Slapstick New Year's day2



#AM9:00 美誉子 


 乙女酒造の皆さんに元旦から新年の挨拶ができたのは喜ばしいことだが、晃さんはなかなか戻って

来ないし、お年始だというのに手ぶらだし、やりにくいことこの上ない。もう、さっきの一升瓶どこに

持ってっちゃったのよ。

「お、美誉ちゃん、久しぶり。いいね、着物」

 悟さんが座敷に入ってきた。このうちは、お祖父さんお祖母さん以外は着物を着ていない。悟さんも、

ブルーのYシャツに紺のカーディガンを羽織り、グレーのスラックス。

 いいな、動きやすそうで。

「悟さん、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします」

 何回目かの新年の挨拶をする。

「おめでとうございます。晃は?美誉ちゃん放ってどこにいるんだ?」

「雪かきして、着替えてくるってさ」

 お茶を飲みながら聖さんがすまして言った。

「雪かきって、お前してたんじゃなかったっけ?」

「ああいう肉体労働は、僕みたいな真性インテリより、兄貴や晃みたいな体育会系向き」

「ったく……美誉ちゃん、聖は初めてだろ?コイツこの通り、えらく口悪いんだけど、悪気はそれほど

無いはずなんで、よろしく頼むよ」

「本当は初対面じゃないはずなんだよね。兄貴に連れられて、小学生の頃、何度か曽根酒造さんには遊びに

行ったことがある。遊んでくれたのはもちろんお兄さんだったけど、小さい妹がいたなって覚えがあるよ」

 うわー、全然覚えてない。

 ってか、私はその頃何歳だ?せいぜい保育園に行ってたくらいだろう。

「そんな昔の話」

 お祖母さんが笑って、悟さんの前にもお茶を置く。

 お祖父さんは窓際で元旦の分厚い新聞を読んでいる。

 お父さんは事務所に電話をかけに行った。

 早乙女家は落ち着いてる。ウチと同じようにお客さんが大勢くるはずなのに、すごく余裕があるように

見える。お祖母さんとお母さんの大晦日までの仕込みが、よっぽどしっかりしてるんだろう。

 悟さんがお茶を飲みながら、聖さんに、

「曽根酒造さんの兄貴の方は良く知ってるだろ?」

「うん、うちにもよく遊びにきてたね。スキー部の大エースだった人でしょう。まだやってる?」

 聖さんは、首を傾げて私に訊いた。

「競技は止めましたが、暇さえあれば滑りには行ってます。スポーツ少年団のコーチもしてますし。

義姉との結婚も、スキーが縁だったんです」

「そうですってね、お兄さんは悟と同じ歳でしたよねえ。悟にもそろそろ良いご縁がねえ……聖も

そろそろねえ……」

 お祖母さんが溜息混じりに言い、兄弟は、ほらきた、という表情で顔を見合わせる。

 しまった、やぶへびな発言をしてしまったか?

