カレとふたりでドコ行こう? 3


 そう思い至った途端、いきなり頬が熱くなり、背中にじんわり汗が滲んできた。

 ま、まさかね。だってまだつきあって3か月も経ってないのにそんな……って、もう3か月になろうと
してるのか。それにそれ以前からのつきあいを考えれば、決して短いつきあいではないわけで……
 でもでも、その3か月間で全く何も進展してないし? 
 いやいや、進展するのが嫌なわけじゃないんだけど、いずれそういうことにもなるんだろうな的な覚悟は
それなりに無いこともないが。
 でもでも、心の準備ってヤツが!

 それに私からそんなこと言い出すなんて、できるわけないじゃん!!

 ぶるぶるぶると、バシバシ頬に当たる髪の毛が痛いくらいに勢いよく頭を振った。

 そ、そうか、そもそも映画という方向性が間違っているのではないか? 初デートから暗いところで
何時間も密着ってのが、よろしくない。もっと初デートは健全で明るい場所にするべきなのだ!
 それにお正月の映画館なんて、誰に会っちゃうかわからないじゃん。きっと学校関係者の誰かに
見られてしまうに違いない。いかんいかん、映画は却下だ却下!

……しかし、だからと言って、映画じゃなければどこに行くよ? ウチの両親の初デートは図書館だった
らしいけど……それってちょっといいなと思うけど、正月には開いてないし。
 大体、正月ってのが場所を限ってるんだよな。ショッピングやボウリングやカラオケ等という
ド定番スポットは、大混雑に違いない……ってことは、学校関係者に遭遇してしまう確率が
上がるってことだし。

 うーん。

 渡瀬と行ってみたい場所、やってみたい事はたくさんある。
 でもそれが具体的に実現可能とは限らない。
 我々のスタンス―――つきあってることはふたりだけの秘密、ってのが、行動範囲を
大幅に狭めていることもあるのだろうが。

 彼氏のいる友達の幾人かの顔を思い浮かべてみる。彼女らは、どんな場所でデートしてるのだろう?
 真っ先に思い浮かんだのはミミだが、ミミの彼は大学生だから、きっとデートは車だろう。
それに、勘の良い彼女に、
「ねえねえ、いっつも彼とどんなとこにデート行ってんの?」
なんて訊こうもんなら、
「何? 何で? どうしてよりによってヒミコがそんなこと訊くの!?」
と、ディープに追究され、白状するまで放してもらえないに違いない。
 だ、駄目だ駄目だ、ミミになんか訊けっこない。

 学校が違うコの方がいいかも……と、中学のバスケ部の同期で、今でもちょくちょくメールを
取り交わしてる、N経大付属に行った友達はどうだろうと考えてみる。
 彼女のカレは同じ学校の先輩だし、きっと参考になる話が聞けるだろう―――が、彼女も決して
詮索嫌いな性格ではないからなぁ、根掘り葉掘り尋かれることは覚悟しなければならないだろう。
そしてもし渡瀬とつきあってるなんて口を滑らせでもしちゃったもんなら、一夜のうちに
中学の同級生全員に知れ渡ってしまうに違いない……

 ううーむ。

 やっぱり自力で考えるしかないのだろうか。しかし、私の圧倒的に経験不足な上にセンスが良いとは
決して言えない頭からは、どう捻ったところで、月並みで陳腐なアイディアしか浮かんでこない。
 いっそ、渡瀬にすっかりお任せしてしまおうか?
 っつーかそもそも「デート」という定義自体が間違ってるのかもしれない。どうも我々には
馴染まない言葉のような気がするんだよな……

 行き詰まると、一気に考え疲れてしまい、机につっぷすと、ゴン、と額が木の机に勢いよくぶつかった。

 いってぇ……

 じーんと額のダメージが脳天のあたりまで響いていく。

 何やってんだ私ってば。頭ぶつけたからって、良いアイディアが浮かぶわけもないのに……

……って! 

 頭をぶつけた拍子、というわけでもないだろうが、非常〜にデートに造詣の深い人材がすぐ傍に
いることに気が付いた。
 つっぷしたばかりの頭を上げ、背後のアコーディオンカーテンを振り返る。
 いるじゃないか、こんなに身近に、スペシャリストが。

 プロフに、
 
趣味:デート
 特技:女の子を口説くこと

とか、堂々と書いちゃいそうな大馬鹿野郎が!

 カーテンの向こうは至って静かだ。しかし、まだ眠ってはいないだろう。耳を澄ますと、規則的に
ページをめくる音が微かに聞こえてくる。おそらく、ヘッドホンを被って参考音源を聴きながら、
譜面をさらっていると思われる。
 だって勉強の時はもっとウルサイもん。鼻歌や、教科書をぶつぶつと音読する声が
聞こえてくることが多い。

 そりゃまあヤツだって、いきなり、
「あんた女の子と、いつもどんな場所でデートしてんの?」
なんて訊いたら絶対、どうして私がそんなことを訊くのか疑問を持つだろうし、ツッコミも
入れてくるだろう。しかし、ヤツならば友達とは違い、腕ずくで黙らせることができるから……

 よし、訊いてみっか!

