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3章 急転直下の修学旅行


 試験期間が過ぎ、修学旅行が近づいてきても、彼には結局「ウチに来て家族に会ってくれ」とは
言えず終いだった。試験中は例によって部活クロスオーバーの集団勉強会をやっていたから、
毎日のように顔を会わせていたのにも関わらず。
 親同士が仕事でいつ顔を合わせるかわからないというサバイバルな事情があるし、
渡瀬をカレとして紹介することにおいて、家族に対してなんら恥じ入るところは無い。

 だから真剣に何とかしなければ……とは、思ってるんだけど。

 何故にこんなに言い難いのか? と自己分析してみると、まずは、母へ言い訳しまくってる通りに、
このやたら忙しい時期に迷惑だろうから―――いうのはまあ事実ではあるけれど、半分くらいは
自分自身に対する立前のような気もする。不愉快だけれど、それは自覚せざるを得ない。母も、
立前だと見抜いているからこそ、ああしてしつこく食い下がってくるのだろうなあ。

 では「来てくれ」と、これほど言えないでいる根本的な理由は何なのか、と
マジで自問自答してみると……すると。

―――そもそも、渡瀬は私の家族に紹介されることを望んでいるだろうか? 
というか、渡瀬は私と、家族に紹介されるほどの抜き差しならない深い関係になることを、
望んでいるのだろうか?

という、2人の関係の基本的なありように関わってきちゃいそうな、ヤバげな疑問が
浮かび上がってきてしまって。
 私自身は半端な気持ちでつきあってるつもりはないし……っていうか、上っ面だけでつきあえるほど
器用だったら、こんなに悩んでないっつーか。

―――でも、彼が私との関係でどこまで望んでいるのかは、解らない。

 彼の気持ちを疑っているわけじゃないのだ。今も変わらず、私のことを思っていてくれるってことは
確かだろう。
 でも、こうして改めて考えてみると、ふたりの気持ちの高まり具合や真剣さに差があるんじゃ
なかろうかとちょっぴり不安になる。

 微妙に不安になってしまう理由には、やっぱりアレ……アレもあるんだよな。4月、お山の石垣の
下での、中途半端に終わったアレ。アレがどうしても気になって仕方ないのだ。
 あそこで彼が著しく怯んだ理由は、単に、私に色気が無いから萎えただけ、かもしれないが(いや
それはそれで困るんだが)悲観的な考え方をすると「この女とは、ここから先は進んではいけない!」
という、深入りを拒む理性ゆえだったのではないか、なんて……

 もちろん、アレから1か月以上経った今でも、あっち方面も何の進展もしていない。
 大会中に全く会えなかったのは仕方ないとしても、試験期間中は、毎日のように勉強会を
やってたので、短時間とはいえども、図書館から家に送ってもらってる間だけはふたりきりだったのに
(珍しく結ちゃんは今回は不参加だった)、彼の方からはあの急激な進展が何かの間違いだったかの
ように、何の言及も無い。もちろん私からアプローチするなんてことは出来るわけないし。結局、
遠慮がちなハグと、小鳥のキスだけの、至って健康的な関係に逆戻りだ。

 しらばっくれてるのか……それどころじゃないのか……忘れてるのか……それとも忘れたいのか?


―――と、甚だ煮え切らない思いを抱きつつ、うだうだと修学旅行の日を迎えてしまい―――でもまあ、
それはそれ、コレはコレとして置いておかないと。せっかくの修学旅行なんだから、彼のことなんか
忘れて楽しまなくちゃもったいないじゃんっ! と、自家発電でテンションを上げることにした。京都は
聖伯父がいるから小さな頃から何度か訪れているし、アチコチ連れていってもらっているが、奈良は
初めてだし、気の合う友達と班を組めたわけだし、香誉ちゃんも2年生の担任ではないのだが、
補佐として前半組の引率に加わっているし、ちっぽけな悩みに拘泥して、この機会を楽しまないなんて
あり得ないっ!