 それにしても、悟さんは体質からしてお嫁さんをもらうのは難しいだろうが、そういえば、

聖さんもぼちぼち30歳くらいになるはずなのに独身だ。まさか、兄弟揃ってゲイなんてことは

ないよね?そんな、BL小説のようなこと現実にはあり得ないだろう……ステキではあるけど。

「美誉さん、待たせてごめんね」

 晃さんがそう言いながら座敷に入ってきたので、慌てて妄想を打ち切る。

 彼はベージュのカシミアらしきセーター(おそらくユ○クロ)と、黒のパンツに着替え、さっき

うちから持ってきた一升瓶を抱えている。

「さあ、美誉さん、飲めなくて残念だけど、せめて食べていって頂戴」

 その後をお義母さんが大きくて古そうな三段重ねの重箱を持って入ってきた。

「す、すみません……」

 何だかオオゴトになってしまった……

 お義母さんがおもむろに座卓の上に重箱を広げると、現れたのは目もくらむような豪華絢爛本格

おせち料理。20品はある。

 もちろん、晃さんとつきあいだしてからの6年間、お年始には毎年欠かさず来ていたけれど、大概

両家ともほとぼりの冷めた3日あたりに来るようにしていたので、フルセット揃った早乙女家のおせちは

初めて見たのだった。

「うっわあ……すごい。これ、全部手作りなんですか?」

 眩しい……

「ほとんどお祖母さんの作品よ。年々レベルが上がってるの」

「すっばらしいです。見た目だけでも感動ですっ」

 そう言うと、お祖母さんが嬉しそうに微笑んだ。

「伊達巻きがなー、たまんないんだよな。正月になると恋しくなるんだよ」

 聖さんが重箱を覗き込みながら言う。

 うん、確かにしっとりと重厚な美しい伊達巻きだ。

「俺は黒豆が好きだなぁ。あと、くりきんとん」

 悟さんもにこにこしながら言う。

 大粒の黒豆のつやつやも見事。丹波の黒豆に違いない。

「兄さん達、味覚が子供ですね。甘モノばっかり」

 晃さんがツッコむ。

「そういう晃は、何が好きなんだよ」

「氷頭なますと百合根」

「オヤジな舌してんなー、お前」

「若者らしくないよなー、ってか酒の肴系ってことか、要するに?」

 じゃれあう三兄弟を眺めながら、このうちに嫁に来るには、果てしなく料理の修行が必要だ、と、

こっそり溜息をついた。



#PM2:00 晃


 美誉さんはおせちを一通り味見すると、すぐに帰ってしまった。つまらないけど、仕方がない。元旦に、

家の事を放り出して俺と遊んでるわけにはいかないだろう。

 その頃にはそろそろ初詣帰りらしい年始のお客さんも来始め、昼頃にはほとんど切れ目の無いくらいに、

入れ替わり立ち替わり取引先や、社員の人たちが訪れていた。

 雪が再び降り出したので、午後からまた店先の雪をかいた。座敷で年始客たちの酒の肴になってるより、

寒くても静かに雪かきしている方がナンボかマシ。

 来る人来る人、俺の顔を見ながら、

「乙女酒造さんは、立派な跡取りができて安心ですな」

とか、

「曽根酒造さんとのご縁談は順調ですか?」

だの、他に話題がないのかっつーの。それに縁談って何だよ?

 まあ、7年前に俺がやってしまったことをみんなキレイサッパリ忘れてくれたようで……忘れたふりかも

しれないが、そんなことを言ってくれるのはありがたいと言えないこともない。しかし、ひとりやふたり

なら、精一杯の営業スマイルで、

「ご心配頂いてありがとうございます。ですがまだ学生ですから、具体的な話はまだ」

とかなんとか穏便に切り返すこともやぶさかではないが、こう何人にも同じこと言われ続けると、

いくら俺でもうんざりだ。

 早乙女本家で迎える正月は今年で7回目ということになるが、やっぱり老舗の正月って大変なもんだと

毎年思う。

 それにしても、今年はどうして彼女とのことについて、こんなに来る人来る人にツッコまれるんだろう?

俺たちの交際は地元酒造業界では有名だけれど、今まではこれほど結婚をせかされるようなことは言われた

ことがなかったのに。やはり、そういう年齢になってしまったということなのだろうか?

