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 部活が終わっても結構な雨が降り続いていた。その雨の中でも寄れる場所というと限られていて
(さすがにこんな日は徒歩通学だし)結局いつも女バスで使っている、ファストフードの
ハンバーガー店に落ち着いた。田舎の高校生の行動範囲なんて、たかが知れている。私は例によって
100%のオレンジジュースのみだが、彼はハンバーガーを注文した。
 いつもの店なのに、隅っこの4人掛けの席に向かい合わせに座ると、なんだか少し緊張した。ホントに
いいのかな、こんな学校の近くの、人の多い店で堂々と会ったりして? 微妙にお尻が落ち着かない。
だが、彼の方は全く気にならないようで、いただきますっ、と小さくハンバーガーを拝んだ後、
ガバッとかぶりつき、幸せそうに飲み込んだ。
 それから、ふと私に目を向け、
「お前ってさ、部活の後に女バスのヤツらとかとこういう店に来ても、そうやって飲み物だけなわけ?」
今更後ろめたそうに訊いた。
「そうだよ、夕飯ちゃんと食べなきゃだからね」
 同じ量のカロリーを摂るならば、ジャンクフードより、祖母の作るバランスの取れた食事をきっちり
摂った方が良いに決まってる。
「黒田とかミミ姐とか、他の部員は何か食べるんだろ? 女子ばっかっつったって」
「そりゃそうだよ。部活の後でお腹空いてるし、カロリー補給しなきゃ」
「それ言うなら、早乙女だって補給しなきゃだろうが」
「もちろん。でも、帰れば正しい夕飯が待ってるわけだしさ。ジャンクフードは出来るだけ我慢して、
そっちいっぱい食べるようにしないと」
 我慢してるったって、私の1日の摂取カロリーは少ない日でも合計3000キロカロリー位も
あるらしいんだから(らしいってのは、祖母に任せっきりだからで)間食しなくても
充分足りてるはずなのだ。
 彼は食べかけのハンバーガーを持ったまま、突然がっくりとうなだれて。
「えれえなー、つくづく。改めて尊敬するよ」
「えっ? 尊敬って、私を?」
 驚いて自分を指さすと、彼はこくんと頷いた。
「競技のために、そこまでストイックになれるってのは、尊敬に値する」
 ええー、尊敬されるほどのことか? だって、あくまで自分自身のためじゃないか。せっかく貧血も
治したことだし、食生活のせいで調子を崩すのは絶対に避けたい。特に今は大事な上位大会も控えている
わけだし、しかも修学旅行の4日間は運動量減の上、ついつい頻繁に間食してしまったので、
微妙に体重が増えちゃったし……
「我慢ったって、必ずジュースは飲むんだし、ちょこっとポテトつまませてもらったりはするよ?」
「それにしたってさ、周りが食ってんのに、よく辛抱できるってえ。見習って、俺もちっとは我慢
するべき? こんなんより、家のメシいっぱい食った方が体にいいに決まってるよなあ」
 渡瀬は食べかけのハンバーガーをじっと見つめた。え、残す気だろうか?
「ンなこと言うけど、渡瀬、高校入ってから全然太ってないでしょ。むしろ、痩せたんじゃない?」
 2年になってから、とみに顎の線やらお尻の線がシャープになってきたような気がするのだが。
「痩せちゃあいねえよ、1年で5キロ増えてるからな。身長も3センチ伸びてるけど」
 彼は顔の前に、5本と3本、指を立てた。
「じゃあ締まったんだ。少なくとも太ったようには見えないよ」
「そうか? ならいいけどな、筋トレの成果が出てるってこと?」
 冬の硬式野球部は、特に大雪の日は、筋トレをはじめとした基礎練と雪かき三昧だったようだ。
グラウンドばかりではなく、近隣のお年寄りの家などのボランティアもするから、雪かきだけでかなりの
運動量だったろう。それプラス、彼は個人練でキャッチャーの宿命である腰痛予防トレーニングを
毎日の昼連で続けているから(もちろん田沢マネージャーが香誉ちゃんに相談して作ったメニューだ)
その効果も出ているはずで。
「うん、きっとそうだよ。つまり、摂取カロリーに見合うだけの代謝率はあるってことなんだからさ、
ちょっとくらいの間食は大丈夫だってこと」
「うん、でもさ……」
 まだ彼はじっとハンバーガーを睨みつけている。
「美容的な観点からも、ちょっとは控えた方がいいんじゃないかとは、思うわけ」
 ぶはっ。美容なんて言葉が、彼の口から出るとは驚きだ。
「はぁ? 体脂肪率とか、問題ないんでしょ?」
「そりゃ全然無いけど……でもなぁ、今日は練習量少なかったわけだしな。それにさ、幾らかでも
細い方が見栄え良かったり……しない?」
 彼は空いてる方の手で丸いほっぺたを押さえながら、私の顔を見た。
 うわー意外だ。そんなに見栄えを気にしてたとは。
「見栄えなんてフツーに身だしなみ良くしてりゃ、それでいいじゃんよ。今一番大切なのは、
毎日しっかり練習できる体調を維持することと、野球のための身体作りでしょ? 違う?」
 彼が痩せる必要など無いと本気で思うので、嫌味なほどの正論を吐いてみた……が、我ながら、
前科持ちのお前がソレ言うか、って感じだよなあ。

