手をつないで、夜道を7


 彼が私の手を引いて入ろうとした建物は、いわゆるラブホテルだった。地味な建物ではあるが、
入り口脇には、ご宿泊・ご休憩の金額がしっかり書いてある看板が、空室有り、の電光掲示板と共に。
「ちょ、ちょっと待ってよ」
 慌てて立ち止まる。
「嫌か?」
 英が振り向いて、ぶっきらぼうに言った。キャップの庇が影になって、表情がわからない。
「嫌じゃないけど、だって、時間が」
 明日は普通に学校がある。今日中にN岡まで帰らないわけにはいかない。
「2時間だけ」
 2時間……なら、東京まで戻っても新幹線は余裕であるか。
「……わ、わかった」
 頷いた途端、ぐい、とまた手が強く引っ張られ、薄暗いロビーへと引きずり込まれた。
 もちろん、この旅行中にヤルつもりは全くなかった。できるとも思ってなかった。だから全く
心の準備はしていない。下着だって全然可愛くも新しくもないヤツだし、部屋に入ってから出るまで
2時間、なんて慌ただしいのも、本音を言えばあんまり嬉しくない。
 だけど頷いてしまったのは、こういうホテルへの好奇心と、決してヤリたくないわけじゃないって
いうのと、それから……。

 受付は、残念ながら噂に聞く無人の機械式じゃなかった。薄暗くて小さいけどフロントがちゃんと
あって、オバサンが座っている。私服の私たちは多分18歳以下には見えないだろうとは思うのだが
……体格が体格だし、薄暗いし……でも、こういうところ初めてだし、どうしても緊張してしまう。
英は緊張しないのかな……とちらりと後ろ頭を見上げたが、彼はキャップを目深にかぶり直すと、
まっすぐ躊躇無くフロントに近づいて行った。私はうつむきがちに彼の背中を追いかける。
「2時間」
 と、英が言うと、オバサンは黙って鍵を出してくれて、2時間分の料金を先払いする。
 日曜の夕方だもんな、部屋を選ぶ余地は無いらしい。
 部屋は3階。フロント脇のミニマムなエレベーターに乗り込む。
 その間も、ずっと手はつなぎっぱなし。痛いくらいきつく。

 やっぱり不機嫌そうだ。
 階数表示を見上げる彼の横顔を盗み見る。
 初めてのラブホで、この無表情と無口って、通常運転の彼ならあり得ない。何かしら照れ隠しに
馬鹿なことを言わずにはおれないだろうに。

 でも、いつもの彼ではないとわかっていても、私としてもイマイチ不本意であっても、反対することも
せずにホテルに入ったのは、少しでも彼の機嫌が直ればいい、と思ったからだ。
 同じ大学に行けない。津久葉に行きたい。
 昨夜はそう言った私を優しく励ましてくれたけれど、今日、実際に津久葉に来てみて、
遠距離恋愛になる実感が沸いたのだろう。
 私だってそうだ。
 津久葉大への憧れの気持ちが高まる一方で、どんどん心の底の方が寂しくなってくる。
この大学に入ることは、彼と遠くなるということ――その事実を突きつけられて。

