lavneder4-5

―――そうか。

 胸の中がひやりと冷たくなった。

 彼の表情は、喜んでいるものには全く見えない。
 むしろ、拒絶の表情にも見える。

―――そうか、嫌か。
 そうだよね、たかがキスまでの関係の彼女に、家族に紹介したい、だなんて言われたら重たいよね。
紹介されること自体ウザイだろうし、一旦会っちゃえば常に家族の存在が気になっちゃうだろうし、
“将来”とかいう重たいモンもそこはかとなくチラついちゃうし、なにより別れにくくなっちゃう……

「嫌だったら、断っていいってば」
 何とか、口元に笑みのようなものを浮かべた……つもり。
「忙しくて無理って、これまで通りごまかし続けるから、断っていいよ」

 わかってる。彼に悪気は無いのだ。むしろ優しさであると、考えられないこともないんだから。
少なくともお互い競技最優先である現在、これ以上の深い関係になるべきじゃないという考え方は、
ある意味、理性的で合理的だろう。
 それはわかるから、だから私も、
「どうして会ってくれないの? 真剣につきあう気がないわけ?」
なんて決して尋き返したりしない。そのくらいの分別はある。

―――でも、胸が苦しい。

「いや、ごめん。そうじゃないんだ。嫌だなんてことはないんだけど」
 彼は、気付けのようにウーロン茶の溶けかけた氷を一口含んで、ボリボリと囓って飲み込んでから、
「いずれ、とは覚悟してたんだけど、急だから」
はあー、と長く息を吐き。
「バレてるという事実に、まずビビったし。ま、カミングアウトしちゃったから、どのみち時間の問題
だったろうけどな。お前ん家は特に。昨日、修学旅行から帰ってすぐ話したのか? それとも
香誉先生ルート?」
 あ、そうか、バレたことすらも伝えてなかったんだ。つくづく話すべきことを全然話せてない。
「ううん、昨日今日の話じゃなくてさ、すでに正月のスノボの時に」
「げっ、そんな前から!?」
「弟に勘づかれちゃって」
「あっ! そっかあ、お前の弟、俺のこと知ってるもんなあ」
「く、口止めはしといたから、ゴリゴリと」
「そーだなー、中学でまで話題にされんのはちょっと勘弁だよなあ……あ、ってか」
 彼は坊主頭をくるりと撫でると、急に真顔になった。
「そんなら俺、もっと早く、お前ん家に挨拶に行くべきだったんじゃねーのか?」
 そしてちょっと怒ったような口調で。
「バレたならバレたって、すぐ言えよなー。親同士が顔見知りなんだから、いつまでも黙ってたら
やべーだろ?」

―――えっと?
 つまりこれは?

「あの、つまり……来てくれるって……こと?」
 彼はゆっくり頷いて、私の目をまっすぐに見て。
「もちろん伺いますよ? 俺、行かないなんて、言った?」
 まだ緊張した表情ではあったけど、きっぱりと言った。

「ありがと……」

―――来てくれるんだ。
 なんか、すごく嬉しい。
 切ないくらい。

「礼言うようなことか……って、え、なんで泣きそうなの?」
 彼が慌てて私の顔を覗き込んだ。
 苦しかった胸が急激に楽になり、あやうく涙腺まで緩みそうになった。自覚していた以上に緊張して
いたようだ。
「う、ううん、全然そんなことないよ?」
 ぐっと下腹に力を入れて、涙腺を締めつつ笑って見せる。ここで泣いちゃったりしたら、彼に迷惑だし、
野次馬ガールズのいいネタになっちまう。
 そうか? ならいいけどさ、と彼は首を傾げたが、しかしまだ緊張した面持ちのまま、
「でもさ、俺は光栄なばかりだけど、早乙女はいいのかよ。俺なんぞを彼氏として家族に
紹介しちゃって?」
……なんぞ?
 ピシッ、と彼の台詞が、和らぎかけた心の隅っこを弾いた。隅っことはいえども、足の指を敷居に
ぶつけた時のようにズッキーンと響く箇所。
「早乙女と俺じゃ、客観的に見て、かなり不釣り合いだも……って、え、どした?」
 顔が強張るのを止めることができない。こめかみがピクリと引きつった。それを彼も見て取ったのか、
言葉途中で微妙に身を引き、反射的になのだろうが腕を胸の前に上げて微妙に防御の姿勢を取った。
「俺なんぞとか、不釣り合いとかぬかすんじゃないって、何度も言ってるでしょ?」
 つきあう前からだが、彼はこういう自分を貶めるような事を、時々言う。そのたびに私は腹が立つし、
泣きたくなる。

 私はこんなに彼が好きなのに。
 欠点だって知ってるけど、でも尊敬できる部分もたくさんあるし、何より、私にとって、これほどに
無くてはならない人なのに。
 私は、彼の前では、ただの恋する女の子でいたいのに。
 
「渡瀬が自分を卑下すると、そのたびに、私のセンスを貶してるってことにもなるんだからね?」
「は?」
「だから、私の男を見る目が無いってことになるでしょ?」

 こんな言い方しかできないけど、私は彼が傍にいてくれることを、心から感謝しているのに……

「おおう、なるほど、そういう理屈も成り立つかー」
 彼はこくこくと何度も頷いた。
 けっ、そんなとこで感心できる立場かっ。
「私がいいっつってんだから、いいのっ。変な謙遜すんじゃないッ」
 はあい、と彼は小さく答えて肩をすくめた。
「堂々と胸張って来ていいんだからねっ」
「心がけます……とは言っても、緊張はするぜぇ」
「んー……まあねえ、そりゃするよねえ」
 するなと言う方が無理だろうな。立場が逆だとしても、バリバリに緊張して石になるだろう。
 彼はやっと少し笑って、テーブルに頬杖をついて私の方に顔を寄せ、小声で、
「普通でも緊張するシチュエーションなのにさあ、森島有人に会うと思うと、余計にな」
「あっ!」
 ヤバっ、それもあったか!
「何? あっ、って」
「いや、何でもない……」
 そっか、渡瀬に森島の正体を教えてしまったことを、まだ森島本人に言ってなかった。実際会わせる
前に、言っておかなきゃならないだろうなあ……怒られるかなあ。怒られるだろうなあ。
 父のふくれっ面を思い浮かべて少々憂鬱になってしまったのだが、彼は、
「なあ、サイン頼んでもいいと思う?」
と、ちょっと恥ずかしそうに訊いた。