 本当に言いたかったのは、彼の体格、私は嫌いじゃないよってことで。安心して寄りかかれる感じが
するから。このまま鍛え続けていくと順調にマッチョ方面に行っちゃうのかもしれないが―――男子の
筋肉好きだから、ま、それはそれで。

「それにさあ、そうやって食べかけをいつまでも見せつけられてるのも、結構つらいんだからね?」
 あ、ごめん、と、彼は慌ててハンバーガーに再びかぶりついた。
 そうそう、そうやって思い切りよく食べてしまえばいいのだ。どーせ彼の代謝率だったら、
ハンバーガーの1個くらいあっという間に消費してしまうんだろうし。

 丸っこく見える彼だが、それは顔が丸いからであって、むしろ体の方はがっちりと四角い。
触れてみれば解るが(とは言っても、私が知っているのは服越しのみなわけだが)彼の身体を
覆っているのは脂肪ではなく、太くて分厚い筋肉だ。高校に入ってからは、全体的に締まって
きているし、骨格も四角ばってきているから、中学時の彼のイメージがプーさん程度だとしたら、
今はヒグマくらいに出世してるかもしれない。

 突然、ぞくり、と身体の奥から衝動が沸いてきた。
 彼の体の感触を思い出したからだ。
 分厚い肩に寄りかかりたい。背中を力一杯抱きしめて、体温と質量を感じたい。
 それから……
 ハンバーガーの油でてらりと光っている、ふっくらとした唇に視線が吸い寄せられ―――

 ふう、と下を向いてこっそり息を吐き、衝動を逃がした。
 今日は無理だろう。雨だし、徒歩だし、触れることすら難しい。
 それに今日はまず、話すべきことをきっちり話すのが最優先だ。

 と、一生懸命ハンバーガーを咀嚼していた彼が
「んっ! んむむっ」
と、くぐもった声を上げ、私の背後にいきなり手を振った。
 何事、と振り向くと―――げっ、チカちゃんとミミ! 
 いつの間にかふたりが店の入り口にいて、イヤ〜な感じの笑顔でこちらを見ている。
 彼は口中のブツを慌てて飲み下し、
「わお、偶然だなあ。こっち呼ぶか。一緒の方がいいだろ?」
「え……」
 違―うっ、偶然ではない! 彼女らは我々を見物にきたのだ!!
 つい先程のことだが、女バスの練習後にチカちゃんにお茶に誘われてしまい、何と言い訳して
断ろうかとあたふたしていると、ミミが首をつっこんできて……もちろんミミは、休み時間に彼が
クラスまで来て私を下校に誘ったのを鑑賞していたから、
「ちっちっ、今日のヒミは駄目だよーん。渡瀬くんと帰るんだからさぁー」
と、思いっきりバラしてくれたのだ。だからふたりは、わざわざ我々を捜してこの店に
たどり着いたに違いない。
 しかし、そう説明する間もなく、彼は頭の上に手を上げて、彼女らを手招きしてしまっていた。
チカちゃんとミミは、その手招きに顔を見合わせたが、結局注文カウンターなんか見向きもせず、
こちらにいそいそとやってきた。

……あーあーあーー。

 テーブル脇に立ったミミが、彼と私を交互に見て、
「どーもどーも、奇遇ですねえ」
と、調子よく言った。



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