手をつないで、夜道を3

◆1日目:渡瀬2◆

 とりあえず監督に挨拶しておこうと、広々としたグラウンドの外周を歩きながら、山下さんが。
「カノジョ、めっちゃキレイだねー。同じ高校の子?」
 完全に想定内の質問を投げてきた。
「ハイ、中学も一緒で」
 だから緊張していても、如才なく答えられる。
「へー! じゃ中学からつきあってるとか?」
「いえいえ! 高校入ってからッス」
「へーー。しかし、カノジョといい、理子ちゃんといい、N高って田舎の県立進学校にしちゃ、
女の子のレベル高いよねえ。なんかこう、やぼったいガリ勉タイプの子ばっかりのような
カンジするじゃない?」
「はあ!?」
 なんだって!? それは全く想定外!
「あ、ごめん、田舎の進学校なんつって」
「えっ、いや違います、ソコじゃなくて」
 田舎のやぼったい進学校なのは事実だし。
 俺が驚いてしまったのは、ヒミコが雛には稀な美形であるのは事実であるが……
「り、理子、レベル高いッスか!?」
「え、可愛いじゃん?」
 か、可愛いか、あの丸顔堅太りが? あ、もしかしてアレか、狸っぽくて、とか、
レッサーパンダっぽくて、とか、アライグマっぽくてみたいなそういう種類の可愛さ?
「可愛いじゃなーい。弟だと客観的に見られないのかなあ。美人っつーんじゃないけど、
笑顔可愛いし、気っ風がイイし、頭の回転も速いし。総合的に見て結構いい女だと思うけど」
 ええ〜……? そりゃ幼少時にいたぶられたりこき使われたり、毎日ソフトボールぶつけられた
恐怖体験が、俺から客観視を奪っているであろうことは否めないけれど。
……ん? って。アレか、もしかして、山下さん、理子のこと?
 と、変な方向に思い至ってしまい、一瞬立ち止まってしまったが、
「失礼します、監督、見学者です! お姉さんがウチの学生で」
 ブルペンを見守っている監督に、山下さんが声をかけた。
 振り返った監督は柔和な笑顔だったけれど、隠しきれない眼光の鋭さに、俺は一気に緊張した。
なにせ元はプロの名選手だった方だ。
「に、新潟県立N高校2年、渡瀬英ですッ。練習中、お邪魔致しますッ!」
 思いっきり下げた頭に、柔らかな声が降ってくる。
「いらっしゃい、良く来たね。イイ体してるじゃないの、ポジションは?」
「捕手ですッ!」
「正捕手?」
「はいっ、2番つけさせてもらってますっ」
 山下さんが口を挟む。
「N高は秋大で、北信越準優勝だったそうですよ」
「ほう」
 監督の目がキラっと光ったような気がした。
「じゃあ、センバツに?」
 うっ……。
 背中にぶわっと嫌な汗が出た。
「それが……部内で不祥事がありまして」
「……ああ」
 監督は何か思い出したのか、納得したように頷いた。
 業界内情報とかで、耳に入ってきてるんだろうなあ。うううううぅ。
 うなだれてしまった俺に、監督は唐突に。
「スパイクと練習着、持ってきた?」
「は……いえ、持ってきてませんが?」
 だって単なる大学見学よ?
「ダメじゃないか、そのくらい持ってこないと……まあいい、山下、ジャージかなんか見繕って
あげて。一通り見て回ったら、グラブも借りて球拾いさせてもらいなさい。ランニングとダウン
くらいなら、その靴でも一緒にできるね」
「は……い?」
 確かにジョギングシューズだけど。
 監督は笑って。
「だって、せっかく来たのに見てるだけじゃつまんないでしょう」
「は……はいッ!」
 俺はもう一度、深く頭を下げた。
「ありがとうございます!」
「じゃ、行こうか、英くん」
 山下さんが笑い含みで俺の背中を叩いた。
 もう一度監督に頭を下げてから、山下さんと再びグラウンドの外周を歩き出す。屋根付き(当然)の
ブルペンを覗きながら。部室方面へと向かう。
「監督さん、いい方ですね」
 多分、センバツに出られなくなって俺が凹んでいるであろうことを見抜き、練習に参加するようにと
言ってくれたのだろう。
「うん、いい人だよう。俺も高校時代からのファンで」
 山下さんは、自分が誉められたかのように嬉しそうに。
「俺、付属の出身なんだけど、高校の野球部は全然強くないのよ。でも、ずっとC大の硬式に
憧れててー。とはいっても一方で、俺みたいなヘボ、入れてもらえないよなーって卑屈になっても
いてさ。でさ、高3ン時、やっぱ君みたいに見学に来たのよ。ハイレベルな選手たちがキッツイ練習
してるの見たら、諦めがつくんじゃないかーみたいな自虐的な気分で。そしたら監督が、
入部は自由だって言ってくれたんだ。大学入ってから急に伸びる者もいるんだし、そうならなくても
裏方としてやれることは一杯あるんだからって」
 山下さんは照れ笑いして。
「結局、2年の今でもバッティングピッチャーばっかりで、公式戦は出たことなくてさ、
多分このまま終わるんだろうけど、でも、レギュラーの役に立ってる実感はあるから、
入部して良かったなって思ってるよ」
 内野のノックを見ながら、ゆっくりと歩く。ノックを出しているのはコーチだろうか。
難しい回転のゴロや、厳しい位置のフライを次々と打ち分けている。
「レギュラーのヤツらはさ、夜間部が多いからさ、午前は自主トレして、午後は全体練習して、
練習後に講義受けてさ。本当に大変なんだ」
「やっぱり夜間部の人が多いんですね」
 柾誉さんとこのS大サッカー部もそうらしい。
「うん、昼夜どっちの講義受けても単位はもらえるんだけどね。ベンチ入れるようになると、
試合の分は補習やレポートで対応してくれたりとか、多少の優遇措置もあるんだけど、でも、
所詮単位数は決まってるからねえ。ベンチ入ってたって、全員が野球で就職できるわけでも
ないでしょ、一応みんな4年できっちり卒業はしときたいわけで」
 そりゃそうだよな、厳しいけれど、それが現実だ……
 部室のすぐ外でピッチングマシンの掃除をしていたマネージャーらしき部員に、山下さんが、
見学者にジャージを貸してやってください、と声をかけた。マネージャーとはいえ、
体格のいい人なので、この人のならば確かに着られそう。
 いいよー、とマネージャーさんは気さくに了解してくれ、礼を言う俺に、ニヤリと……
どことなく不吉に微笑みかけた。
 その不吉な笑みの意味を、俺はすぐに悟ることになる。


