lavender7-2


「あの、わ……じゃなくて、英さんが小学生の時にいた、リトルリーグって地区で一番強かったって
聞いたんですけど、やっぱりその頃から練習、大変だったですか?」
 できる限りさりげなく(のつもり)発したその問いに、ご両親はわずかに笑顔を強張らせた。そして
同時に息子をちらりと見た。
 渡瀬は皿から顔を上げ、ご両親に向かってかすかに首を振った。
 それを見てお母さんが、
「ええ、まあそれなりにね……ところでヒミコさん、今夜はもうお姉ちゃんがいなくて
ごめんなさいねえ」
あからさまに話を逸らした。
「集中講義が始まっちゃったから、大学に戻らないわけにいかなくて」
「戻ってくれて良かったよ」
 ここまで言葉少なだった渡瀬が、口を挟んだ。
「姉貴がいたら、やかましさ5割り増しくらいだからな」
「ははは、それは言えるな」
 お父さんの笑いも、どこかわざとらしい。
 でも……
「私もお会いしたかったですー」
 話を合わせる。
 ここは空気を読んで、合わせとくべきだろう。
「俺は、出来る限り会わせたくないね」
 渡瀬がぶっきらぼうに言って、皆また楽しそうに笑ったけれど……


 そうか―――
 リトルリーグ時代の話は、渡瀬だけではなく、ご両親にとってもタブーなのか。
 私には教えたくないだけなのか、それとも、触れたくないのか?
 どちらにしろ、深刻な出来事があったってことは、間違いないだろう。それが今夜のご両親の態度で
ハッキリした……


 そのまま話題は無難な方向を漂い、ディナーは無事終了した。
デザートのプラムのゼリー(当然手作り)とハーブティーをいただいている時、家電が鳴った。
「はいはい……噂をすれば、お姉ちゃんかしらね?」
と、皿を食洗機にセットしていたお母さんがキッチンの子機を取ったが、
「もしもし……はい渡瀬でございます。あら、まあ、こんばんは、こちらこそお世話になっております。
はい、おります、すぐ代わりますね」
すぐに居間にやってきて、
「お父さん、八王子の鈴木先生からよ」
と、お父さんに子機を渡した。
「お、来週のことかな? ヒミコさん、ちょっと失礼」
 お父さんは電話に出ながら廊下へと出ていった。
「疲れたろ」
 ソファの隣に座っている渡瀬が、小さく訊いた。
「ううん、平気。お腹いっぱいだけどね」
 そう答えると、彼は少しだけ微笑んだ。
 お父さんはすぐに戻ってきて、そして、
「お母さん、お母さん、やっぱり、来週の東京のパーティー、一緒に出席してちょうだいよ」
と、慌てた感じでキッチンに向かって声をかけた。
「あら、やっぱり妻同伴の方がいいみたい?」
「それもあるけど、女手が欲しいっていうのもあるようだね」
「あたしは半分行くつもりでいたから、スケジュール空けておいたけど」
「そう、助かるよ。じゃ、出れるって返事しちゃうからね」
「いいわよー」
 お父さんは再び電話と話しながら廊下に出、お母さんはエプロンで手を拭きながら居間に戻ってきて、
息子の顔をのぞき込み、
「ひと晩、ひとりでお留守番になるけど、大丈夫?」
「なんだよそれ、ひと晩くらい平気に決まってんだろ、小学生か俺は」
 渡瀬は不機嫌そうに答えた。
「だってスイカ食べ過ぎるかもしれないじゃない?」
 ゼリーを噴きそうになった。
「食べすぎねーよッ!」
 渡瀬一家の会話から得た断片的な情報から推察するに、パーティーというのはお父さんが修行時代に
お世話になった東京の偉い弁護士先生の、開業50周年記念のお祝いらしい(50周年ってすごいよな! 
そのセンセイ、おいくつなんだろう)。それにお父さんとお母さんが出席するのだが、会場が当然
東京であるので渡瀬はひと晩お留守番になってしまうという話で。
「カレーでも作っていくね」
「いいよ、テキトーに自分で作る」
「あんたがテキトーに作ると、全く計画性無く食材を消費するから嫌なんだよなあ」
「んなら、何使っていいのか、悪いのか、書いてけよ」
 その場では口に出さなかったが……渡瀬は料理できるんだろうか……まあ、できるんだろうなあ、
きっと私より上手いんだろうなあ……でも、夕飯はウチに食べにきてもらうという手もあるなあと、
こっそり考えていた。

 