 

 Xデー(渡瀬がうちに来る日だ)は、野球部の北信越大会が始まる前週の土曜日とアッサリ決まった。
初回はお茶程度が望ましいのだろうが、やはり夕食を食べに来てもらうことになった。だって夜しか時間が
取れないんだもんなあ。いきなりディープで、彼には申し訳ないが。
 日程が、思いの他早くなったのは、彼が「後顧の憂いなく、試合に臨みたい」と希望したからだ。
それは良く解る……解るけど、この会食によって、ますます憂いが増えないとも限らないんじゃ
ないかなあ? 心配。

 森島有人の件は、心配したより全然アッサリと済んだ。森島本人に―――父に、実は彼が森島の
大ファンで、黙っているのが苦しくなってしまい、正体を話してしまったんだ、という旨をおそるおそる
伝えた。すると父は、何か言いたそうに眉をひそめ、口を少し開いたが、結局咎めるようなことは全く
口にせず、うん、了解。彼にはしっかり口止めしといてね。と言っただけだった。
 あまりに簡単に済んで、拍子抜けした。
 きっと、約束破ったなー、とか、今は秘密を守ってくれても、別れた後にバラされたらどーすんだ等々、
ぐちぐち言われるんじゃないかと思ってたんだが。
 まあ、そんなこと言われても私としては「渡瀬はそういうヤツじゃない」と言い張ることしか
出来なかったんだけど。

 ところで、その会食のメニューは、両親の得意料理である(料理と言えればだが)庭でのバーベキューと
決まった。座って顔つきあわせてご飯食べるより、外でワイワイやった方が、彼も緊張しなくて
済むでしょう? というのが母の言い分だ。
 梅雨時に外でバーベキューなんて、雨降ったらどーすんの? と当然の懸念を述べると、母は、
「雨だったら、蔵からテント借りてくるわよ!」
と、やたら張り切っている。
 それにしても蔵のテントって、アレか? イベントや団体見学者のお迎えに使ったりする、
運動会チックなヤツ? そんな大げさなことになったら、彼がますます恐縮しまくるのは
目に見えているんですけど……


 Xデーの直前には、バスケ部の男女合同・追い出し会兼引き継ぎ会があった。例年よりちょっと遅めの
修学旅行後になったのは、男子の大会と修学旅行の日程が詰まっていたからだ。
 女バスの新部長はチカちゃんになった。これは昨年から副部長だったのだから順当なところだし、
彼女しかいないだろうと私は確信していた。リーダーシップ、実力人柄のどこを取っても、適任だ。
2年の副部長はミミになった。1年時からやっていた会計で、実務的な能力に長けていることを証明
しているミミは、チカちゃんとのマッチングという面でも、非常に良い人選だと思う。
 しかし実は事前に、カメちゃん先輩から、私に副部長をやらないかという打診があったのだが、辞退
したのだった。そもそも掛け持ち部員がそんな大事な役職をやるべきではないと思うし、私では1年生を
引っ張れる自信がない―――少なくとも工藤さんに反発されることは目に見えている。だから私は渉外の
ままだ。渉外だって大切な役職ではあるが、もし陸上の方とかぶって練習試合等を欠席することに
なっても(公式戦は万障繰り合わせて出るつもりではいるが)部長・副部長がいないよりはまだマシ
だろう。その旨をカメちゃん先輩とミミ本人に率直に話し、ふたりの了解の上で、人事が決定した。
 そんな人事に関わっているうちに、先輩たちがいよいよ引退してしまい、我々が部活の中心になるのだ
という実感がじわじわ沸いてきて―――いや入学当時から、プレイの面では私を軸にしてやらせてもらって
きたわけだが、それは全くもって大らかな先輩たちのおかげだったわけで。だって、1年生がエース
ってのを快く思わない上級生ってのは、よくある話で。中学1年の頃の3年生がモロにそれだったので、
結構苛められた……のだが、カメちゃん先輩にはその頃からよくかばってもらったものだった。
 中学高校と実質4年間もどっぷりお世話になったカメちゃん先輩も、とうとう引退か、と思うと寂しくて
たまらないし、心細くて、こりゃ追い出し会では泣いてしまうかも……と、思ったのだった……が。

 が。

 追い出し会の時には、修学旅行でのカミングアウトがトビウオかカサゴ並みの尾ひれつきで
3年生の間にも広まっていて、3年生の追い出し会のはずなのにその話題で大盛り上がりに
なってしまったのだった。
 尾ひれの内容ってのがこれがまた、私自身も予想していた、中西と私の渡瀬を巡っての修羅場説や
つかみあい説ばかりでなく、渡瀬が五十嵐くんに殴られたことも路上での大ケンカになっていたりして、
全くもってうんざり。
 砧先輩に至っては、
「岡島先輩ならまだしも、あんな下僕、おとーさんが許しませんよっ」
とかなんとか、涙目でワケのわかんないこと言い出す始末。
 ネタにされたのには参ったが、まあね、変に湿っぽい追い出し会よりは、良かったのかも
しれないけどね。


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