最終兵器 3
 
―――ごうまん?
 てっきり同意してもらえると確信していた高橋は、意外な言葉でダメだしをされ、
一瞬頭が真っ白になった。
「ご、ごうまん、てアレか、傲慢? 偉そうとか、見下してるとかいう意味の?」
「当たり前だ。他にごうまんと発音する日本語があるのか? 地名とか固有名詞ならあるかも
しれんけどな。俺は寡聞にして知らんが」
 三浦はちびりと酒を啜り、
「大体考えてみろ、お前の考えている幸せは、本当に野沢さんの欲している幸せと同一なのか? 
ちゃんと話し合ってみたことはあるのか?」
「えっ……?」
 何も答えることができない。
 三浦の言葉自体は理解できるが、思ってもみなかった切り口からのツッコミに頭がついていかない。
「まさか高橋」
 三浦は臭うトイレに入ってしまったようにあからさまに顔をしかめ、
「その程度の認識で、君を幸せにするよ! なんつー陳腐な言葉でプロポーズしちまったんじゃ
ねーだろな?」
「し、してねーよっ。てか、プロポーズまでいってないし」
 慌てて首を振ったら、アルコールが効いてきているのか、脳が頭蓋骨のなかでごとごと揺れたような
気がした。
「なんだ、してないのか」
 三浦は気が抜けたように、
「プロポーズすらしてないのに悩んでんのか? んじゃアレじゃん、お袋さんを懐柔できても野沢さんに
断られる可能性もあるわけだ」
「いや……えっと、なんつーかさ」
 高橋は無意味に両手をバタバタさせた。
 確かに、ハッキリとしたプロポーズはしていないのだが。
「か、彼女の状況とか、年齢のことから考えても、結婚を前提につきあってるって認識はあると
思うんだよな、それらしいこと口走っちゃったこともあるし、多分……」
 100%認識されているかと問われれば、自信はないけど……と、高橋は急に不安になる。
 多分かよ、と三浦は苦笑し、
「でもまあそうだろな。とりあえずつきあってみっか、みたいな気楽な状況じゃないだろうからな。
おそらく相当の覚悟はしてるだろう、野沢さんとしても」
「うん、そう願いたい」
 今度は縦に頭を振ったが、やはり脳みそはごとごとした。
「ところでさ三浦、話は戻るんだけど、幸せにしてやりたい、って気持ちが傲慢ってのは……」
 酔っぱらっているせいだろうか、まだ理解しきれない。
「わかんねえか? も少しかみ砕かねえとダメか?」
 三浦はさも面倒くさげにサラダを小皿に取り分けながら、
「んじゃ、高橋は野沢さんをどう幸せにしてやりたいのか、具体的に言ってみな」
 飲んでばっかりいないで食え、と高橋の前にサラダが山盛りになった取り皿が突きつけられた。
「ども……えっとさ、俺的には、さっき言ったようにやっぱ平和で穏やかな家庭ってのが一番彼女を
癒すと思うんだよな。んで、子どもがふたりくらいいて賑やかだともっといいだろ。実家で同居するか
ってのはどっちでもいいけど、できたら一緒に田んぼはやりたいな。農繁期にはウチの田んぼだけじゃ
なくて、野沢さんの実家の方も手伝わなきゃだろうし。もちろん彼女が続けたければ、JAで働き続けて
くれてもいいわけだけど」
 高橋的には、明るくシンプルで蓋然性の高い未来像を、一生懸命考えながら並べてみた。
どうだこれなら文句ないだろう的な、理想的なイマドキの農業家庭像、のつもり。
「あのさあ」
 言ってみな、と言った割には、三浦は高橋の言葉を遮り、
「それってみんな、高橋が望んでる、野沢さんとの幸せだろ?」


 
 高橋は警策で打たれたかのように、背筋をびくんと伸ばした。酔っぱらい気味でとろんとしていた
目が、急に目覚めたかのように見開かれている。
「野沢さんは本当にそれを望んでいるのかよ? 彼女は、子どもはもう欲しくないと思ってるかも
しれない。また東京に出てバリバリ仕事したいと思ってるかもしれない。田んぼの仕事なんて
やってられっかって思ってるかもしれない」
 三浦はまくしたてつつも、

 俺、酔っぱらってんのか?

