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 私と同じような感慨が皆の胸にも過ぎったのか、一瞬場が静かになったその瞬間を狙ったかのように、
スカートのポケットの中で携帯が鳴った。着メロはZARDの「マイフレンド」。ってことは、
バスケ部関係者からのメールだ。急いで開くと、チカちゃんからだった。後半組も今日は京都で
班行動のはず。やはりランチ中だろうか。

 携帯を開けながら、きっと今チカちゃんは、彼と一緒にランチしてるんだな、なんて、
思ってしまい、少しだけ胸がチクリとした。

 メールの内容は、今夜の自由時間への提案だった。奈良町の方に夜までやってる民芸調の
可愛いカフェがあって、くずきりが絶品とガイドブックにあるので、お土産選びのついでに
寄らないか、というもの。それをミミに伝えると、
「えー、いいなあ、私もついてっていい?」
 ミミが、おっ、いいね、と頷くより先に、ハムたんが食いついてきた。
「いいと思うよー」
というか、ハムたんももちろん誘うつもりでいたのだが、一応チカちゃんにお伺いのメールを
打っていると、ミミが、
「キミらも行くかい?」
男子たちに訊いた。あ、そうか、甘味ツアーだけど、もしかしたら男子も行きたいかも?
 すると、男子たちは何となくもじもじして(田沢くんだけは淡々と食事を進めていたが)返事を
譲り合っている。追究すると、なんてことは無い、他班の男子たちとゲームセンターで対戦ゲームを
する約束をしてるんだという。なんで修学旅行でわざわざゲーセンかね? 地元でも行けるじゃん。と、
一瞬呆れたが、海老名くんと田沢くんは部活が忙しいから、クラスの友達と学校以外で遊べることが
少ないのかもしれないと思い直し、ツッコミは入れないでおいてあげた。
 あ、でもゲームセンターって、もしかして自由時間の規則違反なんじゃないかなあ、と気づきつつも、
ま、何か対策は立ててるんだろうし、怒られるのは私らじゃないからいっかぁ、とスルーし、
チカちゃんにメールを送った。
 チカちゃんからの再返信はちょっと遅れて、皆が食べ終わって片付け始めた頃に来た。
チカちゃんの方も同班の子を連れてくるという内容で、そしてそこには、
<渡瀬くんが、みんなによろしくってゆってるー>
という一文が添えられていた。
「渡瀬がよろしくってさ」
 なるべくさりげない風をして、食後の残骸を片づけているみんなに伝えたつもりだったのだが、彼の
名前を口にするとき、少しだけ声が裏返ってしまった。誰にも気づかれなかったみたいだったけれど。

 小雨の奈良の町に再び足を踏み出した時に気づいた。

……もしかしたら、夜、チカちゃんは、彼を一緒に連れてきてくれるかもしれない?
 同班の子っていうのは、女の子と限ったわけじゃない。ミミのように、チカちゃんも普通に男子を
誘ったかもしれないじゃないか……

 今夜、彼に会えるかもしれない―――

 そう思い至った瞬間、現金なもんで、どんよりした梅雨空が僅かに明度を上げたような気がした。

 

 かなり頑張ったし、一部タクシーも使ってしまったのだが、雨のせいでどうしても行程が遅れ気味に
なってしまい、1組海老名班がホテルに帰り着いたのは、17時の夕食ギリギリだった。とっくに
後半組は到着しているらしく、ホテル中から女子の甲高い声が溢れかえってる。男子とホテルの前で
別れ、ロビーに駆け込み、まっすぐ夕食会場に向かう。やけに夕食が早いのは、自由時間があるからだ。
自由時間は18時から20時。当然門限は厳守。
 夕飯のメニューは昨日と似たようなもの。ただ、鍋物が茶蕎麦入りのお汁に変わっていてなかなか
美味しかった。午後中必死で歩き回っていたからお腹はぺこぺこだったが、カフェでくずきりを
食べたいので、ご飯のおかわりは控えた。
 18時ちょっと前、ホテルの玄関に門番のように立ちはだかる担任に見送られながら、まだ薄明るい
道に出ると、すでにチカちゃんが2人の女の子を連れて待っていた。
「きたきた、これで揃ったな」
 私たちの姿を見て、チカちゃんが頷いた。
「これだけ? そっちも男子はいないの?」
 ミミが訊くと、
「渡瀬とか一応誘ってみたけどね、なんか先約があるみたいよ」
「そっちもゲーセンかな?」
「ゲーセン?」
 ウチの男子はゲーセン行くんだって、とミミが答えると、チカちゃんはやっぱり、何も奈良で
ゲーセン行かなくてもいいじゃんねえ、と笑い、
「ウチの男共もそんなもんだろなあ」
 ま、そうだろな……とは思うけど、まず一緒には来ないだろうなとは思ってたけど、やっぱりちょっと
がっかりだ。私に会うためだけにでも、こっちに参加してくれないかなー、って少しだけ期待してたん
だけど、まあねえ、クラスでの男同士のつきあいもあるだろうし、仕方ない……仕方ないとは思うけど、
ホテルの前には、彼女と待ち合わせらしく、手持ちぶさたそうにうろうろしている男子や、楽しげに
カップルで出かけていく姿などもあって……やっぱいいなあ。

「よし、くずきり目指して、レッツゴー!」
 チカちゃんの音頭で、6人連れ立って、初顔合わせの者同士は紹介をしつつ、奈良町の方に
せかせかと歩き出した。自由時間は2時間しか無いから、お茶とお土産選びの時間をしっかり
確保するには、移動を素早く行わなければならない。
 チカちゃんご推奨の民芸調のカフェには、可愛いちりめんの小物がたくさん飾ってあった。可愛いとは
言っても、藍染め風の渋い色が多いのは奈良町ゆえか。みんなでくずきりとお薄のセットを頼んだ。
くずきりはつるりとのどごし良く、黒蜜が上品でとても爽やか。夕飯を控えた甲斐があるというものだ。
チカちゃんが連れてきた同班の女の子たちもサッパリした気持ちのいい人たちで、楽しく京都と奈良の
情報交換をしていると、