 椅子を回して後ろを向き、カーテンをガタガタと揺すぶった。ヘッドホンを被ってるとすると、
声をかけただけじゃ聞こえないから。
「……なに?」
 予想通り、一瞬遅れて返事があった。
「今ちょっといいかな?」
「いいよ? なんなの、改まって」
 キイッ、と椅子が回る音がして、向こう側からカーテンが開けられ、不思議そうな表情を浮かべた
小さな顔が、私の部屋を覗き込んだ。
「いや、全然大したことじゃないんだけどさ、ちょっと訊きたいことがあって」
 そう言うと、ヤツは顔をしかめて身を引き、
「えー、何なのぉ? ねーちゃんがそんな殊勝な態度って、不気味」
「なにそれ!?」
……とか細かいことで怒ってる場合じゃない。
「えっと……」
 無意味に咳払いなどしてみる。

「照ってさ、女の子と、いっつもどんなところに遊びに行ってんの?」

 照は私の質問に、ポカンと目と口をまん丸に開けた。

 え、そんなに驚くか?

「あっ、あのねっ、単なる興味で訊いてるだけだから。深い意味はないから……」
 慌ててフォローを入れたが、照の表情は、驚きからみるみる笑顔に―――それも、ニンマリって感じの、
イヤーな雰囲気漂う笑顔に変化し―――

 そして突然飛び上がるように立ち上がると、襖を外しそうな勢いでぶち開け、ダダダッと部屋を
駆け出て行ってしまった。
「えっ? 照、何? どこ行くんだよ!?」
 腹でも痛くなったのか? と一瞬思ったが、飛び出していく直前のイヤーな笑顔を思い出し……

 あっ。
 ま。
 まさか……

「しょ、照!?」

 あのヤロー、まさか!!

 照を追いかけて、私も慌てて部屋を飛び出た。

 弟と私の部屋がある離れは、二間ほどの長さの渡り廊下で母屋とつながっている。渡り廊下から
サッシ窓を開けて離れに入ると、狭い板の間があり、そこからもう一枚襖を開けるとコルク敷きの6畳間。
もちろん創建当時は―――曾祖父母が使っていた頃は畳敷きだったのだが、グランドピアノを置くために
コルクの床に改装したのだ。ゆえにこの部屋は「楽器部屋」と呼ばれていて、部屋の大部分を
グランドピアノに占領されているのはもちろん、その下には照の楽器(主に打楽器類)や楽譜が
山ほど積まれている。
 そしてその奥にもうひとつ八畳間があり(こちらはぜんそく持ちの照のためにフローリングに改装済)
そこをアコーディオンカーテンで区切り、半分ずつ私と照の個室として使っている。
 そういう構造だから、それぞれの部屋から、離れの出口につながる楽器部屋へ出入りすることが
できるので……

私が楽器部屋に飛び出した時には、照の姿はすでにそこには見えなかった。ただ勢いよく閉めたために
跳ね返ったらしく、廊下へ続く襖とサッシ窓が細く開いている。

 げぇ、アイツ、マジで……?

 襖とサッシを乱暴に開け、離れから飛び出したが、室外の寒さに、慌てて2枚の戸を閉めた。
渡り廊下に向き直ると、照が、一枚だけ開けた雨戸(冬場は、渡り廊下の雨戸はほぼ閉めっきりなので)
から庭へと降り立つところだった。
 外はいつの間にかみぞれ混じりから本格的な吹雪になっていたらしく、廊下へと白いものが
吹き込んでくる。
「ちょっと、照っ、待ちなさいよッ、あんたどこに行くつもり!?」
 照は私の静止を全く無視し……無視したばかりか、またニヤーッと嫌〜な感じの笑みを見せてから、
庭へと走り出して行った。
「おいっ、こらあっ!」
 私も慌てて庭へ降り立とうとしたが……が、冬場のことである。夏場のように、庭への降り口に履き物を
無造作に何足も放置しているわけはない。唯一の、トレイに乗せて廊下に常備している長靴は、
今この瞬間、照が履いて行ってしまった。みぞれ交じりの雪の中、冷たく濡れた庭に靴下のまま
降りる根性はさすがの私にも無い。
「待ちやがれーっ! こらあーっ!!」
 せめて声を限りに叫んではみるが、もちろん照は戻ってこない。雪の中、華奢な背中は、
絶対行って欲しくないヤバイ方角へと―――庭の奥の蔵座敷の方へと、みるみる遠くなっていく。
「わーっははははーはーー」
 甲高い高笑いが、雪で白くけぶる庭の奥から聞こえてきた。
 こうしちゃいられない、なんとか蔵座敷に入る前に、ヤツを捕まえなければ大変なことになる……
 渡り廊下を、靴を確保するために母屋の方に走り出そうとした時、声が更に遠くから聞こえてきた。

「おとーさーん、おかーさーん、ねーちゃんにーっ!」

 わーはははー、と、またハジケた高笑いが挟まり、

「ヒミコにーっ、男ができたーっ!!」



                             
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