 自転車だから平気だと断ったのだが、渡瀬は家まで送るときかなかった。
 そりゃまあ本音では、送ってくれるってのはとても嬉しい。しかし今さっき、送ると強弁したはずの
彼は、先に立って自転車を通常ペースで……ゆっくり漕ぐこともなく、並べて走ることもなく、もちろん
引いて歩くこともなく、スイスイとウチに向かっているだけ。
 なあんだ、マジで送ってくれるだけかよう。プチデートじゃないのかあ。ふたりきりになったの、
本当に久しぶりなのにい。って、えーと……うわ、1月半ぶりくらいか。はー。
 全くもう、いつものこととはいえ、これじゃ進展しないのも無理ないってもんよ。

 ……というか。
 前を行く背中が、珍しく気むずかしげに見えるのは気のせいだろうか? なーんか話しかけるのが
はばかられる雰囲気。

 もしかして私、今夜、何かやらかしちゃったかな? 変なこと言っちゃったりとか? すると、やっぱ
アレかなあ、リトルリーグについて振っちゃったこと? それとも服装がやっぱりイマイチだったとか? 
 うわ、そんなんで機嫌悪いんだったらどうしよう?

 一気に心配になっちゃったところで、ウチが近づいてきた……が、渡瀬はそのまま表玄関には
向かわず、裏道に入っていった。ってことは、おやすみのキスすらしたくないってほど不機嫌なわけじゃ
ない……のかな?
 渡瀬は裏門の数メートル手前の、街灯と門灯の中間の暗がりで自転車を停めた。私も続けて自転車を
飛び降り、彼が口を開くより早く、
「渡瀬っ、私、なんかやらかした?」
「へ?」
「ご両親の気に障りそうなこととか、言っちゃった?」
「はあ?」
「それとも、このワンピ、やっぱ場違いだった? あ、それとももっとお手伝いするべきだったかな、
食洗機に甘えずにお皿洗いもすべきだった?」
 立て板に水すぎただろうか、彼の目が点になった。
「ちょ、何意味不明なこと言ってんの?」
「思い返すと、今夜、いろいろ細かくやらかしちゃったかなって……」
 やらかしてしまったとしたら、速攻でフォロー入れとくにこしたことはないだろう。だってこの田舎の
狭い世間で、彼氏のご両親に嫌われるってのは、相当つらいぞぉ〜。
「いやいやいや全然全然」
 渡瀬は濡れた犬のようにぶるぶるっと首を振った。
「大丈夫だって。ってかむしろ、お前の外面に感動した」
「外面に感動?」
 なんじゃそら!
「さすが老舗のお嬢様だなあって感じ? 日頃はあんなに無愛想でがさつなのに、いざとなるとこんなに
社交的に女らしく振る舞えるんだあ、やっぱお育ちが違うなあ、みたいな?」
「えっとぉ……」
 それって。
「褒めてるの、けなしてるの?」
「褒めてるつもりですが」
「ふーん?」
 そうなのか? なんだか釈然としないが……まあ今はそれはおいとくとして。
 それじゃ、今夜何かやらかしてしまったってわけじゃないとしたら……それなら、何だろう……あ、
もしかしてアレか!?
「あ、あのさ、田沢くんに謝られた!?」
「はあ? 田沢? なんでここで突然田沢?」
 再び彼の目が点になった。
 夏大の決勝戦、彼がタイムリーを打った際、バックネット席にいた私は、感動のあまり隣にいた
田沢氏と肩を組んで喜びを分かち合ってしまったのだった。肩を組む=厳密に言えば、彼氏以外の男子と
スキンシップしちゃったってことになるわけなんだが、私としてはそんなのどーってことないっしょー、
渡瀬だって全然気にしないだろうよー、と思ったのだが、田沢氏がやけに心配して、一応渡瀬に
謝っておけと言ってたんだっけ。
 どーってことないと思っているからすっかり忘れてしまっていたが、もしかして、
密かに気にしていたりして……?
「……ああ、そういえば田沢、何か言ってたなあ」
説明すると彼は何やら思い出したらしく、こくこくと2,3度頷き、
「他意は全く無かったので、今回は勘弁してくれ、以後は重々気をつけるとか何とか、しかめっつらしく」
 田沢氏らしー謝り方だな!
 ってか、今はそこじゃなくて。
「んで、実は渡瀬、怒ってるとか?」
「怒るか、ンなことで! そこまで了見狭くねーよ」
 彼はやっと笑ってくれ、私は少しホッとした。
 しかし、コレでもないとしたら、彼の不機嫌の原因が思い当たらない。
「じゃ、なんで機嫌悪いの?」
「え、機嫌悪くなんてないぜ?」
「だって自転車乗りながら、ずっと黙ってたじゃない」
「ああ……」
 彼は額を掌で拭い、
「ちょっと考え事してた」



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