手をつないで、夜道を 最終回


 泡を流し、おざなりに体を拭き、ベッドに重なりあって倒れ込む。一瞬たりとも、離れていたくない。
 唇から首筋、胸へと舌を滑らせる。
 心臓の上の、真っ赤な痣が目に入る。
 白い肌の上の、紅い痣はとても美しくて―――ひどく後悔する。
 その後悔を見透かしたかのように、彼女の手が俺の頬に触れ、口元を乳房に誘導する。ありがたく
乳首を口に含み、そっと舌で転がす。
 子猫のような声が聞こえ、細い指が俺の耳たぶをざわざわと弄る。掌がうなじに回り、
引き寄せられる。唇へのキスが欲しいのだと、その掌が訴える。
 熱い舌先が俺を迎える。唇を深く合わせながら、脚の間に手を入れる。そこはすっかり潤っている。
 俺を受け入れるために。
 大分、彼女の欲するところがわかるようになった。彼女の体も、ずいぶん俺を受け入れ易く
なってきたとも思う。
 このまま、ずっと一緒にいて、幾度も体を重ねて、悦びをを分かち合っていけば、多分俺たちは
かなり深いところにいける。心も、体も。直感でしかないけれど、そう思うのだ。多分、彼女も
そう思ってくれている。だからこそ、こんなにも苦しんでいるのだろう。
 俺たちは、とてもゆっくりとしか関係を進めることができないから―――それはお互いの性格や、
大事なものが他にたくさんある以上、仕方のないことで。
 だから、たっぷりの時間が必要なのに……

 あと1年しかない。

 俺たちが物理的に離れるということは、ただの遠距離恋愛とは違う。夢を持って競技を続けて
いくかぎり、今と同じくらい……いや、それ以上に個人的な時間は少なくなるだろう。こんなに
近くにいる今だって、ふたりきりで会える時間はこんなに少ないのに、遠くなれば、移動に時間が
取られる分更に時間は限られて。そもそもスケジュールが合わなければ、会う機会を作ることすら
できない。

 つまり、離れること=滅多に会えなくなるということ。

 それを思うと、泣きたくなるくらいつらいのに、足下ががらがらと崩れそうなほど不安なのに、
どうして。
 きっと、絶望する瞬間がやってくるだろうと予感しているのに、どうして。
 どうして、夢を捨てることができないのだろう?

「……えっ。あ……やんっ」
 抑えられない衝動のまま、彼女の脚を大きく開き、溢れるそこに唇をつける。彼女は抗わないが、
舌を動かすたびにぴくぴくと内腿の筋肉が震える。
「わ……私も」
 か細い声が言う。
「ん?」
 顔を上げると、紅潮した顔を腕で半分隠しながら、それでも彼女は俺の目を見て。
「私も、英の、舐めたい」

 ……うわ。
 ズキュンときた。
 ものすごい恥ずかしがり屋なのに、こういうことをキッパリ言っちまうあたりも、すごく好きだ。

「そっか……んじゃ、ヒミコ、上」
「上?」
 仰向けになり手招きする。
「時間ねえし、同時に」
「……あ、そういうこと」
 長い脚が、おずおずと俺の顔をまたぐ。
「……なんかすごく恥ずかしいんだけど」
 俺的にはすごくいい景色なんだけど。
「今更」
 紅に充血した蘭の中心に吸い付く。
「ひゃんっ」
 今度は彼女は子犬のように鳴いて、それでも果敢に、舐めなくてもすでに充分大丈夫なモノを
口に含む。
「ふ……ん……んむっ」
 ピチャピチャという水音と、口を塞いだ状態での呻きが、なんだかとてもいかがわしいのだが、
おぼつかない舌の動きは、何とも可愛い。
 口の周りが彼女の体液でしとどに濡れる。舌先で舐っているだけなのに。
「は……あんっ……」
 彼女が俺から口を離して背をのけぞらせた。
「もう限界か?」
「ま……まだッ」
 それでも顔を降ろし、必死に舌を這わせようとする。
 どこまで負けず嫌いなんだっつーの。
「わかりました、俺が限界です」
 彼女が紅潮した顔を上げて、振り向いた。しなやかな背から首のラインが猫のようだ。
 筋肉がしっかりついているのに、それでも細い腕を掴んで引き寄せ、胸を合わせる。
 背中を抱いて、濡れた唇を合わせ、囁く。
「つながろう」
「……うん」


◆ヒミコ:2日目4◆

 汗がふたりの胸と腹を溶け合わせ、ゆるゆると彼が私の中で動く。
 キスがひっきりなしに、顔や首筋、胸に降りてくる。
 喘ぎは吸い込まれ、溜息は汲み取られ。
 ただ、深くつながっていることが、嬉しい。
 チクチクする頭を抱き寄せながら、囁く。
「やっぱり、こういう方が好き」
「ん?」
「優しいのが、好き」
「……そうか」
 筋肉が弾ける腰。回した脚に力を込める。

 どうしてだろう。さっきより何十倍も優しくて、痛くもなくて、苛まれるような羞恥も無いのに、
それなのに。
 どうしてこんなに涙が出るのだろう。

 どうしてこんなに切ないのだろう?

