カレとふたりでドコ行こう? 4
    

 母屋の台所の勝手口で長靴を調達し、雪降る庭を体育祭のスウェーデンリレーもかくやという
ダッシュで駆け抜けて蔵座敷にやっと辿り着いた時には、案の定、すでにリビングには
照ばかりではなく、父と母もいて―――母は、先程の照と同じようなイヤ〜な感じのニヤニヤ笑いを
顔中に浮かべ、父は……

 父は、真顔で、しかも微妙に涙目だった。

 うっわぁ、なにその顔……ちょ、マジで勘弁してよ……

 一気に脱力しつつも照を睨みつけると、ヤツは素早く母の背後に隠れた。
「ま、座りなさいよ」
 母は、笑顔のままテーブル越しの席を、私に示した。
 
 あああ……こんなに早くバレるとは。

 がっくりとテーブルに手を着いた。

 もうこうなっては逃げられないだろうな……

 しぶしぶベンチに座ると、母はニヤニヤしたまま、
「ま、あれですね、とりあえず、おめでとうって言わなくちゃねえ」
なんだかとっても楽しそうに言った。が、父が、身を乗り出して口を挟み、
「おめでたくなんかないでしょっ、ヒミコはまだ16歳なんだから、早す」
それを、
「あら、晃さんがそれを言う?」
外の吹雪もかくやという冷ややかさで母が遮った。ツッコまれたわけじゃない私まで、
背筋にぶるっと震えがきたほど。
 もちろんツッコまれた本人の父はピタっと口を閉ざし、母は冷たい声のまま重ねて言う。
「晃さんにだけは言われたくないね、私がヒミコの立場でも」
 うんうん、それは言える……と、つい頷いてしまった。さすがに父が少々気の毒にはなったが。
でもだって、夏休みに読んだあの2冊……あれが父の実体験を元にして書かれているとすると……ねぇ?
 照も同感だったのか、母の背後に隠れたまま、こっそり頷いている。でも、アンタにも
言われたくないから。
 父はますます涙っぽくなった目で、それでも母を怨みがましく見つめた。しかしそんな視線に
動じる母ではない。堂々と父を見返し、
「私はヒミコを信用してるから。この子は、私たちが16歳の頃より、よっぽど真面目でしっかり
してるよ。人を見る目もあるよ。勢いで早まったことをするような子でもないでしょう?」
 母は、父を睨むようにしていた目を、私の方に向けて、また笑い、

「大体、ヒミコは、軽い気持ちで男の子とつきあえるような性格じゃないもんね。
ヒミコがこの人って決めたんなら、それはすんごい本気ってことなんじゃないの? でしょ?」

 げげぇ……

 母の言葉に、思わず背中を丸める。

 父みたいに、いきなり過保護全開なのは当然超ウッザ〜っに決まってるが、母のように
「全面的に信頼してるからね宣言」されてしまうのも、かなりプレッシャーだ。
 それに、こういう態度で出られたら……

「で」
 母は、柔らかだった笑顔を、また野次馬全開のニヤニヤに戻して。
「どちらのご子息と、おつきあいすることになったのかな?」

……くっそう。
 話さないわけにはいかないだろうが!

「N高の子?」
 母が遠慮会釈なく、テーブル越しに私の顔を覗き込んだ。
 はあー、と意識してないのに、長い溜息が出た。

 こんな風にバレたくはなかった……いや、いずれバレるだろうとは思ってたけど、もうちょっと
何とか穏便な形で伝えるつもりでいた。

―――ったくもう!!

