PDで会いましょう 最終回



 一週間経ち。

 二週間経ち。

 夏休みシフトだから忙しくて、歌う暇がないのかもしれない。

 園子はそう自分に言い聞かせた。

 日に何度もメールをチェックした。

 九月に入り。

 三週間経ち。

 四週間経ち。

 欅並木を秋風が揺らすようになった頃。

 園子は行動を起こす決心をした。

 自らの予感に従うことにしたのだ。百瀬との出会いは、ここで終わらせてはいけない、という予感。

 そもそも―――

 婚約者の本性も、婚約する随分前から予感していたのだ。独善的で、暴力的な本性を何度も垣間

見ていた。しかし、自分の気のせいだ、男性にはみんなこういう部分があるんだろうし、きっと仕事で

嫌なことでもあったのだろう、あたしが至らないせいだ……と、自らの予感から目を逸らし続けてきて

しまったから、ここまでこじれてしまった。

 だから。

 つらい思いをする羽目になるかもしれないけど―――

 それでも、また自分の予感から目を逸らし続けて、後悔するよりはいい。

 自分に嘘をつくよりはいい……

 園子は、5週間目の月曜日から、毎夜、百瀬と出会った時間帯に、仙台駅の

ペデストリアン・デッキに通うことにした。

 これってストーカー行為?

 そう考えてしまい、ひるみそうになったりもしたけれど。

 一週間。

 一週間だけ、待ってみよう。

 それで会えなければ……諦める。


   


