ルビーの指輪


「今日の午後、大教室でこんなもの拾ったんだ」

 信号待ちでマーチが停車している間に、晃は美誉子の掌に指先ほどの

小さな物体を載せた。

「何?」

 小さいけれど、それなりに重量のあるそれを良く見ようと

美誉子は天井のマップライトを点した。大学からの帰途であるが、

今日はふたりともサークル活動があったので、窓の外はとっぷりと暗い。

美誉子の掌の上の物体はライトの光を浴びて、暗がりに慣れた目を射るように燦然と輝いた。

「えっ……」

 美誉子は思わず息を飲んだ。

 赤い石のついた、金の指輪だった。石は決して大きくはないが、丸みを帯びたシンプルなカットで、

血のような赤が美しく映え、4本の爪で細い金のリングに留めつけられている。

「信号変わるよ」

 晃に促され、美誉子は慌ててハンドルに向き直った。指輪は一旦、晃の手に戻した。その晃の手が、

阿吽の呼吸でマップライトを消す。

 休憩を兼ねて、指輪を良く見るために、市街地を抜けたところでコンビニエンス・ストアに寄った。

 運転席から、コンビニの眩しい照明に透かすように、美誉子は指輪を指先でつまみ上げ、

じっくり観察する。

 コーヒーを二人分買って、車に戻ってきた晃に、

「落ちてたの?これが?」

「そうだよ、101大教室。心理学のあと教授に質問して、最後に教室を出ようとしてね、そしたら、

キラッと教室の真ん中辺で光るものがあってさ」

 晃は缶コーヒーのプルタブを開けて、美誉子に渡した。

「目敏いね……ありがとう」

 美誉子は、コーヒーを啜りながらも、指輪から目を離さない。

「填めてみれば?」

 晃がいたずらっぽく。

「え……」

「美誉さんに似合いそうだと思って、拾ったんだ」

「そんな……これ、学生課に届けた方がいいよ」

「え、もしかしてホンモノ?」

 晃は驚きの声を上げた。

「だと思う。重たいし」

「そうなんだぁ、てっきりニセモノかと思ったよ。大学にホンモノは着けてこないんじゃないかと

思ってさ」

「わかんないけどね、多分」

 指輪を晃に返しながら、美誉子は、

「でも、例えニセモノだとしたって、誰かの大事なものかもしれないじゃない。彼氏や家族からの

プレゼントかもしれないしさ」

「そっか、そういうこともあり得るか」

 今度は晃が指輪をじっくりと眺めていたが、

「でも、ちょっと手、貸して」

 にやりとしながら、美誉子のコーヒーを持っていない左手を取った。

「練習させて。いつか指輪を買って上げられる時のために」

「えっ」

 美誉子は驚いて手を引っ込めようとしたが、晃はそれを許さない。

 ルビーの指輪は、左手の薬指にするりと、まるでオーダーメイドのように填った。

「……うわ、ぴったり」

 指輪の填った自分の手を、美誉子はおそるおそると言った感じで見つめた。

 骨張った指が、ルビーの魔力で突然女らしくなったかのように、すんなりと見えた。

「似合うね」

 晃は自分からのプレゼントのように嬉しそうに言った。

「9号ですから……」

 美誉子は遠慮深げに小声で、でもちゃっかりと。

「覚えておくよ」

「ちなみに誕生石はね」

「シトリンとトパーズだろ」

「え」

 美誉子の目が驚きで丸くなる。

「良く知ってるねえ」

「こないだ、新聞で誕生石の記事を見つけてさ、11月だけ覚え込んだ」

 晃はにやにやしながら自分の頭を軽く叩いた。

「美誉さんは、どっちが好きなの?」

「どっちも好きだよ」

「両方欲しいってこと?欲張りだなあ」

「どっちでも良いってことよ!」

 美誉子も笑い出す。

「あ、思い出した」

 更に面白いことを思い出したらしく、美誉子は笑いに拍車をかけながら、


「晃さんの誕生石、2月はアメジストでしょ。紫水晶」

「うん、みたいだね」

「ネットで読んだんだけど、アメジストって悪酔い防止のお守りなんですって。こりゃあ、ぜひ晃さんに

持たせなきゃ、って思って」

 笑いすぎてコーヒーがこぼれそうになり、ホルダーに置いた。

「まだ言うか」

 晃は苦笑する。

 夏休み明けの体育会委員の合宿で、晃は飲み過ぎて……というか飲まされすぎて、大醜態をさらした。

もちろんその場に美誉子はいなかったが、同じ学年・学科に体育会幹部の男子学生がいて、喜び勇んで

知らせてくれたため、その悲惨さは一両日中には美誉子の知るところとなった。悪夢の合宿から

1ヶ月がたつが、晃は未だに焼酎恐怖症である。

 ひとしきり笑ってから、美誉子は名残惜しそうに指輪を外して、晃の手に戻した。掌の上で、

赤い石はコンビニの光を反射し、眩しい輝きを放つ。

「明日までつけてれば?明日一緒に学生課に届けにいこう」

「ううん、やっぱり、誰かの思いがこもってるかもしれない指輪、つけてるのって悪いような

気がするから」

 そう言いながら、エンジンをかける。

「そう?」

 晃は残念そうにジーンズのポケットに指輪を滑り込ませながら、

「ま、いっか、来月の誕生日には俺が指輪をプレゼントすれば」

「え……いいよ、そんなあ、すぐ欲しいなんて、思ってないよ。晃さん、車買うためにバイト代

溜めてるんでしょ、積み立て計画狂っちゃうよ」

「その分バイト増やすから、大丈夫だよ」

 晃は大学入学とほぼ同時期から、地元の宅配便の集配所で仕分けのアルバイトをしている。

「……高価なプレゼントより、晃さんと少しでも一緒にいれた方がいいのに」

 美誉子は小声でそう言い、晃はその美誉子の肩を引き寄せる。

「男のプライドってのもあるんだよ。それに、今指輪填めてた時、美誉さん、とっても幸せそうな

顔してたし」

「そうかなあ……」 美誉子は晃の腕の中で、自分の頬を撫でて、少し顔をしかめ、

「あ、これでいいや」

 と、飲み干した缶コーヒーの缶に手を伸ばした。プルタブをちぎり取り、それを晃の手に載せる。

「これ、填めて」

 そして自分の左手を差し出した。

「えー?」

 晃は明らかに不満そうな声を漏らしたが、

「思いがこもってれば、何でもいいのよ」

 美誉子はますます自分の指を突きつける。

 晃は仕方なく、プルタブの輪に長い薬指を通した。

「ありがと。当面はこれでいいわ」

 美誉子はハンドルに向き直り、シートベルトを締めた。

「さ、帰りますよ」

 晃はまだ不満げな顔をしながらも、美誉子に習い、シートベルトを締めた。

「まったくぅ、そんなゴミ、美誉さんの手には似合わないよ」

「いいのいいの、まさか、大学につけてったりしないから」

「うわ、つけていかないでよね。俺が恥ずかしい」

「大事にしまっとくし」

「げ、しまっとくなよ、捨てなさい」

 プルタブは美誉子の指には緩いので、ハンドルを切るたびにくるくると回る。それを見ているうちに、

晃は何だかおかしくなってきて、笑い出してしまった。

「なんか、子どものままごとみたいなんだけど」

「いーじゃなーい、純朴で」

 美誉子は明るく言い返す。

 晃はちょっと情けない気分ではあったが、それでもなぜかとても楽しかった。(了)


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