「えっとねっ、同じクラスでっ、中学も一緒でっ」
 半ば自棄で話し始めると、
「あ、そうなんだ? 一中出身の人?」
照がひょいっと母の背後から顔を出す。すんごい楽しそうに目を輝かせている。楽しんでんじゃねえ!
そもそも誰のせいでこんな目に遭ってると思ってんだ!!
「ああなるほど、そういう縁なのかあ。部活は? あ、やっぱ同じ、バスケ部か陸上部なのかな?」
 母もえらく楽しそうだ。父だけはまだ涙目でうつむき加減。
「硬式野球部」
「へえ〜」
 私の答えに、母は感嘆の声を漏らして胸の前で腕を組み、
「N高の公式野球部ったら、大したもんじゃない。少なくとも根性はあるってことよねえ」
「あっ! 野球部ってことはっ」
 そこで照が、立ったまま、ぐいっとテーブルの上に身を乗り出し、

「もしかして渡瀬さん!?」

 えっ。
 ええええっ!?

「な、なんでアンタ、知ってんのよ?」

 あ。

 し、しまった。

 慌てて口を塞ぐが、もう遅い。

 
 照は何故か偉そうに胸を反らし、
「そりゃあ知ってるよお。吹奏楽部は毎年1回は野球部の応援行くもん。渡瀬さん、中学ん時
主将だっただろ。4番でキャッチャーだったし、顔と名前くらい知ってるに決まってんじゃーん。
野球の強いN経大付属に推薦で行くと思ってたら、意表ついてN高に入ったってのも、野球部のヤツらが
話してたし」
「へえ〜照も知ってるんだあ」
 母はますます楽しげに照を見上げた。
「うん、挨拶くらいしか話したことはないけど。でもね、野球上手いしね、でっかくてね、
ゆったり落ち着いた感じのいい人だよー」

 ほー。
 後輩から見ると、渡瀬ってそういう風に見えるんだあ……

……って、感心してる場合じゃないっての!

「そぉかあ、渡瀬さんなのかぁ〜へぇ〜、なるほどねぇ〜。えっとぉ、下の名前は確か英さんだっけ?」
 照はどう見ても何かを企んでる感じの嫌らし〜い笑顔で、私を見た。
「照、学校で、絶対言っちゃだめだからね」
「ええ、なんでよ?」
 なんでよって、やっぱ言いふらすつもりだったのか、このガキ!
「事情があって、まだ学校の友達にも誰にも言ってないんだから。今ここで言わされたのが初めてなのっ」
「事情ってなによ?」
「人間関係のもつれだよっ」
「どうもつれたの? 何があったの?」
「話すとすんげぇ長いんだよっ。とにかくしばらくは秘密っ」
 照は不満げに唇を尖らせたが、はぁい、と肩をすくめながら返事をした。これ以上私を怒らせたら、
口より先に手足が出てくることを、経験から悟ったらしい。
 と、母が不思議そうに首を傾げ、
「うーん、渡瀬さんって、なんだか聞き覚えあるなあ。中学で同じクラスになってる?」
「なってない」
「小学校も一緒?」
「小学校は違う」
「あらそう。うーん、彼本人のことは知らないと思うから、お母さんのこと存じ上げてるのかしら? 
保護者会かなあ?」
 いや違う。存じ上げてるのはお父さんの方だと思う……が、言わないでおこう。きっと年明けに
仕事に行ったら、思い出すだろうから。

……と、それまでじっと黙っていた父が、いきなり口を開いて、ボソリと。

「なるべく早く、紹介しなさい」

 げっ! いきなりそう来たか……
「いいよ、そんな……」
「良くない。一回家に連れてきなさい。お祖父ちゃんとお祖母ちゃんにも紹介しないとでしょ」
「ええっ、そんなオオゴトにしなくても」
 いや、そりゃいつかは紹介しないわけにもいかないだろうと思ってはいたが……何せこの狭い町だし、
親同士が仕事で細々とはいえつながってることも分かってるわけだし。でも、こんなにいきなり
言われても、心の準備ってものが……
 父は顔を上げて、私を涙目できっと睨み、

