一昨日までの、東京での3校受験・4泊5日の入試ツアーはしんどかった。
東京の冬って雪はないけど、風は強いし、なにより乾燥してカラカラだし、
雪国育ちにはなかなか辛いものがある。風邪をひかなかっただけ、御の字だ
 明後日からまた、2校連チャン。2日目が本命だ。だが、両校とも地方入試があり、
県庁所在地のN市で受験できるので、大分マシだ。東京での受験を経験した身には、
地方入試のありがたさが身にしみる。
 今日も雪。しかも俺ん家は、高校から山を越えた隣町にある。通学だけで風邪を
ひいてしまいそうなコンディション。誰かさんみたいに出席日数が説破詰まっている
わけでなし、授業は殆ど自習だし、こんな日は欠席するべきなのかもしれないが、
しかし、今日は登校したかった。ぜひ。
 そう考えているアホな受験生は俺だけではないらしく、私立大学受験たけなわの
時期なのに、クラスの6割ぐらいが登校している。
 朝から教室中を、義理チョコや友チョコ、まれにマジチョコが飛び交っている。
渡すべきモノを渡し、もらうべきモノをもらったヤツの中には、さっさと
早退してしまう強者もいる。
 俺も、クラスメートや文芸部の後輩の女子たちから、いかにも義理という感じの、
お前ら、100円ショップってのが見え見えだぞ、みたいなチョコレートを数個
頂いた。こういうお遊び的なのも、決して嬉しくないわけじゃない。少なくとも楽しい
気分になることは確かだから。

 でも、本当に欲しいチョコレートはひとつだけだ。
 きっともらえるに違いない、と信じて登校してきた。
 ぶっちゃけ、もしくれなかったら、怒るぞコラ、押し掛けて請求するぞ、みたいな
……いや、複雑な心境ではあるんだけど。

「あ、三浦、いるね」
 ほら来た。
 バレンタインデーの昼休み、弁当を食べ終わった頃、美誉が俺のクラスに顔を
出した。その手には、期待を裏切らずに、小さな紙袋。
「部室、いこ」
 美誉は紙袋と反対の手に、文芸部室の鍵をぶらさげて振ってみせた。
「寒い寒い」
 部室に入るなり、美誉はドアの脇にある暖房のスイッチを最強に捻った。
「バレンタインを期に、いよいよ早乙女から俺に乗り換える決心をつけたか、わざわざ
部室まで連れてくるってことは?」
 俺は、いつも通りの軽口を叩きながら、相変わらず本とファイルが山積みの机を
回り込んで、窓を背に、奥の席に座った。
「違います」
 美誉は笑って、机を挟んだ向かいに腰掛け。
「あのさ、これ、知ってる?」
 無造作に紙袋の中から、薄い箱に入ったチョコレートを出して差し出した。
 ムードもへったくれもなく。
「ああ、知ってるよ。有名じゃん」ラッピングのシールに見覚えのある店名が。
「此花亭だろ。函館の。旨いんだよな、この生チョコ」
 美誉は頷いて。
「そうそう、やっぱ、みんな知ってるんだなあ……あ、どうぞ、食べて。
生チョコだからね、溶けないうちに食べてね」
 ムードはともかく、旨いのは知ってるので、俺は遠慮無くラッピングを開けた。
「函館の土産に、親戚のねーちゃんからもらったことあるぜ。まさか北海道まで
買い出しに行ったのか?」
 そんなことはあるまいと思いつつも一応訊いておく。
「まさかあ」美誉は笑って「今年は、バレンタインに向けて、義姉が山のようにコレを
通販したのよ。それに便乗して、それで私もいくつかまとめ買いしてもらったんだけど」
「山のようにって」
「今、寒仕込みの時期だから、蔵人さんたちもいるし、お得意様にも配らなきゃ
いけないし、蔵元の若女将って大変なんだよ」
 クリーム色のシックな箱の中には、一口大の生チョコレートが3×6=18個。
昼休みまで置いておいたせいか、少々溶けてはいるようだが、箱を開けた瞬間の
甘い香りだけで唾が出る。
「ゴチになります」
「どうぞどうぞ」
 1粒、指でつまんで口の中に放り込むと、みるみる舌の上に広がる甘さとほろ苦さ。
そして鼻に抜けるココアの芳香。この口溶けと香りが、やっぱ、そのあたりで売ってる
量産品とは違うんだよなあ。
「うめぇ」
「良かった」
 美誉は、ついうっとりしてしまった俺の顔を嬉しそうに眺め、
「今朝、早乙女くんにも同じのあげたのよ」
「なんだよ、早乙女と同じなのかよ」
「そうだよ、本命と同じなんだからね。ありがたく食べてよ」
「けっ」
「少なくとも、友情と感謝だけは、たーんとこもってるんだし」
 美誉は大げさに両腕を広げた。
「はいはい」
 まあ、旨いのは確かだからいいけど。
「んで、早乙女にあげて、どーしたって?」
「本当はね、朝勉の時間帯の、教室に人が少ないうちに上げる予定だったんだけど、
早乙女くんが今朝、雪かきで手間取ったとかで、登校が遅くてさ。渡せたのが
ホームルームの直前だったのよ。早速開けてくれたのはいいんだけど、彼ってば、
いっぱいあるし、みんなに分けてあげてもいい? って訊いてきたの。まあ、一人で
食べるには量が多いし、溶けないうちに食べて欲しいってのもあって、もちろん、って
答えたら……」
 美誉はそこで言葉を切って、うんざりという表情になった。
「答えたらどうなった?」