―――園子が驚くほど早く、再会の時は訪れた。

 火曜日に、歌う百瀬をペデストリアン・デッキで見つけることができた。

 そういえば、最初に彼の歌を聴いたのも火曜日だった、と園子は思い出した。デッキ上の位置も

同じだった。

 今夜も百瀬の回りには大勢の人が足を止めていて、園子はその輪のうしろの方、他の聴衆の陰に

隠れるようにひっそりと立った。

 百瀬は今夜はTシャツの上に、園子がバイクに乗る際に借りたウィンドブレーカーを羽織っていて

……それだけで園子の胸は微かに痛んだ。

 演奏後に百瀬に話さなければならないことを胸の中で反芻し、苦しくなってきても、真っ向から

拒絶されることを想像して足が震えても、それでも百瀬の歌は園子の中に充満した。

 あたしは、この人の歌が、とても好きだ。

 それだけは、確かだ。

 短い五曲ほどのライブだったが、百瀬は様々なタイプの曲を歌った。しっとりとしたバラード、聴衆に

手拍子を取らせるような元気な応援ソング、ノスタルジックなフォーク。歌によって、百瀬の声も微妙に

変化した。囁くような甘い声から、ハードさを感じさせる地声、胸苦しくなるようなシャウト。

 しかし、園子を励ました歌……『モトカレ』は、その晩は歌われなかった。

 短いライブは終わり、百瀬は先月と同じようにぶっきらぼうに挨拶の言葉を述べ、頭を下げた。

 聴衆の輪がほどけ、去っていくのを見計らい、園子は震える足を、座ったままギターを片づける

百瀬の前に運んだ。

 百瀬は顔を上げることすらしなかったけれど、その視線が演奏中から何度か自分の上をかすめるのを

感じていた園子は、すうっと大きく息を吸い、言った。

「……ご連絡、下さらなかったんですね」

 声が微かに震えてしまい、それに自分で予測したより遙かに非難めいた口調になってしまったことにも

驚いて、園子は慌てて言葉をつなげた。

「あ、あの、責めてるわけじゃないんです。百瀬さんだって、こんな年上の女、しかもトラブルを

抱えた女につきまとわれて、さぞかしキモかったでしょうから、それはいいんです」

「それは違います」

 百瀬が顔を上げて鋭く否定の言葉を発したが、園子は自分の言葉を続けた。一度黙ってしまったら、

言えなくなってしまいそうで。

 泣いてしまいそうで。

「でも、今夜はお礼だけ言わせてください。おかげさまで、婚約解消できそうな感じになってきました。

いっぱい励まして頂いてありがとうございました」

 園子は、百瀬と夜景を見たそのすぐ後の週末に、婚約者を紹介した仲人のところに直接出向いた。

 男に殴られ、百瀬の歌を聴いたその晩に、園子は仲人に電話して婚約解消したい旨を伝えてはいた。

しかし、園子の真意は上手く伝わっていなかったらしく、仲人は解消の申し出を幾分お嬢様的な甘えと

迷いだろうと解釈したので、男の方にも園子の本気がいまひとつ伝わっていなかったようなのだ。

 しかし、直接顔を合わせて園子の言い分を聞き、今度こそその真意を汲んだ仲人は、真剣に解消に

向けて動いてくれることになった。

 それから一ヶ月ほど経ち、男は慰謝料だの倍返しだのと言いだしてごねてはいるが、現時点では、

概ね解消出来そうな方向に動いている。お金で解決できるのならば、園子は貯金を全てはたいても

いいとさえ思っている。

 勇気をもって、毅然と、素早く行動できたのは、百瀬のお陰だと園子は思っている。百瀬の歌と、

さりげない優しさが勇気をくれた。そして、次に百瀬に会う時には、少しでも事態を好転させて

おきたい。それを百瀬に報告したいと、そう園子は強く願った。

「……あたし、百瀬さんにつきまとおうなんて、思ってなかったんです。本当に、歌を聴かせて

もらえれば、それで良かったんです。でも、それもご迷惑だったみたいで、申し訳ありませんでした」

 園子は必死に泣くのをこらえていたが、声の震えは隠しきれない。

「もう、つきまとったりしませんから……」

「違うんですってば!」

 今まで聞いた中で、一番強い百瀬の声に、園子はびくっ、と体を震わせ、口ごもった。

 百瀬は苦しげにうつむいた。

「違うんです……俺が、あなたに会うのを躊躇していただけなんです。俺は」

 一瞬間が空き。

「あなたに嘘をついていた。それを、次に会ったら話さなければならない。それが怖かったんです」

 嘘……?

 百瀬は立ち上がった。

 今日の園子はローヒールの靴なので、百瀬の顔を少し見上げる姿勢になった。

 百瀬の表情は冷静だったけれど、目が、悲しげだった。そして微かに怯えているようだった。

 何に怯えてるの?

 何が怖いの?

 嘘って……何?

