最終兵器 最終回
 
「それにしても三浦って理屈っぽいよなあ」
 三浦の「屁」がつきそうな理屈を理解はしたし、プロポーズの言葉までゲットしたが、今夜の本題は
結局解決してないじゃん、と思いながら高橋は2つのグラスに冷酒を注ぎ足し、
「その理屈っぽさが、縁遠い理由じゃねーの?」
「てめ、自分が彼女できたからって偉そうに。お前が知らねーだけで縁遠くねえよ。まだ結婚する気が
起きないってだけだ」
「はいはい、そういうことにしときましょ」
 ふん、と不機嫌そうな顔を作って酒を啜る古い友人の顔を見ながら、高橋は。

 まあ確かに頭の回転は速いし、その分口はえらく悪くて理屈っぽいけど、知識はいらんことまで
豊富だし、仕事も出来るみたいだし、マメだしセンスもいいし、ひょろっこいし見るからに神経質そう
だから評価は分かれるだろうけど、イケメンの範疇ではあるだろうし、モテないってことはないんだろうと
思う。それなのに一向に身を固めたいというそぶりすら見せないってことは、多分。
―――コイツも、こんなリアリスティックつーか、夢のない屁理屈をこねなきゃいけないような経験を
してきてるってことなのかな。
 そんでもって、もしかしたらそれを引きずってるのかも……

 突然、渋面で自作のサラダをつついていた三浦が、ハッとしたように高橋の方を見た。
「おいっ高橋、俺、お袋さんを懐柔する、究極の方法に気づいちゃったかも」
「えっ、なになに?」
 高橋は勇んで身を乗り出す。
「……いやでもコレはあんまりか」
 しかし、乗り出した高橋から身を引くように、三浦は体の後ろの床に両手を突き、背を逸らして
天井を見上げた。
「えっ、何だよ?」
 高橋はますます身を乗り出す。
「いやさ、これはもしかして女権の侵害かもしれんと」
「ええっ、何それ?」
 一体何を思いついたんだ?
 焦らされているかのように、高橋の中にイライラが募ってくる。
「なあ、一応言ってみてくれよ。あまりにヤバい作戦だったら聞かなかったことにするからさあ」
「うむ……でも、こんなことを思いついたってだけで、俺の人格を疑われそうで」
「何を今更」
「何だと」
 シュッと腕が伸びて、乗り出していた高橋の額に痛みが走った。三浦に素早くデコピンされたのだった。
「いてっ……」
 ビーンと痺れるような痛みが頭蓋骨に響く。
 涙目になりながら高橋は、
「くそっ、何すんだよう。とにかく言えよー、言わないとぉ」
「言わないと?」
 三浦は微妙に面白そうな、けれど幾らかビビった表情で聞き返した。
「ここん家のストックを飲み尽くして、25万のソファで寝ゲロしてやる」
「げっ、それだけは勘弁」
 三浦はちらりと苦笑したが、
「仕方ねえ、そこまで言うなら提案してやるけど、でも言っとくが、あくまでこれは他に手段を
見つけられなかった時のための、最終兵器ってことにしてくれよ?」
急に真面目な表情になったので、高橋も思わず背筋を伸ばした。
「そしてもし、万が一、この方法しかなくなっても、必ず事前に野沢さんの同意を得ること。無理強いは
絶対するな。いいな?」
「う、うん」
 真剣さに気圧されながら、高橋は頷いた。
「よし、んじゃ言ってやる……あのな」
「……うん」
 妙に緊張してしまい、高橋は酔いが醒めてきたような気がした。
 三浦は重々しい口調で、

「敢えて、デキ婚を狙うってのはどうだろうか、と思ったんだが」

……うおっ。
「……な、なるほど」
 胸の中では思いっきり驚きの声を上げていた高橋だったが、極力冷静に返答した。
 その手があったか!
「そりゃ確かに最終兵器だ」
「うん、孫にほだされる親は多いだろ?」
 三浦は心なしか恥ずかしそうな表情になり、
「実行する羽目になっても、俺の提案だなんて誰にも言うんじゃねーぞ?」
「言うわけないだろ」
「くどいけど、マジで最終手段だからな、くれぐれも早まるなよ?」
「そこまで俺、バカじゃねーよ」
 高橋は笑い飛ばしたが、その一方、心の隅っこの方では。

 こんな提案をしたら、彼女は何と言うだろう?