 と、胸の内で自分にツッコミを入れた。

 俺は何を意地になって、理屈こねまくってんだ?

 冷めた一部分が呆れたように呟くが、滑り出した口は止まらない。
「野沢さんの幸せが、高橋の望む幸せと一致しなかったらどうするんだ? 逆に、彼女を幸せに
するためなら、お前は田んぼを止められるのか? N岡を離れられるのか?」
「……そっか」
 高橋は気付けのように日本酒をごくりと一口飲み、
「なるほど、うん、そういう意味か……」
「あのな高橋、キツイこと言ってるようだけど、お前たちに限った話じゃないんだぜ、世の中のどんな
カップルだって、望む幸せが完全に一致することなんてあり得ない。でも惚れあったふたりだから、
なんとかお互い妥協点を探り合って、ふたりだからこそ得られる幸せを探して、一緒になるんじゃ
ないのか。だから、一方的に幸せにしてやる、なんて絶対言えないんだ」

―――俺は多分。

 三浦の冷めた部分が、冷徹に自己分析をする。

 自分に向かって、こんな屁理屈をこねてるんだろう。
 俺が与えられる幸せは、彼女の求める幸せではあり得なかった。でも、結局彼女はアイツと結婚し、
求めていた幸せを得たから、俺だって納得できた。ひどくつらかったけれど、祝福する気持ちになれた。
 でも。
 今の彼女は……

「おそらく野沢さんは、高橋と結婚したら両親と同居で、田んぼもやらなきゃいけないってあたりは
すでに覚悟してるだろう。それは野沢さんにとって本当の幸せかどうか判らない。ただ、高橋に
惚れてるから、一緒にいたいから、妥協してもいいと思ってくれてるかもしれないとは言える」

 今の彼女は……あまり幸せとは言えない。
 だからと言って。
 俺が攫ってくるわけにはいかない。
 だって、俺が彼女に与えられる幸せは、俺にとっての幸せではあるかもしれないが、彼女にとっての
幸せにはなり得ないことを知っているから。
 アイツらが自力で今現在の逆境を越えなければ、再び幸せな生活を得ることは出来ないのだ。

 彼女の求める幸せは、アイツのそばにいること、それに他ならないのだから……

「うん……」
 高橋はうつむき加減になり、目を閉じ、
「なるほど、本当だ。幸せにしてやりたい、なんてのは、傲慢かもしれないな」
溜息混じりに言った。
 三浦は高橋の柔らかそうなくせっ毛を眺めながら、
「まあ極論だけどさ。でも俺は少なくとも、プロポーズで、幸せにしてやる、なんて言っちゃうのは
自己満足に過ぎないんじゃないかと思う。むしろ、俺は貴女がそばにいてくれると幸せなので、
ぜひ一緒になって下さい。俺も貴女が幸せになるために、最大限の努力をします、って
言うべきなんじゃなかろうか」
 三浦の言葉に、高橋は顔を上げ、ニヤリと笑い、
「おう、それいいな、イタダキ」
「いいだろ」
 笑い返しながら三浦は思った。

 俺も、そう言うべきだったのかもしれない……
 いや、そう言ったところで彼女が俺のものになることはなかっただろうが、それでももう少し、
気持ちの核の部分を……ピュアな真心を伝えることができたかもしれない。

 今となっては、彼女に俺がしてやれることと言えば。
 友達として支えること。
 そして、祈ること。
 それだけ。

 三浦は、そっと3秒だけ目を閉じ、瞼の裏にその姿を映した。


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