 表通りまで概ね除雪し終わったところで、声をかけられた。

「あの……こちら早乙女悟先生のお宅ですか?」

 フードを取りながら声の方を振り向くと、数人の女の子たちが固まって立っていた。振り袖を着ている

子もいる。高校生くらいだろうか。

 そうか、悟先生、と呼んだということは。

「はい、そうですが」

 答えたが、彼女達は一様に俺の顔を見上げて凍り付いていた。

 やれやれ。

 無言になってしまった女の子たちはとりあえずおいといて、

「悟兄の生徒さんですね、どうぞ入ってお待ち下さい、今呼びますから」

 さっさと店の土間に入り、大声で悟兄を呼んだ。

「悟兄さん、生徒さんたちが見えましたよ!」

 上がり口の年始客の靴を揃えているうちに悟兄が足早に出てきた。

「おう、お前ら、マジで元旦からN岡まで来たのか」

「あけましておめでとうございまぁす」

 玄関におそるおそる入りつつあった女の子達は、声を揃えて言った。

「はいおめでとう、今年も頑張ろうな……晃、蔵座敷のリビング使っていいか?オヤジの酒盛りに

この子達入れるわけにもいかないから」

「いいですよ」

 階下の客室に聖兄が半月ほど泊まるので、年末に大掃除したし、ヤバイものはしっかり隠したし、

ロフトの仕切もきっちり閉めてある。

「それと台所行って、別に料理出して貰えるよう頼んでくれるか。おっと、お前ら離れに行くから

ここで靴脱ぐな」

「えー、離れなんてあるんですかぁ」

「すごーい、早乙女先生ん家って、もしかしてセレブぅ?」

「わあ、広いお庭ー」

 大騒ぎしながら、悟兄と女子高生は庭へ回って行った。

 台所へ行くと、義母と祖母が忙しそうにお燗をつけたり、おせちを詰め直したりしていた。忙しそうで

申し訳なかったが、女子高生が数人来訪した旨を伝える。

「女の子ならジュースがいいかしらね。晃、コンビニで買ってきてくれない?お菓子も少しお願いね」

 母が懐から千円札を何枚か出す。

「はい、いってきます」

 雪が積もっているので自転車は危ないし、ちょっと飲酒しちゃってるから車も駄目だし、仕方ないので

歩いてコンビニへ。ウーロン茶とな○ちゃんオレンジのペットボトルと、スナック菓子を少々と、

ハーゲンダ○ツのバニラのパイントを買った。

「晃さん、おかえり、ごくろうさんでしたね」

 家へ戻ると、祖母が大きな平皿におせちをオードブル風に盛りつけようと思案していた。

「ありがとう、歩きでしょ?早かったわね。生徒さん何人なの?」

 義母は納戸から、来客用のグラスの追加を出してきた。

「5人です。アイスも買ってきましたから、後で盛りつけて下さい」

 とりあえずアイスは冷凍庫に入れる。

「了解、じゃあとりあえず、飲み物持っていってくれる?食べる物はお祖母さんの盛りつけが出来たら

持って行くから」

「はーい」

 6個のグラスと、今買ってきたペットボトルを持って離れに向かう。雪が激しくなってきていたので、

片手にお盆、片手にコンビニ袋だと少々歩き難い。

 注意しながら蔵座敷の玄関に入ると、リビングの戸が少し開いていて、いきなり黄色い声が耳に

飛び込んできた。

「先生、さっきの雪かきしてた人、弟さんですかぁ?」

 それって俺のことだよなあ。

 入りづらくなってしまった。

「晃のことか?一番下の弟」

 悟兄の声。

「コウさんていうんですかー?なんか、全然先生と違いますよねぇ、超カッコイー。血つながってますぅ?」

「つながってるっつーの。俺と違ってカッコいいって、どーゆー意味だよ?」

「ぎゃははは」

……つながってるのは確かだけどね。

 しっかし、このノリに毎日つき合ってる悟兄さんてつくづく偉いなあ……俺もつい6年前までは高校生

だったなんて、信じられない。

「お幾つなんですかぁ?大学生?」

「えーと、もうすぐ24だな。N大の農学部の院生だ」

「きゃあ、N大!近いじゃーん」

 君たちの学校に近いのは、本校だよ。

「あのな、お前ら晃にはいくら憧れてもムダだぞ」

「えーなんでぇ」

「しっかり彼女がいるんだ。しかも、ちょーラブラブだし」

 ぶっ。悟兄の口からちょーラブラブなどという言葉が出るとは。さすが女子校の先生だ。

「えーっ、そうなのぉ」

「やっぱりぃ、あんなイケメンに、彼女いないわけないよねぇ」

 おいおい……さすがの俺でも、この展開では入り難いってば……

 と、後ろでくすくす笑う気配がしたので振り向くと聖兄。手にはおせちを盛りつけた大皿。

 聖兄はにやっと笑って眼鏡の奥の片目をつぶると、俺を追い越してリビングへ入って行き、派手な

アクションでおせちの皿を掲げ、

「お嬢さん方、僕も弟だけど、フリーですよ」

 女子高生達がおせちと聖兄に気を取られているうちに、俺はどさくさに紛れ、グラスと飲み物を

テーブルに置いて、即座にリビングから退出した。

 ふう。

 庭に出て、吹雪気味になってきた雪の中で溜息を吐く。と。

 いきなり後頭部に衝撃が、頭をに手をやると、雪に触れた。どうやらいきなり雪玉をぶつけられた

らしい。

 なんだ?

 振り向くと、眼鏡をかけたやせっぽちの少年が、満面の笑顔で2個目の雪玉を投げようと身構えていた。

「大樹(たいじゅ)!」

 義姉の息子、6歳になる甥の大樹だ。どうやら今東京から着いたところらしい。リュックサックを

担いだままだ。2個目の雪玉を投げる前に、とびかかって新雪の上に押し倒してやると、

大樹はぎゃあぎゃあ言って喜んだ。

「タイ、雪遊びは後よ!ひいお祖父さんにご挨拶してから!どこいったのよ、もーっ」

 玄関の方から蓮華姉の声がする。

「姉さん、こっちです、離れの方です」

 叫ぶと、赤いコート姿の義姉が走ってきた。

「ああ、晃ちゃん、やれやれだわよ。新幹線では大人しくしてくれてて大助かりと思ったら、着いた途端

こうですもの。玄関先からまっすぐこっちへ走って行っちゃって。雪で逆上したのね」

「田中さんは?」

「今日からフライト。年末から田中の実家にいたんだけどね、今朝成田まで送ってからこっちに

向かったから、こんな時間になっちゃったの」

 蓮華姉はげっそりした顔で溜息を吐いた。

 婚家で気を遣ったり、朝から田中さんを送ったり、大樹を連れて混んだ新幹線に乗ったりで、

疲れてしまったのだろう。

「俺が大樹としばらく外で遊んでましょうか?俺より姉さんが中を手伝ったほうがいいでしょうし」

「いいかしら?寒いけど。子供は平気でしょうけどね」

「大丈夫ですよ、雪が酷くなってきたら入ります」

 中の宴会で酒の肴になってるより、大樹と遊んでるほうが全然マシ。

「そう、助かるわ。ありがとう。それでも大樹、お祖父さんたちに挨拶はしなくちゃよ。スキーウェア

着ないと濡れちゃうし」

「そうですね……大樹、俺と大きな雪だるま作ろう。でっかーいのにするから、ちゃんと用意してきな」

 大樹は俺と母親の顔を不服そうに交互に眺めたので、

「お祖父さんに、お年玉もらわないとだろ」

と言ってやったら、今度はにやっと笑って頷いた。

                              NEXT(最終回)  短中編目次