最終兵器 1

 
「ったく、来るのはいいけど、もっと早く言えよな。いくら休日ったって、今朝いきなりってのは
ありえねーって」
 数冊ずつ積み重なった古本を更に高く積み重ねながら、三浦はぶつくさと、
「布団敷くスペース作るの大変なんだから」
「悪ィ」
 部屋の隅に体育座りした高橋は、小さくなって肩をすくめた。もちろん高橋も本を片づけるのを
手伝おうと申し出たのだが、分類して積んであるんだから手ェ出すな、とキッパリ断られたのだった。
 文句を言いつつも三浦はテキパキと本を積み重ねていき、ベッドの下にぎりぎり布団一枚分の
スペースを空けると、フローリングワイパーで神経質に床を拭いてから、作りつけのクローゼットから
来客用らしい布団を一組どさっと出した。
「女の子だったら布団出さなくていいのによう」
 三浦がパリッとした白いシーツを広げはじめたのを見て、高橋も慌てて布団のそばににじり寄る。
「この部屋に女の子泊めてんのかあ?」
 シーツの一方を持って伸ばしながら、高橋は古本に占領されている部屋―――窓とベッド以外の
壁面にはビッチリと背の高い本棚が並び、そこに収納しきれない本は床に墓地のように累々と
積まれている―――を見回し、今夜はどうか震度4以上の地震が起きませんように、と口に出さず祈る。
「そこツッこむな」
 三浦は几帳面にシーツを敷布団にたくし込みながら、表情を変えずに言い返した。
 枕にも洗濯して糊までかけてありそうなパリっとしたカバーをかけ、綿毛布と薄手の羽布団を
広げると、三浦は腰を伸ばしながら立ち上がって、
「よし、これで思う存分飲めるな。高橋、潰れる前に自力で布団に入れよ。俺、お前みたいなでっかいの
運べねーからな」
 高橋と三浦では、身長で10センチ弱、体重に至っては15kgほどの差がある。
 高橋は笑い、
「そう簡単に潰れたりしないって」
 飲めばすぐに陽気になる質ではあるが、かなり強い方だという自負はある。
 すると、寝室から居間に出ようとした三浦がいきなり振り向き、
「打ち明け話って悪酔いしないか?」
「えっ……」
 高橋は思わず絶句して足を止めた。
「何か話あるんだろ? わざわざ俺に泊めてくれ、なんて言ってきたってことはさ」
 見上げる三浦は、してやったり、という微笑を浮かべている。
 高橋は今日、T農業大学で行われた農業土壌学会の分科会を聴講してきた。高橋自身は学会員では
ないのだが、今でも大学とつながりを保っているので……実験設備を使わせてもらったり、教授に相談に
行ったり、文献を借りたり……今回は教授に勧められて上京したのだった。
「いや、別に話ってほどの……せっかく東京に来たんだし、休日だし、たまに三浦とサシもいいかなってー」
 高橋は、三浦について居間に移動しつつ、なんとなく汗が滲んだ掌をスラックスの尻で拭った。
 ふふん、と三浦は、更に鼻で嗤い、
「よく言う、学会なんて帰ろうと思えば余裕で帰れる時間に終わるだろうに、それに田植えで忙しい
時期だってのに?」
 その指摘に、高橋はまた居心地悪く首をすくめ、
「いや、コシヒカリの田植えは終わらせてきたし、山田錦は来週だし……」
小さな声でごにょごにょ言い訳した。
三浦は、解りやすいヤツ、と嘲笑うと、この家で唯一の贅沢品らしいイタリア製だという
コージーソファに、床に落ちていたクッションを、ぽんぽん、と叩いて膨らませてから放り上げた。
「高橋が俺に折り入って話なんて珍しいもんな、ゆっくり聞いてやろうじゃないの。でもまずは、シャワー浴びてサッパリしてからな?」


