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「同じようなことを考えてるもんだね」

 晃は苦笑して言った。

 そして、ジーンズの後ろポケットから、紺色の小さなビロードのケースを出した。

 

「今年のクリスマスは、一緒にペアのアクセサリーを買わない?」

 電話で、美誉子が晃にそう提案したのは12月の初旬だった。

「いいね、お互いプレゼントしあう形にすればいいよね」

 晃もすぐに同意したが、実際ふたりが、美誉子お気に入りのN岡市内のシルバーアクセサリーの店に

出かけられたのは、クリスマスまで数日に迫った頃だった。若手デザイナーが手作りした一点物の品を、

こぢんまりと展開している店である。

「これ、どう?」

 美誉子が指したのは、ガラスケースにディスプレイされた。シンプルなクロスのペア・ネックレス

だった。男性用の方は革ひもにクロスが組み合わされた、チョーカータイプ。女性用は細いチェーンに、

一回り小さなクロス。どちらにしろ、つや消しの上、スクエアなデザインのクロスなので、いたって

シンプルで地味。

 美誉子はガラスケースを覗き込む晃の横顔に、

「クリスマスでもないとさ、気恥ずかしくてペアのアクセサリーなんて着けられないからさ、

この機会にどうかなって」

「恥ずかしいの?」晃は首を傾げて、美誉子を見た。「俺は別に平気だけどなあ。ペアルックだって

どんと来いだけど」

「フツーは」美誉子は溜息を吐いて。「男性のが、嫌がるもんなんだけどな……で、どう思う?

このクロス」

「いいんじゃない」晃はネックレスに視線を戻し、頷いて。「シンプルだから、クリスマスじゃなくても

着けられそう」

「うん、でしょ」

「でもさ」

 晃はちょっとだけ眉を潜めて。

「俺はいいけどさ。美誉さん的には、もうちょっと女の子っぽいのでなくていいの?」

「いいの! シンプルなところが気に入ったんだから。ラブリーなペア・アクセサリーなんて、

余計に恥ずかしいじゃんっ」

「そう? 俺は平気だよ」

 また美誉子は溜息を吐いた。

 何はともあれ、ふたりはそれを購入することに決めたのだが、支払いの段階でまたちょっと揉めた。

「俺が女性用の方買わないと、プレゼントにならないでしょ?」

 晃は唇を尖らせて、美誉子がバッグから出した財布を押さえた。

「でも、女性用のが、5千円も高いんだよ?」 

 美誉子も負けずに、その手を押し返す。

 女性用はチェーンがプラチナのため、男性用より大分値段が張る。

「一応私、安月給とはいえ働いているわけだし、金一封だけどボーナスも出たし、多く出させてよ。

高い方を私が着けるんだしさ」

「それ言うんなら、俺だって全くバイトできてないわけじゃないんだから、クリスマスくらい気持ちよく

プレゼントさせてよ」

 晃は修士課程に進んで以降、多忙のため、大学入学以来続けていた宅配屋のバイトは辞めていたが、

大学の斡旋で高校生の家庭教師を週に2回だけやっている。

 晃としては、就職してからの美誉子は何かにつけ、

「私は働いてるんだから」

と言って、晃に奢ることを一切させなくなったのが、非常に気に入らない。貧乏で多忙な理系の院生で

あることは事実だが、美誉子の頑なな思いやりが、晃の部分的に山より高いプライドを、

いたく傷つけている。

 ふたりは、アクセサリー・ショップのヒゲ面の作家兼店長をそわそわさせてしまうほど揉めたが、

2本のネックレスの合計金額をきっちり割り勘することでなんとか合意した。

 