 美誉は溜息混じりに、
「みんな、此花亭のチョコが美味しいって知っててさあ、狙われちゃって、
結局、早乙女くんの口には1個も入らなかったの……」
「4組は、ケダモノ揃いだな」
「全くだよぉ。まあ、分けてあげるってのは想定内だったんだけどさ。全部一人で
食べるには多いでしょ?」
「俺は食うぞ」
「鼻血でるよ。ニキビもでるよ」
「構わん」
 美誉のくれたチョコレートなら、鼻血で貧血起こしても、構わ……いや、
受験中だから、構うか。
「それにしてもさあ、全部食べられちゃうとは思わなかったよ」
 美誉はぐったりと机に突っ伏した。
「見せつけるからだろ、教室で渡したりして」
「違うよぉ」俺の言葉に、がばっと身を起こして、「見せつけるつもりなんか
ないよ、ただ、コソコソはしたくなかったんだもん」
 ぷっ、と頬が膨らんで。
「私たちが仲良くしてられるのも、みんなのおかげじゃん。だからさ、堂々と
してたいし、チョコも分けて上げたかったし……」

……なるほど。

 と、俺は納得しかかったのだが、美誉はそこでにやっと笑い、
「正直言うと、それだけじゃないんだけどさ。牽制ってか、まずは私に優先権が
あるぞって、朝のうちアピールしたかったってのもあったり」

 なるほど。

 つまり、公認の彼女である美誉がが、早乙女にレベルの高いチョコレートを先に
上げてしまえば、他の女の子は上げ難くなるだろうという作戦か。
 しかしそもそも、あんだけ大っぴらに、躰を張って早乙女を救った美誉が
張り合おうという娘がいるとは思えないが。
「ならいいじゃん、早乙女の口に入らなくても、美誉の目標は達成されてるんだから」
「違うよぉ、一番の目的は、彼に美味しいって喜んでもらうことに決まってるでしょ」
 そりゃそうか。
「ケダモノどもめ……」
 美誉はしつこく呟くと、また机に突っ伏した。
「それで用心して、俺は文芸部室に連れてきたってわけか」
「そういうこと」
 ため息混じりの返事を聞きつつ、2粒目を口に入れる。
「それにしても、お前も残酷な女だな」
 わざと吐き捨てるような口調でそう言うと、彼女は顔を半ば上げ、俺をけげんそうな
視線で見た。
「え?」

「完膚無きまでに振った男に、本命と同じチョコレートとはなあ」

 3粒目。

「あ……」
 みるみる表情が曇る。
「……だから……友情と感謝を……三浦、きっと東京の大学に行っちゃうから、
卒業したらなかなか会えなくなるし……こんな機会しかお礼できないと思って」
 うつむき加減でぼそぼそと言い訳する美誉の背中がどんどん丸くなっていく。