 
 掃除がてら先にシャワーを浴びた三浦が、濡れた髪を拭きながらバスルームを出ると、高橋は
コージーソファに深々と座ってニュース番組を見ていたが、振り返り、
「このソファ、すっげえ座り心地いいなあ」
スエード調のカバーをかけた肘掛けを撫でた。
「いいだろ。なんせ25万もしたからな」
 休日の日中、このソファでビールを飲みながら古いミステリ小説を読むのが、現在の三浦の至福の時だ。
「えっ」高橋はビクリと背筋を伸ばし、「セットじゃなくて、これ1客で?」
「うん。当面セットを置くスペースもなければ、必要になる予定もないし、当然それだけで」
「あー……うん、それは確かに必要無いだろうけど、なるほど」
「納得するポイントが違うだろ、ゴルア、さっさとシャワー浴びてこい」
「はいはい」
 高橋は逃げるようにシャワールームに入っていった。
 三浦はバスタオルを肩に羽織ったままキッチンに立ち、冷蔵庫を開けた。夕飯として、高橋と
待ち合わせた会社の最寄り駅近くで(休日出勤だったのだ)ラーメンを食べてきたのだが、当然酒の肴は
必要なので、まずは帰りがけに近所のスーパーで買ってきたレタスとポテトサラダ、それに冷蔵庫で
瀕死状態だったアスパラガスを軽く塩ゆでにして盛り合わせ、サラダを作った。
「あー、ちっ、そっか、ドレッシング切れてたんだっけ」
 見通しの良い冷蔵庫を覗きながら三浦は舌打ちした。俺、最近独り言多くねーか、と自分にツッコミを
入れつつ、妥協してマヨネーズをサラダに几帳面な渦巻き模様にかける。それから思い立って、
冷凍庫から先週末に冷凍した米飯を出し、電子レンジに入れた。解凍しながらフライパンを温める。
油を敷いたフライパンに卵を割り入れ、強火で半熟にする。そこに素早く温めたご飯を加え、フライパンを
大きく振りながら炒め合わせる。塩こしょう、酒と醤油と中華スープの素を少々、最後にサラダの残りの
レタスをちぎって投入したところで、バスルームのドアが開いた。
「わ、何? 旨そうな匂い」
「チャーハン食えるだろ? 残り飯あったから作ってみた」
「へえ! 三浦、料理できんだ」
 高橋はまだ湯気が上がっていそうな風呂上がり顔で目を丸くした。
「ったりめーだろ、俺が何年一人暮らししてると思ってんだよ……っていっても、サラダと
チャーハンしか作ってねーぞ。あとはさっき買ってきたつまみで足りるだろ」
「うんうん、充分」
 チャーハンを盛りつける肩越しに、高橋が手元を覗き込んだ。
「すげえ、旨そうじゃん。レタスチャーハンかあ」
「すげえって程かよ……ああそっかあ」
 三浦はちらりと高橋を見上げて、ニヤリとし、
「高橋はいかにも料理しなそうだもんな? したことねーだろ、ずっと実家だから」
「うー」
 高橋はいたいところを突かれたというように後ずさりし、
「え、えっと、カレーくらいなら……あ、そだ! 飯は炊けるぜ俺」
「飯くらい誰だって炊けるだろ! 米研いで炊飯器に入れて水張るだけだ」
 ツッコミを入れつつ、使ったばかりのフライパンを手早く洗う。
「いや、かまどで炊ける」
 高橋は突然偉そうに胸を張った。
「おお?……ああ、そっか」
 三浦は、何度か訪れたことのある高橋家の広大な、というか畑と一体化した庭に、煉瓦積みのかまどが
あるのを思い出した。毎年新米の季節には、近所の人たちや直販のお得意様を招いて釜でたっぷりと
炊くのだという。高橋家の米の味を知っている三浦の口中には、想像しただけで唾が沸く
シチュエーションだ。
「なるほどな。うむ、それはちょっとした特技と言ってもいいと思う」
「だろ?」
 高橋はますますふんぞり返った。
「でも、他の料理も少しは出来た方がいいと思うぜ。いくら旨くてもメシだけじゃなあ」
「う、そりゃそうだ……」
 三浦はサラダとチャーハンの皿を持って、高橋の前を通って居間に向かった。
「特にこれから結婚して、実家を出ようってな予定があるんなら、より必要だろ? 嫁さんに出産とか
病気だってあるかもだし、共稼ぎなら尚更」
「えっ……」
 背後で高橋が凍る気配。
「な、なんで、そんなこと……」
 会心の笑みで振り返ると、高橋は引きつった顔で棒立ちになっていた。
「あ、当たった? カマかけてみたんだけど」
「げっ」
「へえ、やっぱそういう話なんだ、今夜のネタって。ふーん」
「そ、そこまで具体的じゃないけどっ」
 明らかに動揺している友人の素直な反応が愉快。
「はいはい、そうスか」
 ソファの対面の床にクッションを敷いて座り込んだ三浦は、バリバリとポテトチップスの袋を開けつつ、
「まずは舌が滑らかになるように一杯やろうぜ、冷蔵庫からビール出してくれよ」
楽しげに言った。


                               NEXT   短中編目次