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―――それにしても。
 そうかぁ、部活中でも相変わらずヘタレなのかあ。とはいえ、私は野球部での渡瀬については部員である
彼らほど知らないけれど、こと学校生活や恋愛においては思い当たるフシは多々あるわけで……

 片思いの女(私のことだが)の失恋話に、半年も我慢してつきあい続けたこととか。
 そしてその女の失恋が確定しても、なかなか強く出られなかったこととか。
 つきあったはいいが、キス以上になかなか進めないとことか。
 どんなに盛り上がってても、門限を忘れられないとことか!(つまり昨夜のこと)

 だから、野球部員が語る彼のヘタレっぷりも、さほど意外ではないのだが、しかし、彼にとって
最大限能力を発揮しなければならない場である野球部でも、弱気な言動が露呈しちゃうってのは、少々
問題有りなんじゃなかろうか。彼の、些か過剰気味ではあるが、すごく思いやりがあって優しいところ、
嫌いではないのだが……っつーか、そういうところが好きなんだろうが、レギュラー争いにまで
影響があるとすると、ねえ。

「でもさ、実際下手じゃあないでしょ、渡瀬って。キャッチャー的にはソコソコなんだろうけど、
バッターとしてはスゴクいいじゃん? そのへん五十嵐はどーなのよ?」
 彼のヘタレ部分についてもっと聞かせて欲しいなーと思ったのだが、ここまで黙って話を聞いていた
森淵くんがいきなり話を横から持ってってしまった。
 森淵くんは中学高校と通して軟式野球部だし、市内の中学出身だから、中学時代は公式戦・練習試合
共に渡瀬と当たることも多かっただろう。そんな時分の話だとすると、もちろん興味がある―――ので、
とりあえず黙って聞いておこう。
 田沢くんが小さく頷き、
「バッティングは渡瀬の方が格段にイイよ。今のレギュラーたちと並べても遜色無いだろ。目ェいいし、
パワーあるし、何たって読みがイイからな」
 うわあ今日の田沢くんは珍しく(!)彼のことをベタ褒めだ。なんだか私がむず痒くなっちゃう。
「だよなぁ、渡瀬って一見のほほ〜んってしてるのに、結構読み鋭いよなあ。俺の球程度だと、
どんなに工夫しても読まれてパコーンとやられてさ。中学時代、めちゃめちゃ打たれたってば」
 森淵くんは苦笑し、今度はそれを受けて、海老名くんがまた身を乗り出した。
「それ言うならさ、俺、リトルリーグの頃の渡瀬と何度か当たったことがあんのよ。アイツさ、市内で
一番強いチームで5年生から正捕手だったんだからキャッチとしても良かったと思うけど、
バッティングがすごかった。小学生の頃からでかかったし、市内のリトルチームではトップクラスの
バッターだったと思うぜ」
 確かにキャッチングと違ってバッティングについては、渡瀬自らも自信ありそうなことをちらほらとは
口にする。へーーー、そうだったんだ、リトルの頃から……
「それでさ、俺、前々から不思議に思ってたんだけど」
 海老名くんは首を傾げ、
「どーして渡瀬は、リトルからシニアに上がらず、中学の部活に入ったんだろな?」
 海老名くんは中学時代、学校の部活ではなく、シニアリーグのチームで野球をしていたのだそうだ。
「ウチのチーム、渡瀬んとこのリトルから毎年先輩が入ってたから、絶対ヤツも来るだろうと思って
楽しみにしてたのに、ってか、当然スカウトされるだろうと思ってたのに、テストも受けなかった
らしいんだ」
 俺はスカウトで入ったんだけどさ、あ、自慢じゃないからね? と海老名くんは付け加えた。
 なにせ雪深い地方都市のこと、中学までやれるシニアやボーイズリーグのチームは少なく、
しかし入団希望者はそれなりに多いので、ほぼ毎年入団テストで人数が絞られることになるらしい。
「ってかさ、6年生の夏頃から、アイツ、試合にも出なくなっちまったんだよ。気になる選手だったから、
どうしたんだろ、ケガしちゃったかなー、それともマサカ野球辞めちまったのかなー? って
心配してたんだけど、高校入ったらバッタリじゃん。 ああコイツやめてなかったんだあ? って
びっくりしたし、嬉しかったの俺」
 ふうん、そんなに強い印象を残すほど、リトルリーグ時代の渡瀬って目立つ選手だったのかあ。
見てみたかったなあ……

―――と。
「ねえねえヒミちゃん、そのへん何か聞いてない? どーしてシニアに上がらなかったのかってあたり」
 海老名くんに突然振られて、お茶をこぼしそうになった。
「え……えっと、聞いてない」

 あれ?
 そういえば、渡瀬からリトルリーグ時代の話はあまり……というか、ほとんど聞いたことが
ない……んじゃ?

「あー、そーなんだあ。ヒミちゃんにも話してないってことは、やっぱ話すの嫌なんかなあ? 1年の頃、
話振ってみたことあんだけど、すぐ逸らされちゃってさ、何か言いにくいことあったんかなって、
それ以来触れないようにしてるんだけどねー。試合出なくなった6年の夏に、なんかあったんかなあ?」
 海老名くんは首を傾げた。

 ふむ、考えてみれば、どうして渡瀬はシニアのチームに入らなかったのだろう? 高校で硬式をやると
決めていたのなら、そして実力も伴っていたのならば、中学の部活より硬式のシニアに入るのが当然
だろう。海老名くんによれば入れる見込みは充分だったようだし、そちらで野球をしていれば、
高校に入ってからこれほど苦労せずに済んだかもしれないのに。

 そしてどうして、リトルリーグ時代の話をしないのだろう? 
 私だけじゃなく、野球部の仲間にまで……

「少なくとも」
 やっとプリンを食べ終わったらしいハムたんが、器を卓上にいつになくおしとやかに置きながら、
「渡瀬くんは今頃、くしゃみ連発だね?」
と言い、違いない、と皆笑った。
「そろそろ行こうかー。午後もスケジュール詰まってるし、降ってこねーうちに出来るだけ回ろうぜ」
 海老名くんがぴょこん、と元気に立ち上がった。
「待った、その前にお勘定、まとめた方がいいでしょ。細かいのある人から出してよ」
 ミミが手を出し、皆バッグやポケットから財布を取り出した。

 私も財布を覗き込みながら、今聞いてしまった知られざる彼の姿を頭の中で反芻し―――そうか、
私って、彼のこと、こんなに知らないんだ、と、こっそり愕然としていた。
 良く知っているつもりだったのに、こんなに知らない……

 会計を済ませ、湯豆腐店の立派な日本庭園にガシャガシャと停めたレンタサイクルの鍵を外していると。
「ヒミコちゃん」
田沢くんが私を呼んだ。
 振り向くと、彼は真顔で、
「さっきの話、渡瀬には聞かせないでね。特に俺が褒めてたなんて」
「うん、わかってる」
 言うつもりはなかった。田沢くんだって、腹にしまっておきたかった思いだろうに、あの場を
取りなすために仕方なく言ってくれたのだろうから。
 でも……
「でも、言ったとしたって、渡瀬は図に乗ったりしないと思うよ?」
 田沢くんはクールに肩をすくめ、
「そんなことは心配してないよ。むしろ図に乗るようなヤツだったら言ってくれたって構わないんだけど、
アイツの場合、逆にプレッシャーに感じそうだろ?」
「ああ……そうかもね」
 それは……言えてるな。
 と、納得してから、納得した自分になんだかちょっとがっくりきた。



                               
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