「あっ、ねえ野球部の海老名くん、一緒の班なんでしょ?」
ソフトボール部の東さんが突然ポンと手を叩いて、そんなことを言い出した。
「いるよー」
「海老名くん、可愛いよねえ〜」
「うん、可愛いねー……って、東さん」
 ミミがニヤッと笑って、
「海老名くんのこと気になるの?」
「あー、いやいや、そーゆーんじゃなくってさあー」
 東さんは慌てて顔の前に手を振り、
「あの可愛らしさにして、あの抜群の野球センスってのがすごいなーって、えっとつまり選手としての
彼のファンなわけ」
 なるほどソフトボール部なだけに、目のつけどころがそっち方面なのね、と私は納得しかけたのだが、
「えー? そんだけなのお?」
ミミは楽しげにツッコミを続ける。東さんは少し困った顔をして、
「えー、そんだけだよう……ええっと、あ、あのさっ、そうだっ、硬式野球部といえば、
早乙女さんの下僕!」
と、突然私の方を見て、困ってなのか照れ隠しなのか、いきなり話を振ってきた。
「う、うん?」
 いきなり彼の話題になって、心臓がひとつ跳ねた。
「渡瀬って、クラスの女子に人気あるんだよ。知ってた?」
「え、そうなんだ?」
「うん、そーなんだよ」
と、チカちゃんも頷き、
「旅行の班決めの時にさ、彼らの方からあたしらを誘ってくれたからスムーズにまとまったけど、
実は他の女子たちも狙ってたみたい」
「それは渡瀬狙いとは限らないでしょ? 他の男子かも……」
 ヤバい……心臓がドクドクしてきた。
「ううん、だって中西が、ホームルームの後で、どーして自分らと組んでくれなかったのよーって、
渡瀬に文句言ってたの、あたしら聞いちゃったんだもん」
 中西の名前が出て、ますますドキドキが激しくなる。そっと胸に手を当てるが、
全く治まりそうにない。
「うわーそれって、組んでくれた男子に失礼じゃない?」
 ハムたんが横から口を挟んだ……挟んでくれてありがたい。その隙にグラスのお冷やを口にした。
「いやあ、彼女らが組んだのおとなしーい子たちだからね、聞こえてたとしても言わないでしょ。
ってか、言えないだろーね」
「ああ〜、中西さんて、キツそーだもんね」
「うん、しっかりもんだし悪い子じゃないけど、ちょっとキツい」
 話題は中西評に移っていき、それを聞き流しながら私は必死で動悸を治めようとしていた。

 良かった、彼が中西と同じ班にならなくて……でもやっぱり、中西の方では彼と組みたかったんだな
……それも結構熱烈に。それほど中西が彼にこだわる理由は何なのだろう? 単に一緒に旅行して楽しい
マメ男だからだろうか? 同中のよしみ? それとももっと違う感情があるのか……

 きゅうっ、と胸の奥が痛くなった。
 動悸も全然治まらない。
 
―――苦しい。

「あっ、ボチボチ出よう! 時間ヤバいよ」
 突然チカちゃんが携帯を見て、慌てて立ち上がった。おしゃべりしてると時間の経つのが速い。
私も携帯を見ると、もう19時近かった。急いで会計を済ませて店を出、近鉄奈良駅とJR奈良駅の
間に伸びる三条通を半ば走るように目指す。その通りにある豆菓子の銘店で、部活用のお土産を買う
予定なのだ。女バスの分だけでなく、陸上部の分もハムたんと私に任されているので、
一緒に買ってしまうことにする。
 豆菓子屋はN高生で混み合っていたが、負けずに試食をしながら、部活の分と、家と曽根家用に、
お菓子というよりは酒のつまみっぽい小袋を2種類ずつ買った。先に会計を済ませ、店の外の石畳で
同行者の会計を待つ。
 部活の分を買ってしまえば、お土産的には大体安心だ。あとのノルマは、祖母からのリクエスト、
京都の七味とうがらしだけ。今夜はもう焦らずに、みんなについて回ってゆっくり見るだけにして、
どうしても気になるものがあったら検討するくらいでいいかなあ……と、お財布の中身を
思い浮かべながら考えていると、
「お待たせえー」
チカちゃんが店から出てきて、メンバーが揃った。
「次、どっか行きたい店のあるひとー!」
 ミミがそう言い、チカちゃんの連れの一人が、はぁい、手を上げ掛けた時、チカちゃんが、
私の背後を見て、驚いた顔をして、

「あれっ、中西さんたちと渡瀬、一緒だったの?」

―――え。
 どういうこと?
 渡瀬は先約があって、チカちゃんの誘いには乗らなかったって……

 振り向くと本当に彼がいて、その周囲には、中西始め4人の7組の女子たちがいた。おそらく
中西と同班の子たちなのだろう。

 中西は、呼びかけたチカちゃんには目を向けず、私に向かって見下したような笑いを浮かべて
―――多分私は、顔が強張るのを堪えきれてない。
「そ。買い物の荷物持ちしてもらってんの」
 言われてみれば、彼はレジ袋や紙袋を山ほど持たされている。女の子に囲まれ、
かなりしょっぱい苦笑を浮かべながら。
 チカちゃんがまた驚いた声で、
「渡瀬の約束って、中西さんたちとだったんだ?」


                           
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