◆1日目:ヒミコ2◆

 再集合場所の学食に、英は疲れ切った様子で戻ってきた。球拾いとランニングとダウンだけでも、
充分キツかったらしい。部内では体力自慢の英でも、大学生の体力と筋力にはまだまだ
追いつけないということだろう。
 山下さんを交え、福利棟の最上階5階にある学食で夕食。大学自体が小高い丘の上にあるので、
八王子の夜景がなかなかキレイだ。食べてるのはいかにも学食然とした、ボリュームたっぷりの
日替わり定食だったりするのだが(フライとライスは半分英に引き取ってもらった)夜景のおかげで
少し豊かな気分になれる。
 このビルには各階、食堂や喫茶、大学生協だけでなく、ファストフードショップやコンビニまで
入っていて、とても機能的だ。お昼を食べたS大にもこういうカンジの施設があったし、やっぱり
私大ってリッチだなー、国立とは違うなー、としみじみ思う。
 ご飯をゆっくり食べると―――夜間部の学生のために、この食堂は23時までやっているそうで
―――山下さんと別れ、理子さんのアパートへ向かった。
 別れ際、山下さんは英に、
「待ってるよ!」
と、声をかけた……が、英は山下さんの姿が見えなくなってから、
「俺の成績じゃ、C大は大分苦しいよなァ」
 苦笑混じりで呟いていた。



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