 そして、

「ごめん!また傷つけちゃったんなら、本当にごめん」
 ごん、と机に額がぶつかるほど、頭を下げた。
 深く下げられた頭を見ながら、俺は、

―――こいつのこういうところ、本当に好きだ。

 なんて、また不毛な思いに浸ってしまったりもしたが、その下げた頭に、
「うっそー、旨いチョコなら、他人の彼女だろうが、振られた女だろうが、
大歓迎だぜ」
 そう言ってやった。
 むっとした顔が上げられて、不機嫌な眼差しが俺を睨みつけて。
「三浦、こうやって、私のこと一生いじめ続けるつもりでしょ」
「一生とは言わないけど、振られた心の傷が癒えるまでは続ける」
 美誉はふん、と鼻で笑って。
「そんなら、東京に行って彼女できたら、すぐ解放されるな」
 だといいけどな。
「そう言うけどな、4月には同じ予備校に通う羽目になるかもしれないんだぜ」
「うわ、嫌なこと言う」鼻の付け根に思いっきりシワを寄せながら、「受験、
調子どうなのよ。もう半分くらい終わった?」
「うん、5校中3校終わった。まだ本命が残ってるけどな」
「そっかあ、まだ大変だ」
「そういうお前はどうなんだよ。センター大丈夫だったのか?」
「うん、一応両方とも点数的には足りたよ」
 美誉の本命は地元の国立N大で、滑り止めもやはり地元国立の教育大。とことん
地元志向。
 まあ、N大受かるんだろな。なんだかんだ言って、真面目に勉強してたもんな、
コイツ。
「早乙女は?」
 早乙女はN大の農学部一本と聞いている。
 と、美誉はつらそうな微笑みを浮かべて。
「ギリギリだったみたい。欠席が多くて授業受けてないとこいっぱいあるし、
出席日数足らすだけで精一杯みたいだし、今年は無理っぽい」
「そっか……大変だったからな」
 確かに、今年の早乙女は、受験どころじゃなかっただろう。
「うん……仕方ない」

 小さな溜息。

 揃ってN大生になることを夢見ていたのだろう。

「……このチョコ、美誉は味見したのか?」
 美誉は笑顔なのに憂鬱そうに首を振って、
「まさか。早乙女くんでさえ食べてないのに、私の口に入るわけない。家で、
家族の分を分けてもらうよ」
「味見させてやろうか?」
 そう言うと、顔を覆っていた憂鬱な影がぱあっと晴れて。
 単純。
「きゃー、いいの?嬉しい、やっぱ三浦ってイイヤツだな」
 そう言って、美誉は、さっそくチョコレートの箱に手を伸ばした。しかし、
俺は箱をさっと取りあげて、彼女の手が届かないところに寄せた。
「むう?」
 美誉は、腕を宙に浮かせたまま、俺を不満げに見上げる。
 俺は、おもむろにチョコを一粒つまんで、

「はい、あーん」

 そう言って、困惑の表情を浮かべる口元に持って行った。
 室温が上がってきたせいか、チョコレートは指先にまとわりつくようにみるみる
溶け始める。
「えー?」
 美誉は困ったように苦笑したが、
「あーん」 
 結局、素直に口を開けた。
 血色の良いピンク色の唇が、無防備に開かれ、誘うように艶めく。
 その唇に、チョコレートを載せてやると、素早く閉じようとしたが、俺は更に
素早く手を引いて。
 そしてそのまま、美誉の唇に触れたチョコレートを、自分の口に放り込んだ。