―――予感。
 離れると、取り返しのつかないことが起きてしまう、きっと。
 そんな予感が、頭を過ぎってならない。

 そんなこと、考えちゃいけないのに。
 今はただ、この貴重な温もりを、体に刻み込まなきゃならないのに。

「……そんなに泣くな」
「うん……ごめん」

 時間よ、止まれ。
 つながったまま、止まれ。

――離れたくない。



◆渡瀬:2日目4◆ Final
 夜だから車窓の景色は変わらないのだが、ドォンという振動で、新幹線が県境の長いトンネルに
入ったのがわかった。
 俺の肩によりかかるヒミコは、静かな寝息を立てている。
 そろそろ起こすべきなのだろうけれど、起こしたくない。
 長い睫毛。わずかに開いた紅い唇。
 ヒミコは俺に……あんな酷いことをして、言ってはいけない台詞を口にしてしまった俺に、こんな
無防備な寝顔を見せてくれる。全てをゆだね、任せきった、安らかな眠りを預けてくれる。
 このトンネルがどこまでも続いていればいいのに。暗闇の中、温かく心地よい重さを肩に感じたまま、
列車が永遠に走り続ければいいのに。
 トンネルを出た途端、時が流れ出すような気がする。1年後に向かって、怒濤のように――。
 そうなったら、もう後戻りはできない。

 目を閉じる。
 寝息と、重さと温もり。
 首を傾け、そっと頭に頬を触れる。
 つるりとした髪からは、ホテルのシャンプーの香り。

 時よ、止まれ。
 このまま、止まってしまえ。
 いっそ、巨大隕石みたいな圧倒的な破壊力が俺たちの頭上に降ってきて、この瞬間を永遠に
閉じ込めてしまえばいい――。

 けれど。

 ―――ドォン。

 再び新幹線が揺れ、トンネルを出たと知る。
 無情に時が流れ続けていることを知る。

「――ヒミコ」
 頬を寄せたまま囁く。
「トンネル抜けたぞ」
 もぞ、と彼女がわずかに身動きし、返事ともつかないうなり声を上げると、俺の肩に顔を埋め、
ふう、とひとつ溜息を吐いた。

 トンネルを出ても、そこは夜。
 窓に見えるのは、ガラスに映る、身を寄せ合う俺たちだけで。
 
 それでも、歩きだそう。
 列車が駅についたら、歩きだそう。
 手をつないで、歩きだそう。
 堅く絡め合った指が、傷つき、血を流し、千切れてほどけるその日まで。

 先の見えない長い道を。
                           
 FIN.




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◆あとがきのようなもの◆

 ここまでおつきあい下さった皆様、本当にありがとうございます。大変大変お待たせして申し訳
ありませんでした!
 いやー、色々あった1年でした。あちこちでちっとずつ書いているので、ここでは申し上げませんが、
心の余裕が無い時に次第に重苦しくなっていく物語を書くのは、結構しんどい事だと
よっく分かりました。トシで体力も無くなってきてるしね……。
 とはいえ、やっぱりオリジナルも書き続けていきたいので、今後も細々と続けていく所存では
おります。情況も落ち着きましたし。

 とりあえず『手をつないで……』連載終了と同時に『樹下』の100万Hit記念小説を(100万hitて
いつの話……)こっそり連載開始させて頂きます。
 どうして「こっそり」かと申しますと、弊サイト読者の皆様には嫌悪されそーな話なんですな
コレがまた。ぶっちゃけ書いてて気持ち悪いです(汗)でも気持ち悪いの書きたいんだよな−。
「どりもゲームの仕事とかして、ちょっとは芸風が広がったみたいね」と、温かい眼差しで
ご覧頂ける方だけ、または怖い物見たさの方だけ、お楽しみください。4〜5回くらいの中編ですし、
すぐ終わります。8割り方書けてますし。

『夕焼け』の方はこれでいよいよ3年生になるわけなんですが、どう書いていこうかちょっと
考え中です。
 ずら〜っと長い長編で1年書き切っちゃうか、連作短中編のカタチにするか……。
 書き手の現状から言うと、短中編パターンの方が進め易いんだろうなとは思ってるんですがー。
 例によって原案となる断片が幾つかありますので、まずは書き始めてみます。
 前々から申し上げておりますように、このシリーズで一番書きたいのは大学時代ですので、
少なくともそこまでは続けたいのですよー。

 というわけで、メルマガもろくすっぽ出せない情況で大変申し訳ありませんが、
今後ともゆるーくながーい目でおつきあい頂ければ幸いです。
 そして、最後になりましたが、今年も何卒よろしくお願い致します(深々)

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