その気にさせてみな 2

 オレンジがかった間接照明を背負った彼は、その完璧なバランスで整った顔ばかりではなく、ふたつ
ボタンを開けた前開きのパジャマから覗く首から鎖骨、胸に至るラインもギリシア彫刻のように繊細に
美しくて……美しいからこそ。
「わ、私の躰、今あんまり綺麗じゃないから……明るいとちょっとヤダかなって」
 ぱんぱんに張って静脈の浮かぶ乳房。黒ずんで肥大した乳首。幸い大量に出る母乳にカロリーが
どんどん消費されているらしくマタニティダイエットの必要はないようなのだが、それでも下腹には
たるみと妊娠線がくっきり残っている。そして、自分では怖くてまだ見ていないのだが、出産のダメージと
会陰切開の傷痕で、局部はどんなグロい有様になっているか……
 自分で見るのも怖いが、彼に見られるのはもっと怖い。
「そんなこと気にしてんの?」彼は呆れたように、「産後の躰がどうなってるかなんて、とうに
調査済みだよ。それしきのこと俺が想定してなかったと思うの?」
「いやぁ、多分、晃さんの想像以上だと思うよ」
 風呂では鏡を見ないようにしてるほどの状態。
「わ」
 いきなりぎゅうっと抱きしめられた。背骨がギシッというほど強く。
「あのね、美誉さん」
 切なそうな囁き。
「たとえ想像以上だとしても、俺、美誉さんの躰に感謝してるんだもん。ヒミコを産んでくれた
躰なんだから、どんなスゴイことになってたって、俺にとっては、美誉さんの躰が世界で一番大事だし、
綺麗に見えるはずだよ」
 ぶるり、と、全身が震えた。
 すごい……すごい台詞だ。
「脱いだ途端がっくり萎えたりしたら、私もう立ち直れないよ?」
 ぶっきらぼうに言い返しながら、私は彼のすごさを改めて思い知り、こっそり感動していた。
咄嗟にこういう台詞が言える大きさと優しさを。
 それからもちろん口の巧さと。
「絶対大丈夫。任せなさい。俺を信じて」
 囁きと共に、そのままふわりとソファに押し倒された。
……ああ、やっぱり気持ちいい、彼の重み。
 うっとりと目を閉じると、もう一度、そっと唇が重ね合わされた。今度は先ほどのような露骨に挑発的な
キスではなく、とても優しくて柔らかなキス。
 パジャマのボタンがさりげなく外されていくのが分かったが、もう逆らわなかった。信じて、と
言われたら、信じるしかない。私たちはずっとそうしてやってきたのだから。
 唇が離れたので目を開けると、彼が安堵の表情で私を見下ろしていた。言葉にしなくとも、私の緊張が
ほぐれた様子に安心したのだろう。
 熱い唇は首筋にとりつき、舌先で肌を探りながらゆっくりと降りていく。神経を触覚に集中するために、
また目を閉じる。見えなくとも、自分の肌がローズの香りがする唾液に濡れてゆく様が目に浮かび、
じわりと下腹を熱くする。
 唇が鎖骨のあたりをなぞっている時、前開きの授乳ブラが開けられた。授乳しているところを先ほど
ばかりでなく散々見ているから、乳房がどんなグロい状況かを彼は知っているはずだけれど、どうしても
緊張が走る。
 そっと、この上なく優しく、彼の手が乳房を包み込んだ。
「ずうっと俺だけのものだったのに」笑い含みの囁き。「今はすっかりヒミコのものだもんな」
「妬いてるの?」
「ちょっとね」
「良く言うよ、私よりヒミコのが可愛いんでしょー、今は」
「そんなことないよ、いつでも美誉子が一番」
 くすくすと笑いあう。少し胸が熱くなる。
 舌先で左の乳首が舐め上げられ、ぴくと肩が震える。熱い唇に挟み込まれ、軽く吸われる。
「あ……あんまり吸うと、母乳出ちゃうよ」
「まだ出る? なら味見したい」
「ええっ、不味いよ?」
 試しに舐めてみたことがあるのだが、ヒミコは毎日こんな不味いものを貪り飲んでいるのかと、可哀想に
なるくらい不味かった。温いし薄いしほんのり中途半端に甘味があって、しかも微かに体液っぽい匂いが
するという怪しい液体だ。粉ミルクの方がよっぽど旨いと思うんだが、それでもヒミコはおっぱいの方が
好きらしい。
「そうなの? ヒミコはあんなに毎日旨そうに飲んでるじゃん」
「あの子、味オンチなのかも。困ったね、酒造の娘なのに」
「そういう問題かよ」
 彼は笑ってから、もう一度少し強く吸った。
「出ないよ?」
「そんなヌルい吸い方じゃ出ないよ、こっちの方が出るかな」
 先ほどヒミコが左を中心に飲んだので、右の方が溜まっていそうだ。右の乳房に自分で両手を沿え、
絞り上げる。
「吸ってみて。遠慮無く、強く」
 彼は意を決したように頷くと、右の乳首に口をつけた。遠慮無くと言ったが、それでもその
吸い付きっぷりは、ヒミコに比べればまだまだヌルい。やはり赤ん坊のパワーと遠慮のなさには負ける。
 それでも僅かに出たらしく、彼は微妙な表情で乳首から口を離した。ごく、と小さくのどぼとけが動く。
「飲んだ?」
「うん……」
 堪えているらしいが、それでも唇が歪んでいる。
「不味いでしょー」
「……まあ、旨いもんではないね」
「それでも精液に比べれば、私の作った料理とお祖母さんの作った料理くらいの、雲泥の差があるけどね」
「自分で言うか」
 彼は笑いながら再び私の胸に顔を落とした。今度はそっとなぞるように愛撫していく。
