手をつないで、夜道を1 
◆1日目:渡瀬1◆

 待ち合わせ場所のS大の入試課前に近づいていくと、
「おっ、よく迷子にならないで来れたな、田舎の高校生が」
 ジャージ姿の長身の男性が、満面の笑顔で俺らを迎えてくれた。
 しかし対するヒミコは憮然と。
「ったり前でしょ、こんな都会の便利なとこにある大学、迷うわけない」
と、言い放った。
 上京前に俺がどんだけスマホに首都圏地図や路線図、ナビや各大学のホームページを入れまくって
きたかは、言わない方がよさそうだ。
 とりあえず俺は、
「お忙しいところありがとうございます。お世話になります」 
 と、その男性に頭を下げた。

 長身の男性―――ヒミコの従兄の曽根柾誉さん。香誉先生の双子の弟のひとりだ。

「やっ、君が噂の猛獣使い、渡瀬くんかあ。よく来たねえ」
 柾誉さんはこれまた大きな手で、俺の肩をばしばし叩いた。
「猛獣使いって何さ」
「ヒミコという猛獣をよく手なずけたなあと」
 柾誉さんの膝に、いきなり膝カックンが入った。もちろんヒミコの仕業だ。
「んもーサッカー選手の膝になんてことすんのよー」
 柾誉さんはすかさずヒミコの膝をカックンとやり返した。
 双子といっても二卵性だから、往誉さんとはそれほど似てないんだけれど、ヒミコをからかい倒す趣味は
共通らしい。本当に兄妹みたいだ。

―――センバツが無くなってしまったので、俺たちN高硬式野球部の2年生は、レギュラーであろうと
なかろうと、進路について真剣に考えざるを得なくなってしまった。
 センバツに出ていれば、野球によるスポーツ推薦の可能性が大きく開け、俺みたいな成績にやや難……
いや大いに難ありのアホでも、なんとかツブシがきいたと思われる。しかし甲子園に出られなければ、
よっぽどの実力者以外はただの野球馬鹿でしかないから、普通に一般入試か、せいぜい一般推薦で
真っ当に受験するしかない。
 というわけで、俺たち2年生の間では、早いうちに大学見学や説明会に行っておいた方が身のため
だろうな、それもオフの冬の間に行っといた方がいいだろうな……みたいな空気が漂いまくりで。
 いやもちろん夏に甲子園までたどり着ければ、道は大いに開けるし、それを諦めるつもりは毛頭ない
けれど、人生いつどこに落とし穴が大口を開けてるかわからないってことを、俺たちは思い出すたび
傷跡がズキズキするほど知ってしまったから―――
 それでも練習を休むことには大いに抵抗があって、みんな口では「行かなきゃ〜」とは言っている
ものの、なかなか実行に移そうとはしない。俺もご多分に漏れず躊躇してるクチだったのだが、姉貴に
早いうちに回っておいた方がいいと諭されたこともあって、思い切って1月末の週末、ヒミコを誘って
1泊で上京することにした。一応副主将の俺が率先してでかければ、他の部員も休みやすくなるだろうと
いう思惑もある。主将の海老名は、甲子園までたどり着けなくとも、どこかしらの大学からスカウトが
かかるであろうから−――俺らの代では唯一と言っていい、今現在の段階でも全国レベルで通用する選手
だから―――2年のうちに受験のために動く必要はないので、ツブシの効かない野球馬鹿レベルの
代表として、ここは俺が音頭を取るべきところであろう。
 ところで、ヒミコと泊まりがけでとは言っても、泊まるのはもちろん姉貴の下宿だから、色っぽい
展開についてはまるで期待していない。彼女を誘ったのはS大を柾誉さんに案内してもらえることと、
姉貴がどーっしても会いたがったからだ。
 もちろん、色っぽい展開じゃなくても、彼女と小旅行っつーだけでトキメクものはあるんだが―――