 夢を叶えるためには、諦めなければならないこともたくさんあって。
 それは仕方のないことだと解っているけれど。

 でも、寂しくて。
 切なくて―――

「あ、こういう感じなんだ……」
 部屋は緑系で統一されていて、想像していたよりずっとシックで清潔そうだった。部屋の真ん中に
大きなベッドがでんとおいてあるのはいかにもそれっぽいけど、あとは普通のシティホテルと変わらない。
 くまなく調べて回りたいけど、時間無いからな。さっさとシャワー浴びて……
「……!」
 つないだままの手が強く引かれ、いきなりベッドに仰向けに押し倒された。覆い被さるように
のしかかられ、かちりと歯がぶつかる勢いで唇が重ねられる。空いていた方の手首も取られ、
ベッドに押しつけられた。
「まっ……」
 熱い息と共に、舌が強引に口中に入り込んできて、待って、という言葉は飲みこまれてしまった。
噎せそうなほど奥まで舌が入り込んでくる。押しだそうとした自分の舌は、絡め取られ組み敷かれる。
水音が頭蓋骨に反響する。ぴちゃぴちゃと音がするたびに、閉じた瞼の裏が赤く小さくはじける。
 ……ヤバい。こんなに乱暴なキスなのに、なんだかとても気持ちいい。
 五感が、口に集中する。彼の唇を、舌を感じようと。
 気づけば、抗わなければいけないシチュエーションであろうに、されるがままで、くったりと
身体の力を抜いてしまっていた。
 すう、と彼の唇が離れ、首筋に滑っていく。ぞくり、と熱いしびれが背筋に走る。
 すでに感じ始めてる自分に驚く。
「ま、待ってよ、シャワーくらい」
 口が空いた隙にと、慌てて発した声は、情けないほどうわずり掠れている。
「時間ねえだろ」
 いつになくぶっきらぼうな返事が戻ってきた。
 確かにそうだけど、でも、そうは言っても電車やバスにいっぱい乗ったし、歩いたし、
キレイとはとても言えないわけで。
「5分で上がってくるから」
「いらねえっつってんだろ」
 手首を掴む力が強くなる。痛いほどに。
 離してくれそうもない。

 5分も待てないほどヤリたかったのか?
 いや、違う。
 やはり怒っているのだろう。
 言えない言葉を、体にぶつけるしかないのだろう。

 片方の手首が解放されて、セーターがめくりあげられた。その下のTシャツと、つっかぶりの
スポーツブラも、もどかしげに乱暴に。
 ぐい、と乳房がわしづかみにされ、
「んんっ!」
 いきなり乳首が強く吸い上げられる。充血するほど強く吸われて、堅く立ち上がったそれが、
ぐにぐにと舌でこね回されて。
「……あ!」
 もう片方は指で強く捻り上げられる。
 たくし上げられたセーターに遮られて、彼の表情は見えない。けれど指先に、舌の動きに、
苛立ちと怒りが籠もっているのはわかる。
 それでも、痛いほど吸われ転がされるたびに、熱いものが下半身に滲み出る。
 存分に乳首を弄り回した唇が心臓の上に滑っていき、
「……ん、やだ……」
 やだ、と言ってみても止めてくれるわけもなく、強く吸われた。
 痛い。まるで蜂に刺されたようだ。
 おそらく何日も消えない跡が残ってしまっただろう。ブラで隠れる場所だろうか。そうでないと
学校での着替えの時に困る……と考えつつも、ほんの少し嬉しく感じている自分がいる。
 心臓につけた痕―――彼がこんなに所有欲を露わにするのは珍しいから。
 ぷつり、とジーンズのボタンが外された。ローライズだから、ファスナーを下げるまでもなく、
長い指はたやすくショーツの中に届いてしまう。

「!!」
 
 指先がいきなり敏感な突起を押しつぶし、腰が跳ね上がった。
 ぐっと手が脚の間に押し入り、指は深々と割れ目に潜り込んでいく。
「濡れてんぞ」
 胸元で、彼が囁く。
 そんな恥ずかしいこと、言われなくてもわかってる。キスだけで、胸を弄られているだけで、
下半身から熱く染み出ていく液体があることは、とっくに自覚していた。

 なんて―――いやらしいんだろう、私って。

 服もろくに脱がないままで。
 こんなに性急で乱暴な愛撫で。

 それなのに、こんなに感じてしまっている。
 それでも、私をこんなにも容易く感じさせることができるのはこの人だけだと、それだけは確信できる。

「……きゃっ」
 突然体を裏返された。うつぶせにされ、腕からダウンジャケットが引き抜かれる。
すでに意識の外だったが、まだ上着さえ脱いでいなかった―――と。
「え……やっ……やだっ」
 尻が高く持ち上げられ、ジーンズとショーツが一遍に膝まで引きずり降ろされた。
 


                                



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