 イニシャルを入れてもらったため、ネックレスが仕上がったのは、クリスマス・イヴ当日だった。

たまたま土曜に当たったため、その晩は近隣に住む友人たちと、晃の蔵座敷でパーティーをすることが

1ヶ月以上も前から決まっていた。

 美誉子は仕事帰りに銀細工店に寄って、ネックレスを受け取ってから帰宅した。それから山田誉の

四合瓶と、義姉が用意していてくれたバジルのパスタ・ソースを持って、雪のちらつく中、徒歩で……

当然飲むので……早乙女家に向かった。持ち寄りパーティーなので、ソースを持参し、パスタは晃の

ところでゆでるつもりだ。

 集合時間より1時間早く美誉子が早乙女家に到着すると、晃は蔵座敷のリビングに掃除機をかけていた。

「Merry Christmas」

 美誉子の顔を見ると、晃は掃除機を止め、ネイティヴな発音でそう言って、笑った。

「メリー・クリスマス」

 美誉子はコートを脱ぎながらベタな日本語で微笑み返した。

 ネックレスを買った帰り道は、さすがに多少険悪な雰囲気であったが、その後はふたりとも支払いで

揉めたことなど忘れたように―――忘れたふりをしているだけかもしれないが―――いつも通りに

接していた。

「出来上がってきたよ」

 美誉子は早速立ったまま、ネックレスを小さな紙袋から出した。まだ空っぽのテーブルの上で、

クリスマス仕様の黒地に銀ストライプのラッピングを開けると、2つの黒ビロードの細長いケースが

現れた。中にはそれぞれ裏面に「K」「M」と飾り文字で彫られたクロスのネックレス。

 お互いの首にそれぞれのネックレスを着けあった。

「晃さん、ネックレスに合うように、今日はそのセーターなの?首寒くない?」

 美誉子は屈んだ晃の首に黒の革ひもを回しながら訊いた。

 晃はVネックの白のセーターを着ていて、鎖骨のくぼみのあたりまで素肌が見えている。

「そういう美誉さんこそ」

「まあねー、ちょっと寒いけど」

 美誉子も仕事中はいつものジャージだったが、帰宅時に着替え、今は、襟ぐりの深いカットソーに、

ダンガリーのチュニックを第2ボタンまで外して重ねているので、クロスは胸元の素肌の上にひんやりと

垂れている。

 ふたりは改めて向き合い、お互いを眺めた。

「似合ってる」

「こういうデザインは、晃さんのがバッチリじゃないかな」

「そんなことないよ、美誉さんも清楚な感じでいいよ」

 ふたりは、照れたように笑みを交わした。

 それから美誉子は急にそわそわしだし、

「どうしよっか、せっかく着けたけど、みんな来るまでに外しとく?」

「えっ、いいじゃん、せっかくクリスマスに間に合ったんだから、着けとこうよ」

「見せつけるみたいじゃない?」

「そんなことないよ、このくらいだったら、みんなペアだって気づかないかもよ」

と、晃は右手の人差し指で、美誉子の胸元のクロスに触れた。

 美誉子はその手を見下ろし。

「うん……そうかな。ま、いっか。クリスマスだしね。許してもらおう……んじゃ、それならさ」

 妙に言いよどんでから、チュニックのポケットを探り、ネックレスと揃いの黒のアクセサリ・ケースを

出した。コロンとしたサイコロのような直方体の。

「え?」

 目を丸くした晃に、美誉子はケースの蓋を開け、中身を見せた。

 ケースに収まっていたのは、ネックレスと同じデザインのクロスのピアス。但し片方だけ。

「恥ずかしくないなら、これも着けて」

「美誉さん、これ……」

 晃は美誉子を睨みつけるように眉を潜めた。

「晃さんに似合いそうだと思ってさ、さっきネックレス取りに行った時に衝動買いしちゃって

……あ、片方は私が着けてるんだよ。私も欲しかったから……」

 ロングヘアを掻き上げると、左耳にシルバーの輝き。

「それなら、これも割り勘にしなきゃじゃん」

 晃が唇を尖らせて言った。

「そうじゃなくって」美誉子は慌てて「これは晃さんをびっくりさせようと思って……」と言ってから、

少しうつむいて。

「また怒らせちゃった?」

「……まさか」

 晃は苦笑すると、ケースからピアスを取り、鏡も見ずに左耳に着けた。

「どう?」

「うん」美誉子はほっとして晃を見上げ。「すっごい良く似合う」

「だろうなあ、俺ってこういうの、やたら似合っちゃうんだよね」

「自分で言うか」

 美誉子は吹き出したが、実際、晃の白い肌と繊細な輪郭、耳を半ば覆うほど伸びた栗色の髪に、

ユニセックスなデザインのピアスは良く似合っていた。

「ありがとう」

 晃は少しだけ身をかがめ、美誉子の額に唇を当てた。

「ううん、似合って良かった」

 美誉子は幸せそうに笑った。

「それにしてもさ」 

 晃は突然肩をすくめて、

「同じようなことを考えてるもんだね」

 苦笑して言った。

 そして、ジーンズの後ろポケットから、小さな紺色のアクセサリ・ケースを出した。美誉子の

手にある、ピアス・ケースと同じくらいの大きさ。

「え、何?」

 驚いて晃を見上げる美誉子に。

「俺からの、サプライズ・プレゼント。開けてみて」

 美誉子は晃の笑顔に促され、おずおずとケースに手を伸ばし……

 その時。

 乱暴に玄関のドアが開けられる音がし、

「ちーっす。雪、ひどくなってきたぜえ。吹雪になるかもー。いくらホワイト・クリスマスに

なるったって、かなわねえなよなあ」

という大声と共に、肩と頭に雪を載せたままリビングに飛び込んできたのは高橋だった。腕には大事そうに

フライド・チキンのパックとワインを抱えている。

「あ、ちょっと早すぎたか、まだ全然用意してねえじゃん……ってか……お邪魔だったかな?」


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