 開き直りとか、ヤケクソ、って気もしないでもないが。


 旅行1日目は奈良―――とはいえ伊丹空港からバスで大阪を通り抜け、奈良にたどり着いたのは
すでにお昼だったから、見学できたのは実質半日だったけど。

 ちなみに後半組は新幹線で京都入りなので、すでに出発から別行動だ。そんでもって帰途は
逆に前半組が新幹線、後半が飛行機になる。
「何でこんなに徹底して別々なわけ?」
と、香誉ちゃんに絡んでみたら、
「新幹線と飛行機、両方乗れた方が経験値稼げるでしょ? 修学旅行なんだし、そのあたりの
社会勉強もしてもらわなきゃ」
と、珍しく先生らしい答えが返ってきた。
 そう言われちゃうと、なるほどごもっともと頷くしかないんだが……せめて道中くらい、
すれ違わせてくれたっていいじゃんねえ。とは思っちゃう。

 何はともあれ、初日は雨にも祟られず、前半組は全クラスでバスを連ねて西の京のお寺と古墳を巡る
コースだった。予想してた以上に興味深かったし、楽しかった。薬師寺のお坊さんのファンキーな説法に
大笑いし、中宮寺の菩薩半跏像に見とれ……すぐ前にいたクラスの女の子たちが、
「実物は随分華奢なんだねえ。中性的で、美少年っぽくない?」
「うん、萌えだねー」
と囁き交わしてるのにニヤリとしつつ共感し、唐招提寺の金堂が大修理中なのは残念だったが、それでも
鑑真和上創建という建造物を目の当たりにし、妙に時の流れを実感して、不思議な目眩を感じたり。

 1泊目の宿は、奈良公園のほど近く、猿沢池のほとりにあるいかにも修学旅行向けって感じの、
寺社仏閣とは違う意味で歴史を感じる(ボロいともいう)ホテルだ。今晩は男女で階を分けてるだけで
同じホテルだが、明日は男子だけ池を少し回ったところにある同系列の別ホテルに移る。男子が
空けた部屋に、明日の晩には、後半組の女子生徒が入ってくるというわけだ。
 夕食は先輩方から聞いていた通り……「旅館のごはんには期待しちゃ駄目だよ! 班行動や自由時間に
がっつり食べておかないと食いっぱぐれるからねッ」……なるほど、よくわからない野菜ばっかりの
鍋+大学生協の学食あたりで出てきそうなお総菜系の定食で(ハムカツ&ポテトサラダだった)奈良の
郷土料理などこれっぽっちも出てこなかったが、それでも空腹と大勢で食べる楽しさゆえか、
それなりに美味しかった。この程度の量とメニューなら、カロリーを気にしなくても良さそうだし
……と良い方に考えておく。
 夕食後はクラス毎に交代で入浴しながらの、班別ミーティング。明日の午後はいよいよ班行動だ。
とはいえ、事前に計画は立ててあるので、ザッと確認した後は、当然お菓子をつまみながらの
雑談タイムだ。当然夕飯が全然足りなかった男子たちは、お菓子をガツガツと食べていた。
 部屋に戻ってからはミミとハムたんと色々様々女子話をする予定だったのだが、早朝の飛行機から
始まった強行軍に思った以上に疲労困憊していて、軽くストレッチを済ませた後は、同室他班の
クラスメートたちも眠そうだったこともあり、結局、所定の時間に消灯してしまった。

 しかし、おやすみー、と眠そうな声で言い交わし、それぞれ布団に落ち着いた頃、突然ミミの携帯が
やかましく鳴りだした。部屋代表で目覚まし用にセットしていたので、やたらと大音量。しかも、
着メロがわざわざ旅行のためにダウンロードしてきたという「女ひとり」なので、
みんな眠そうだったのに、爆笑。
「ごっめーんっ!」
 私の隣に寝ていたミミは、慌てて手を伸ばして枕元の携帯を掴んだ。



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