 カエルのような妙な形に口を引き結んだまま凍っている美誉に、言い放つ。

「間接キス、ゲット」

 美誉は、がばっと自分の口を掌で覆った。



 これ見よがしに、チョコレートのついた指を丁寧に舐めて見せる。

 呻いていた美誉は、
「か、間接キスなんて、私、全然平気なんだからねっ。吹奏楽部では、男子とでも平気で
楽器取り替えて遊んだりしてたんだからっ!」

 そう言う割には、顔が赤いんだけど。

「はいはい」
 ホント、コイツからかってると飽きなくて……つい、一生コイツのそばにいられたら、
どんなに楽しいだろうなんて、思ってしまうほど。

「もおっ、私、もう行くねっ。鍵、返しといてっ」
 美誉は立ち上がると、座っていた丸椅子を、乱暴に机の下に入れた。
「ちょっと待て」
 包み紙の端っこを破り取り、チョコを2粒、おひねりにくるむ。
「ほれ、味見」
 それを半ば立ち去りかけていた美誉に差し出す。
「あ……ありがと」
 美誉は驚いた顔で、おひねりを受け取った。
「しゃーねーから、早乙女にもめぐんでやるよ」
「……ありがとう。三浦って、やっぱイイヤツ」
 そして大事そうに、おひねりを両手で包み込んだ。
「イイヤツだろ? 惚れ直すなら今のうちだぞ」
 美誉はそれには答えなかったが、笑顔で、
「試験、がんばってね」
 そう言って、部室を出て行った。

 ガシャン、とスチールのドアが閉まり、耳の中がしーんとするほど静かになった。
校舎の隅っこにある文芸部室には昼休みの喧噪も届かない。

 残り少なくなったチョコレートをまた一粒口に放り込む。
 ふと、1月後のホワイト・デイのお返しは、出来ないかもしれないと気付いた。
3月14日には、もう卒業式を終えている。しかも、国公立大学の、後期試験の真っ只中。
 美誉はN大に合格にするだろうし、俺もおそらくどこかしらの東京の大学にひっかかっていると
思われる。多分。

 卒業してしまえば、確実に疎遠になる−−−

 チョコレートって、失恋の味かもしれない、なんて、ガラにもなく乙女チックなフレーズが
浮かんでしまった。甘くて、ほろ苦い。そして、いつまでも残る後味と香り。

 良く言われることだけど、コト恋愛に関しては、たいがい男の方が往生際が悪いんだよな。

 背後の窓を振り返ると、外は相変わらず雪。風はないので、今日の雪はひたすらふわふわと
舞い落ち、降り積もる。
 雪を見ていると、静かな気持ちになっていく。

 静かで―――切ない気持ちに。

 どんなに暴れても、騒いでも、じたばたしたって雪は降る。春が来るまで、降り続ける。
俺に出来るのは、春が来るのを待つことだけ。

 だけど、せめて卒業までに、あいつにキッパリ言ってやろう。

 あいつ―――早乙女に。

あとがきのようなもの

今回も、素人小説しかも&ヘタレマンガを最後までお読み頂きまして、
誠にありがとうございますm(__)m
実験的!? にマンガ混じり小説というヘンなものを書いてみましたが、いかがでしたでしょうか?
読み辛いからヤメレ!というご意見が多ければ、もうしません。|д゚)ゴメンナサイ

この話、構想中には全編マンガにしたいなーと思っていたのですが、どりの画力ではとても無理;;
しかも、おそらく20pくらいになると思いますから、最短でも3時間×20p=60時間(汗)と
いうだけでなく、集中力と肩こりの問題もあり、マンガは1日1pが限界_| ̄|○
バレンタイン過ぎてしまいますがな……というわけで、こんな中途半端な形になりましたm(__;)m

さて、現在『セイレーンの名前』という季節外れ小説の連載もやっておりますが、マンガもちびちび
描いております。
悟アニキの高校時代の青春スポ根BL風味ほのかな恋心おまけにトリノオリンピック記念……という、
8pにそんなに色々収まるんかい!みたいな超短編でございます。
掲載するのは『セイレーン…』が終わってからになろうかと思います。
先のマンガよりは、少しはストーリーもありますし、胸キュン(死語?;;)要素もございますが、
相変わらずヘタレなことには変わりありませんので、期待せずにお待ち下さいませm(__;)m

集中力なく色々やらかしているどりでございますが、読者様への感謝だけは忘れずに、
頑張って参りたいと思います。
メールやweb拍手コメントへのお返事を書くのが、日々の楽しみであります(*ノノ)キャ

ではでは、春は名のみの風の寒さでございますが、読者様におかれましては、何卒お体に
ご注意してお過ごし下さいませ。

心からの感謝を込めて−−−
                          2006/2/13 どり

                                     シリーズ目次   



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