 百瀬は小さな声で言った。

「あの歌……あなたが好きな『モトカレ』は、俺だけが作った歌じゃありません。詞は、相方が……

東京にいる相方が俺に送りつけてきたものなんです。ヤツの詞なんです」

「……そうなんですか?」

 ああ……

 そうか。

 そうだったんだ。

 園子は『モトカレ』が百瀬のオリジナルだと思いこんでいたが、百瀬の告白に納得できる部分もあった。

 そうか、つまり。

 百瀬の相方は、自分と過ごした東京での5年間を後悔するなと、そして百瀬から離れてしまった自分を

恨んでくれるなと……そういうメッセージをあの歌に込めたのかもしれない。

 でも、それでも……

「すみませんでした、黙っていて」

 百瀬の目には苦しげな光が浮かぶ。

「そんなこと……だって、曲は百瀬さんが作られたものなんでしょう? それならあなたの曲でもある

じゃないですか」

 園子は率直に実感を言った。

「それでも歌詞は俺のものじゃない!」

 しかし、百瀬の声が初めて激した。

「あの男に傷つけられたあなたを励ましたのは、歌詞だったんじゃないんですか? 詞に癒されたんで

しょう? でもあれは俺が作ったものじゃないんです!」

「それでも!」

 ミュージシャンにとって、自分のオリジナルであるかどうかということは、非常に重大な要素なの

だろうということは解っていたが、園子も負けずに声に力を込めた。

「あの晩、多分、あなたが歌ってなければ、あたしはこのデッキの上で足を止めなかった。あなたの声

だから、耳に飛び込んできたんです!」

 負けずに、苦しげに歪む瞳を見つめ返した。

「あの晩、あの歌は、確かに百瀬さんのものでした。あたしを勇気づけてくれたのは、間違いなくあなた

です。あたしが聴きたいのは、百瀬さんが歌う歌です」

 百瀬は、無言で園子を見つめていたが―――ふっとその瞳から力が抜けた。

 その百瀬の無防備な表情に、園子は思い出した。

 そうだ、この人は……大人に見えるけれど、あたしより、三つも年下なんだ。

 いっぱい苦労して、大きな挫折も味わっているけれど……

「……相方の作った詞だと言えなかった俺を、軽蔑したりしませんか?」

 百瀬は、小さな声で訊いた。

 園子は首を振り、

「しません。するわけないです」

きっぱりと言った。

 すると、ふう、と、百瀬は園子の言葉にひとつ大きく息を吐き、

「ああ……良かった」

 力が抜けたように、再び新聞紙に腰を落とした。

「百瀬さん?」

 百瀬は掌で、汗を拭うように顔をひと撫でし、園子を見上げた。

 笑顔で。

「良かった、許してもらえて。なあんだ、あなたの歌じゃなかったの、なんて言われちゃったら、

どうしようかと思ってたんです」

 園子も百瀬の前にしゃがみ、視線を合わせた。

「言うわけないじゃないですか、そんなこと」

 百瀬ははにかんだように視線をそらせ、少しうつむき、小さな声で言った。

「あの夜で、止めようと思ってたんです」

「何を?」

「人前で歌うのを」

「えっ……」

「どうせ今更プロを目指せるわけでもないし、俺が歌い続けていることで、アイツが……相方が、今の

仕事に集中できないのかもしれないと、そう思って、あの晩を最後にしようと思っていたんです。でも」

 百瀬は、微かに笑った。

「あなたが、泣いてくれた」

 あたしが―――

「俺の歌は、まだ人の心を揺らすことができるんだと、あなたがそれを教えてくれた。それなら、

もう少し歌い続けてみようと、そう思いました。だから、礼を言うのは俺の方なんです」

「いえ、あたしは、ただ……」

「あなたは、俺の歌をストレートに、心の深いところで受け止めてくれた。そんなあなたに、あの歌詞は

俺が作ったものじゃないと告げて、がっかりさせちゃうのが怖かったんです。あなたに否定されたら、

俺はまた歌い続けるエネルギーを無くしてしまう。でも、あなたに嘘をつき続けるのも、とてもつらくて。

じっとしてられないくらいに」

 顔が熱い。

 園子は自分の頬が火照ってきているのに気づいた。

 沁みる。百瀬の言葉が。

 声が。

「それで……迷って。賭けてみたんです。ちょうど一ヶ月目の今夜、同じ場所で歌ってみようと。それに

もしあなたが来てくれたら……全てを話そうと」

 そうか、この人の歌を初めて聴いてから、今夜でちょうど一ヶ月なのか……

 百瀬は、園子に向かって、深く頭を下げた。

「すみません、俺、ヘタレで。勇気を出すのに一ヶ月もかかってしまいました」

 園子は何度も首を振った。

「あ、謝らないでください。あたしは……」

 あたしは……

「百瀬さんが、歌うのを止めないでいてくれるだけで、良かったと思います。あたしは、本当に……

百瀬さんの歌が好きなんです。今日、5曲聴かせてもらって、ますます好きになりました」

 園子は火照った頬を掌で隠しながら言った。

「……個人的にアンコールをしていいでしょうか……『モトカレ』を」

 百瀬は顔を上げると、じっと園子の顔を見つめてから答えた。

「ええ、喜んで」

 百瀬は再び新聞紙に座り、ケースにしまいかけていたギターを膝に載せた。

 口元に微かな笑みを浮かばせたままで。

「園子さん」

 名前を呼んだその声は、百瀬の普段の話し声ではなく、歌声に近く。

 その甘さに、園子の頬はますます熱くなった。

 キリリ、とギターをチューニングしなおした百瀬は、まっすぐに園子を見上げる。

 園子もまっすぐに見返す。

「聴いて下さい―――」


 だって 君は

 今 僕の横にいる

 今 僕だけを見てる


 無駄な恋なんて

 ないよ
                                          FIN.



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あとがきのようなもの

このたびも素人小説、しかも突発中編、しかもしかもこっぱずかしいのをお読み頂きまして
誠にありがとうございますm(__)m
書いてる本人も何度も悶絶してしまいましたので、読者様方はさぞかし(゚Д゚)≡゚д゚)、カァー ペッ!!って
感じだったと思いますが、最後までおつきあい頂きまして恐縮です。
なら書くなよって感じですが、おそらく、常日頃シビアなシリーズものをちまちまと書いておりますので、
今回のようなシンプル&ロマンチックなのを無性に書きたくなってしまったのでしょうねえ〜〜
いやもう、ストーリーに合わせたとはいえ、特に歌詞が恥ずかしくてたまりません(*ノノ)キャ

この話、またしても夢で見たネタが元になっております。
夜のペデストリアン・デッキ(仙台とは限りません。むしろ大宮駅っぽかったかなー)を涙ぐみながら
歩いていくゴージャス系のOL。デッキ上で歌うストリートミュージシャン。その歌声にOLは
ふと足を止め……
というトレンディ・ドラマみたいな夢を見たんです。マジで。(我ながらどういう脳してるんだろ_| ̄|○)
おお、これはネタになる、と膨らませたのが今作です。
そして東北シリーズを展開したかったので、強引に仙台に持ってきてみたら、おのずとストーリーが
決まったというわけです。
夢内では、OLは藤原紀○ばりのゴージャスさでしたので、当初の予定では園子嬢はもっとセレブな
お嬢様にするつもりでした。しかし、お嬢様っぽくすると、性格に不自然さが出てきてしまうので、結局
ちょっとお育ちのいいだけの普通の娘さんにしました。予告と少々差違がでたことをお詫び致しますm(__)m

で、このシリーズ、性懲りなく次も考えております(^_^;
自作はどりの故郷・山形を舞台にしたラブコメ『フラワーハットダンスナイト(仮題)』を予定して
おります。
舞台はタイトルで丸わかりなので語りませんが(笑)またOLが主人公になりそうです。もしかしたら
軽く18禁になっちゃうかもしれません。
掲載がいつになるか解りませんが、忘れた頃にやってくる天災のようなシリーズとして、
細長くおつきあい頂ければと存じます。

そして……『樹下』も書いてます。
がんばってるんですが……今しばらくお待ち下さいませm(__;)m

さて、色々滞っておりまして、読者様にはじれったい思いをさせてしまっているかと存じますが、
どうかこれに懲りず、今後ともよろしくお願い致しますm(__)m

不安定な気候が続いておりますが、どうか皆様、お体にお気を付けてお過ごし下さいませ。
そして、婦人科検診、ハガキが来たら行ってみてくださいね(笑)

心からの感謝を込めて。
                                         2007/5/30どり


                                   作品目次