 と、つい考えた。


 
 シンクをきっちり台ふきんで拭き浄めて、やっと三浦は
「オッケー」
と自分に許可を出し、さてと、次はこのウドの大木を布団に突っ込まねば、と、酔っぱらって居眠り
している高橋の方に毅然と向かった。自慢のソファに、だらしなく斜めによりかかっている友人の肩を
優しく揺り起こしそうになり、それは俺らしくない、と自制し……

 コイツとも随分長いつきあいになるよな……

10年以上にもなる高橋との関係をふと思い起こし。

 初対面は憶えてないけど、当然高校で美誉に紹介されたんだろうな。幼なじみだ、って。
 高校で同じクラスになることは無かったし、文系と理系だから接点はそれほど多くなかったけど、
体育や芸術の選択教科の書道で一緒だったから、それで言葉を交わすようになった憶えはある。
 でも、こんなに、個人的な突っ込んだ話が出来るようになったのは、ここ数年だ。俺が仕事で早乙女家に
出入りするようになって、高橋とも飲んだり、遊びに行くようになって……それでやっと、コイツの
本当のすごさが解ってきた。
 単純で、陽気で、どこまでもお人好しで、バカだなコイツって時々思うけど……でも、俺が逆立ちしても
適わないくらい、大きな人間であることは確かだ。

―――上手くいくといいな。本当に。

 ついしみじみと感慨にふけりそうになったが気を取り直し、爪先で狙いすまして、長い臑に蹴りを入れた。
「んっ!」
 高橋は文字通り飛び起きた。
 狙った通りのリアクションが微笑ましくて顔が緩みそうになったが、一生懸命真顔を作り、
「ここで寝るんじゃねえっつったろ。布団に入れ」
冷たく言い放つ。
 高橋はソファの上で身を起こし、右手で目をこすった。そしてすっかり片づけられたテーブルを
しげしげと眺め、
「……ホントに嫁いらねえなあ、三浦って」
感心したように言った。
 三浦はその後頭部に更にチョップを入れ、
「いらんこと言ってねえで、さっさと布団に入れ!」
「うん……」
 高橋はよろりと立ち上がったが、足下がふらつき、またストンとソファに座り込んでしまった。
「大丈夫か?」
 いっそこのままソファに寝かせてやるべきだろうか? マジで寝ゲロパターン? と三浦はいささか
心配になる。
「うん……大丈夫だけど、悪ィ、水くれる?」
 高橋はふう、と赤い顔で大きく息を吐いた。
 素早くキッチンからコップに水を汲んでくると、高橋は「ありがと」と小さく言ってから、一気にそれを
飲み干した。そしてもう一度、大きく息を吐き、
「悪かったなあ、何かやっぱ打ち明け話って、悪酔いするみたいだ」
申し訳なさそうに言った。
「学会疲れもあんだろうよ。仕方ない」
 三浦はつい優しく言葉をかけた。すると高橋は少し不思議そうな顔で、ソファに寄り添うように立つ
三浦を見上げ、
「うん、それもあるかもなあ。そう言ってもらえるとありがたい」
と、情けなさそうに、けれど少しだけ嬉しげに、えへへ、と笑った。
 三浦は微妙に気まずくなって目を逸らす。
「よっし、布団まで頑張ってたどりつくぞう」
 高橋は気合いを入れると、ゆっくりと、しかし今度はしっかりと立ち上がった。
 三浦はすかさず寝室への襖を開け先に部屋に入ると、高橋がすぐ横になれるように、掛け布団を
捲り上げた。
「何から何までどうも〜」
 ごろん、と高橋は敷き布団の上に寝転がった。そのやたら細長い躰に、そっと掛布団を引き上げてやる。
 と、すぐ寝入るかと思った高橋がとろんとしたまなざしながら、まっすぐに三浦を見上げ、
「なあ三浦、ひとつ訊いていい?」
意外にしっかりした声で訊いた。
「……答えられることならな?」
 けれんのない眼差しに、少しひるんでしまう。
 何だ? 改まって……
「うん。答えられなかったら、ノーコメントでいいけど……あのさあ、三浦って」
「うん?」
 高橋は酔っぱらいなりに悲しそうな表情で、
「美誉のこと、本気で好きだった?」
ストレートな問いを投げつけてきた。
 それを訊くか……
 はあ、と三浦は問いかけのダメージを、溜息にして受け流し。
 そんなこと、今更訊くまでもないだろ、と思いつつも。
「ああ、好きだった」
と、答えた。
                                            FIN.


樹下の天使シリーズは下記ランキングに参加中です.お気に召しましたらぽちっとお願いします。励みになります。

web clap!



※三人称で場面毎に視点を変えるっての、実はとっても苦手でして(視点がぶれがちなので><)
技術面では結構苦労しました。が、内容的にはとっても楽しく書けました。飲み会シーンを書くのが
心底好きらしいです。もしかしたらエロシーンより好きかも(笑)

※意識的にBL(っつーよりやおいですか)的な香りをちらほら組み込んでみたんですが(当社比)全然
それっぽくなりませんでした。この組み合わせは色っぽくならんということでしょうか、どーやっても。

※どこが『ともに』の続編じゃ〜!? って感じですが、今後の高橋と円姉さんの行く末に思いを馳せて
下さいますれば嬉しいですm(__)m

                                 短中編目次 シリーズ目次