「お父さんに紹介できないような子なわけ?」

 えっ。

「ぜ、全然そんなことないよ!」

 そういう意味じゃない。

 渡瀬自身は、どこにどう出しても問題の無い人間だと思う。成績はさておいても真面目なことは
間違いないし、愛想は良すぎるほどいいし、礼儀作法は野球部で鍛えられまくってるし、
性格穏和にして誠実だし、父だってそうそう文句はつけられないはずだ。
 ぶっちゃけると、むしろ渡瀬にウチのこの微妙に特殊な家族を紹介するのが恥ずかしいんですけど!?
 それに、こっちに連れてきちゃえば、私だって、渡瀬のご両親にご挨拶に行かねばならんではないか!
そっちの方が絶対大問題だ。だって、私という人間が、彼のご両親に紹介されても無問題、と
いう自信は、全く無いわけで……

 私がよっぽど困った顔をしてしまっていたのか、おとーさん、渡瀬さんはまともな人だよ、
心配するような人じゃないよ? と、見かねたらしい照が父を宥めるように言い、母は何か
思いついたのか、ポンと、手をたたき、
「そっか、どうせ冬休み中にデートするつもりだったんでしょ。その日、いっそウチに
連れてきちゃえば? ねえ、晃さん、どうかしら?」

 えっ。
 ちょっと待て……それは。

「うん、それはいいね」
 と、母の提案に父も頷いたが。

 困る。
 それはとっても困る……

 テーブルに突っ伏すように頭を下げた。

「そ……それはごめんなさいっ!」

 それだけはマジで勘弁!

 頭を下げたまま、
「つっ、つきあいだしてから3か月経つんだけど、まだふたりで1回も出かけたことなくて、お互い
部活が忙しいし、秘密にしてるから、学校帰りとかもふたりになれなくて……今回が初めてだから
……今回だけは、ふたりで遊びに行かせてくださいっ!」
かなりしどろもどろだったが、そこまで一気に言った。
 言いながら、顔だけじゃなくて、背骨のあたりまでカッカと熱くなってきた。

 ああもう、なんで親にこんなことをマジで頼まなきゃいけないんだ!

 顔が真っ赤だろうと思うとなかなか上げられなくて、頭を下げたままでいたら、
「うん、わかった」
意外にも、一番先に父の声がした。
 驚いて顔を上げると、父は、苦笑を口元にわずかに浮かべていた。
「ヒミコの気持ちは良くわかったから、正月はふたりでデートしてきなさい」
「あ……ありがとう」
 言いながら、ここでありがとう、って何かおかしいな、と思ったけれど、自然に口から出てしまった。
「でもっ」
 父はテーブルの上に身を乗り出し、
「ちゃんとどこ行くのか、言っていきなさいよ!」
「わかってます」
「どこ行くの?」
「まだ決めてない」
「ふたりきりで密室に籠もるようなところは絶対駄目っ。」
「へっ? あ、はい……」
 密室って、いくらなんでも、ラブホとかそっち方面のことを言ってるわけじゃないよな? 
先刻の乙女チックな妄想を悟られたのかと、ドキッとしてしまったではないか。この場合、
きっと、密室=カラオケとかネカフェのことだよな? ああ焦った。
 それにしても、密室って単語が日常会話に出てくるあたり、なんちゃってでも、やはりミステリ作家と
いうところか。
 父は更におっかぶせるように、
「当然、門限は厳守!」
「はいはい……」
 しっかし、とことん過保護だよなぁ……
 母が、ぷっ、と父の隣で小さく噴き出した。父の過保護っぷりが、可笑しくなってしまったらしい。
照も口元を手で押さえている。笑いを堪えているのだろう。そりゃ人ごとだったら笑い話だよなあ。
でも言われてる本人はたまったもんじゃないってば。
「ヒミコ、それから」
 んもう、まだあるのかよ? 
 私はつい唇を尖らせてしまったが、すっ、と父の表情が真顔になり。

「今回は許してあげるけど、近日中に、絶対連れてきてくれるよね? 
お父さん、ヒミコがどういう男に惚れたのか、見たいから」

 ものすごーく真面目に言われてしまったので……

 つい、頷いてしまった。


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