 都会、とヒミコは言ったが、柾誉さんと待ち合わせたS大の校舎は川崎市にある。本校は都心に
あるのだが、運動部のグラウンドがこっちにあるので。
 窓口で大学案内をもらうと、
「何はともあれ、まずグラウンドだよねー!」
と、柾誉さんはさっさと先に立って歩き出した。
 俺はそれを慌てて追いかけながら、
「あの、柾誉さん、カリヨン入団、おめでとうございます」
 遅ればせながら祝いの言葉を述べた。
「あ、ありがとー」
 柾誉さんは日焼けした顔を照れくさそうにくしゃりとして。
「といってもさ、まずはU−23からだからさ、Aチーム先はも少し先だからね」
「U−23って、大卒だと1、2年しかいられないんだから、焦った方がいいんじゃないのお?」
 ヒミコが意地悪く言う。日頃から毒舌ではあるが、双子の従兄相手だと、毒が一層キツイ。
俺の方がハラハラする。
 案の定、平手が頭に飛んで、ヒミコはそれをサッと避ける。
「うるせい。言われなくても焦っとるわい」

 大学サッカー界の強豪S大の中心選手だった柾誉さんは、このたび地元のJリーグチーム、
新潟カリヨンにめでたく入団が決まった。高校・大学とずーっとセンターバックだったそうだが、
U−23のチームで修行し、左のサイドバックをやれるようにしてからのJデビューを目指す……というか、
現在カリオンのセンターバックには押しも押されぬベテランの名選手が座っているので、そうしないと
Aチームに上がるのは難しい……と、カリヨンのホームページには書いてあった。
 苦労して苦労してやっとプロになっても、まだまだ苦労は続くのだ。
 柾誉さんは現在、カリヨンの練習に参加しつつ、時々大学に戻って足りない単位の補習や、最後の試験に
向けての準備をしているところだそう。
 それにしても、ヒミコしかり、香誉ちゃんしかり、本当に身体能力の高い家系だよなァ。とうとう
プロ選手を出しちまった。

「ところでヒミコ」
 柾誉さんが、裏口っぽい小汚いスチールドアから俺らを戸外に促しながら。
「お前、ウチの大学受けんの?」
「多分受けない」
「だよなー、農学部も体育学部も無いもんな……ということは」
 柾誉さんは俺の方をくるっと振り返り。
「受験予定は渡瀬くん?」
「ハイ、僕は大いに可能性有りです」
 S大に来たのは、俺のためみたいなもんで。
 そうかあそうかあ、と柾誉さんは俺の背中を嬉しそうに叩いた。
「学部は?」
「文学部です。日文」
「ほう、見かけによらず文学青年なんだね」
「いえいえ、そんないいもんじゃないッス」
 国語くらいしか人並みの成績が取れてないっつーだけの話である。野球が強くて、国文か日文があって、
俺の成績でも何とかなりそーな大学、というとすでにかなり絞られてきてしまうのだ。我ながら、
ホンッとに選択の余地が狭くて情けなくなる。
 校舎の隙間のような通路を、柾誉さんはふたたび俺たちを引き連れて歩き出しながら、
「ヒミコは学部くらい決めたのか? 農学か体育か」
 彼女はぶっきらぼうに答える。
「そもそも、そのどっちかって決めてるわけじゃないから」
「あ、そうなの?」
 黙ってはいたけれど、俺も、あ、そうなんだ、そのどっちかじゃないんだ? と思った。授業は理系で
取ってるから、結局農学部にするのかなー、でもスポーツ方面からもいっぱいスカウトくるだろうし、
農学部だとしたら、競技も続けられる大学を選ぶのかな?
―――と、俺はずっとそう推察してきたし、柾誉さんの訊き方からして、家族や親戚などの周囲の人たちも
同じように考えてたってことだろう。しかし、今の彼女の答えからすると、そのどちらかでもない学部を
選ぶこともあり得るのか?
 それって、一体何学部なんだろう?
 俺と違ってヒミコには選択肢がいっぱいあるから、なかなか絞れずに決めかねていることは1年の頃から
分かっていたし、だからこそ追究しないようにはしてきたのだが。
 でも、そろそろ……

―――同じ大学には行けないということは、わかっているけれど。

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