシーンのある映画ってどうなんだろう? 
まるで誘ってるみたいに思われたりしないだろうか?
 っつーか、映画ってのがそもそも問題有り? 暗闇で2時間も隣り合ってたら、
変な雰囲気になったりして?
 あ、別に渡瀬を信用してないわけじゃないし、少々妙な雰囲気になったとしたって、全
然構わないんだけど……
 
……っていうか!
 渡瀬が、場所の選択に猶予を与えてくれたってのは、もしかして、私の方から
「ふたりきりで、静かなところでゆっくりしたいわ
とか申し出るのを期待してるからだったり!?


                                  
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