 溜息が出る。しかし、先ほどとは明らかに質の違う溜息だ。
 べろんと皮がたるんでいるはずの脇腹を、熱い舌が通過する。たるんでいるにも関わらずそこは
相変わらず弱点のようで、小さく上半身が跳ねてしまった。
 するりと彼の手がパジャマのズボンの中に潜り込んだ。冷えと引き締めだけに気を使った色気皆無の
がっちりしたショーツの上からそっと溝がなぞられる。
 あ……もう濡れてる。
 ショーツがひやりとねばつく感触で自分でもそれが判った。ということは彼にも判ってしまっただろう。
「ローションも新しいの買っといたんだけどさ」
 ズボンとショーツをいっぺんにはぎ取りながら彼が。
「いらなかったね」
「なんでローション?」
「授乳中は濡れにくいらしいよ」
「へーそうなんだ」
「へー、って、そのくらい調べときなさいよ、自分の躰のことでしょ」
「それどころじゃないもん」
「まあ美誉子にはいらないみたいだから、いいけどさ」
 彼が自分のパジャマを脱いでいる間に、私は手を伸ばして自分の机から膝掛けに使っている大判の
ショールを取った。
「寒いの?」
「寒くはないけど」
 ロフトには温かい空気が上がってくるし、躰は火照りはじめているし、寒くはないのだが、やはり……
「お見苦しい裸を丸出しにしたくないので」
 見せずに済むものなら、見せたくはない。
 彼は肩をすくめたが、並んで横たわったふたりの素裸の上に、ショールをふわりと掛けてくれた。
 ぴったりと抱きしめ合う。少しでも密着部分を増やそうと、脚も絡め合う。ごりごりと堅いものが
下腹に当たる。
「嬉しい……すごく触れたかったんだ、美誉子に」
 額に当てられた唇から、掠れた囁き。
「うん……私も」
 毎日ヒミコに密着しているからスキンシップはもうたくさんって感じでいたけれど、でもこうして彼に
触れてその歓びを思いだすと、やはりこの人の温もりは、私にとって特別なのだと思い知る。
 くちゅ。
 優しく、でもいやらしい音を立てて、長い指が火照った溝に潜りこむ。ゆるゆると前後になぞられた
だけで、抑えきれない声が出る。
「できるだけ優しくするけど、痛かったら我慢しないで言うんだよ」
「うん……」
 それはおそらく大丈夫だろう。私が心配なのはそういう問題ではなくて……
「んっ……」
 ぬめりをたっぷりとすくった指先が、敏感な粒を撫で回す。
「あ……あっ……」
「調子出てきた?」
 くす、と彼が笑う。
「感度も相変わらずイイじゃん? 出産前と変わらないよ」
 それは入れてみなければ判らないと思う。あんなでかいものが出てきたのだから、変わっていない
はずはないと……
「あんっ……」
 ぬるりと長い指が中に入り込んできた。
「痛くない?」
「だいじょ……んっ……あっ」
 指先がポイントをざらりと探った。
「ホラ、ちゃんと感じてる」
 指が中をかきまぜるたび、ぐちゅぐちゅと水音が響き、脚が意識していないのにぴくぴくと痙攣めいた
動きをしてしまう。
 並んで横たわっていた彼が身を起こした。中に入る指が2本に増やされる。
「これでも大丈夫?」
「う、うん……」
「てか、脚開いてよ」
 先ほどから彼は私の脚の間にポジションを取りたいらしく、しきりに脚を開こうとしているのだが、
「う……ヤダ」
それはやっぱり抵抗がある……
「えっ、まだヤダとか言う?」
「だって脚開いたら……モロ見えちゃうじゃん」
「見えちゃうって……あのねえ」
 ふう、と彼は肩で大きく息を吐き。
「医者には産後も大股開き見せてるのに、俺には見せられないってーの?」
「お医者さんは仕方ないでしょ?」
 彼だから見せたくないんじゃん!
「俺も見たいの」
 いきなり彼はショールをはぎ取ると、私の膝の裏に両手をかけ、力任せに開きながら持ち上げた。
「やっ……晃っ」
 慌てて力一杯閉じようとしたが、あっという間に腰まで持ち上げたM字開脚の姿勢にされてしまい、
力が入らない。
「やだってばあ」
 彼は私の脚を抱え上げたまま、じっとそこに見入っている。
 医者は綺麗にふさがってると言うし、実際痛みもないが、風呂で局部を洗う際、指ではっきり探れる
くらいくっきり傷痕が残っているのだ。
 どうしようもなく恥ずかしくて、両手で顔を覆った。
 ああもう、なんでもう少し傷痕が綺麗になってからにしてくれないのよう……
 と。
「……ねえ、美誉さん」彼が気の抜けたような声で。「全然綺麗になってるよ? そりゃ傷痕は
あるけどさ、それも綺麗に一直線だし、その他は出産前と何ら変わってないんですけど?」
 おそるおそる手を顔から外すと、じっと真顔で彼はそこを覗き込んでいた。まるで植物や昆虫を
観察するような科学者めいた視線で……って、そういえば一応科学者なんだっけ。
「……ホント?」
「うん。形も色も変わってないって」
「ホントにい?」
「ホントだって。自分で確かめてないの?」
「怖くて見てない……」
「そうなのお? ダメじゃん、確かめてないからそんなに怖いんだよ」
 唐突に脚を降ろすと、彼はソファから素早く降り、クローゼットを開けた。

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